表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆に咲く、蒼の記憶 ―転生した姫と“かつての師”、平安後宮絵巻―  作者: 米粉
第1章 新白銀香殿、恋と筆のはじまりに
25/35

第12話 沈黙の中宮、香で守りし命


*-----------------------------*

(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。

 宮中の制度や人物設定には、創作上の表現が含まれています。

 “平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)

*-----------------------------*


春の風が香殿を渡るころ、白銀香殿にふたたび香が焚かれた。

それは、帝・明澄がふと記憶にとらわれた“あの香”だった。

沈香と梅。そして、かすかに――懐かしい影のような香。


(……兄上、悠蓮様の香……)


香は、帝の記憶を呼び起こす。

かつて池のほとりで感じた“あの香”と、いま、どこか重なっている。

帝は思わず院――前帝にして父である高栄院に、問いを向けた。


「父上。悠蓮兄上の御子――左大臣家に預けられたはず。

今は、どこに?」



高栄院は、しばし沈黙し、ゆっくりと答えた。


「……“行方不明”という形にしてある。

だが、香を見れば分かる。あの子は――まだ、生きておる」

 

 ***

  

白銀香殿に、左大臣・実房とその長男・忠晴。

そして紫鳳中宮、宵羽の女御が、帝の命により集められた。

 

「実房。私は、問いたい」


帝・明澄の声音は静かだが、強く響いていた。

 

「白銀香殿にて、私は“悠蓮兄上の香”を感じた。

紫鳳中宮が焚く香が、兄上のものと似ていた。

――誰が、彼女にその香を焚かせた?」


 

場の空気がぴたりと止まる。

忠晴が一歩、前へ出た。

 

「……陛下。申し訳ございませんが、

お答えすることは――我が家の“忠義”に背く所作となります」 

「ならば問う。

その忠義は、“誰”のためにあるのか」


 

忠晴の眼差しが、帝と重なった。

そのまなざしの底には、静かな痛みが宿っていた。

 

「悠蓮様の御子がもし生きていて……

内裏に戻れば――命を奪われるやもしれませぬ」

 

帝の表情がわずかに動いた。

 

「……そこまでの脅威を、感じているのか」

「香を焚く前に、命を焼かれた例が――ございました」

 

場が凍る。

そのとき、御簾の奥から、紫鳳中宮の声が届いた。

  

「……私は、あなたに、愛されなくてよいのです」

「ただ――兄上、悠蓮様の名を、忘れないでください」

 

その声音は静かで、でも震えていた。

堂上の女として、母として、そして――愛を貫いた者の声だった。

 

「政のために中宮となりました。

最愛の人の弟のもとへ嫁がされるなど、

悔いがないと言えば嘘になります」 

「ですが――あの子だけは、私の命です。

兄上と私が、この世に残せた唯一の光……」 

「香で、その記憶を、あなたに託したかったのです」


御簾越しの声。

だが、その想いは、香とともに、確かに帝へと届いていた。



 ***


庭先。香の稽古をしているひとりの青年がいた。

その名は、蒼倉の宮。 

帝は、ふとその姿に目を留める。

髪の癖。目の形。香の調合の仕草。

すべてが――亡き兄、悠蓮に似ていた。


 

「そなた、名は」

「……蒼倉の宮、と申します」

 

青年は、静かに礼をとった。

 

(この香……この姿……)

(……兄上、貴方の光は――まだ、この国に、残っていた)

  

 ***

  

夜。左大臣邸にて。

実房、忠晴、紫鳳中宮、宵羽の女御が再び集まっていた。


 

「……そろそろ限界です。陛下は、もう気づき始めています」


忠晴の言葉に、紫鳳中宮が静かに頷いた。

 

「けれど、今、明かしてしまえば……

また、あの子が“政”の犠牲になるかもしれません」

 

宵羽も唇を噛む。


「……今度こそ、誰も失わせてはならない。

私は、妹として、母として――そう願うばかりです」

 

忠晴が香図を机に広げた。

 

「“真実”は、香に託すべきです。

帝の心に、悠蓮様の香が残っている限り……

“その時”が来れば、言葉より強く、伝わるはずです」

 

実房が静かに言う。

 

「……香は、嘘をつかぬ」

「香は、真を包む。

 だからこそ、“香”を信じて、ここまで来たのだ」

  

 ***

  

夜の香が、白銀香殿を包む。

帝はただひとり、香炉の前に座していた。

 

「兄上……あなたの光は――たしかに、今も生きている」

 

目を閉じる。

そして、胸の中で、小さく呼んだ。

 

彰雅あきまさ、あの子のために、私は進みます」

 

香の奥に、亡き兄の記憶。

そして、まだ名も語られていない、“未来”が――

たしかに、宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ