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筆に咲く、蒼の記憶 ―転生した姫と“かつての師”、平安後宮絵巻―  作者: 米粉
第1章 新白銀香殿、恋と筆のはじまりに
24/35

第11話 春の香の追悼 ― 焦げた香と、願いの煙

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(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。

 宮中の制度や人物設定には、創作上の表現が含まれています。

 “平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)

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明澄めいちょう帝とあかね皇后の間に生まれた第一皇子・あきら

その命は、わずか幾月で香のように儚く消えた。


しかし香は、記憶よりも深く残る。

あの夜、香炉に残された“焦げた跡”と、沈黙した女房たち――

それでも茜は叫ばなかった。ただ静かに、香を焚き続けた。


今、帝は決意する。春、皆の前で。

“名もなく逝った子ではなく、香に宿りし皇子として”――

追悼の式が始まる。



春を迎えた後宮。

その日、帝が集めたのは、三位以上の公卿たち、后妃、中宮、皇太后、そして遥和はるか東宮に至る一門の者たちだった。


それは、かつて一人の皇子が生まれ、そして失われた――

あの、香に満ちた季節でもあった。


白銀香殿には、白檀と梅の香が静かに焚かれていた。

帝は茜皇后の隣に座し、目を閉じてその香を吸い込む。


「……私は、今日、皆にお願いがあって集まっていただいた」


明澄帝の声は、香とともに空気を震わせる。


「亡くなった第一皇子に、名を贈りたい。――あきらと名付ける」


室内が静まり返った。


「茜と私の子。ほんの短い命だった。だが……確かにこの世に生きた」


その瞳は茜皇后に向けられていた。

茜は目を伏せていたが、ふと静かに微笑む。


「茜。そなたにだけは――この名を呼んでほしい。

そなたに、母としての証を――この名を贈る」


帝は、彼女の手をとった。

そして、囁く。


「……彰雅あきまさと呼んでほしい。

茜、そなたにだけ、私の本当の名を。

帝としてではなく、一人の男として――そなたに抱かれたい」


そのとき――


「……帝。あなたは“一人の男”ではいられない立場です」


葵皇太后あおいこうたいごうの鋭い声が御簾越しに響く。


「わかっております、母上。それでも……私は茜以外の誰も妃と思ってはおりません」


皇太后はしばし沈黙し、そしてため息をもらす。


「……あなたらしいのね。いつだって、真っすぐで愚かしいほどに」


帝はうなずき、もう一度、茜の手を強く握った。


「私は、茜と過ごした時間を、香とともに永遠に残したい。

そのために“追悼式”をしたい。

第一皇子・あきらの名を、国の記憶に残したいのだ」


紫宸殿にて――


帝が公卿たちに向けて告げたその言葉は、重く、やさしく響いた。


「第一皇子の追悼式を、今年の春、執り行いたい。

名もなく逝った子ではない。

光として生まれ、名を授かり、香に包まれて逝った子だ」


一瞬の沈黙。


「……よくぞ、陛下」


最初に頭を垂れたのは、左大臣・実房さねふさ


「よくぞ、陛下が“あの子”の名を、筆にされました」


次いで右大臣・藤嶺とうれいが深く一礼する。


「ありがとうございます。娘の香を、拾ってくださった」


宵羽よいはの女御も、そっと微笑んだ。


「陛下、どうか、茜様とお過ごしくださいませ。

残された時間が少ないとしたら、なおのこと――その愛を、我らで護ります」


その夜――


香炉に火を入れたのは、茜皇后だった。

焦げ跡の残る香炉。


それはかつて、彼女が“母”となった証であり、証明だった。


香を焚きながら、彼女は囁く。


「――私は、あの子を、忘れない」


「香に刻みます。名も、想いも、そしてあなたの愛も――すべて」

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