第8話 誰の香りを私は探しているのだろう ― 春宮、焦がれる恋
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(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。
宮中の制度や人物設定には、創作上の表現が含まれています。
あくまで“平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)
◆登場人物
▸ 遥和東宮:帝の長子。左大臣家の孫にして、穏やかながら芯を持つ少年帝位継承者。
▸華怜姫:白雪と兼雅の娘。内大臣家の姫。春宮妃候補のひとりとして名を挙げられている。
▸燈香姫:華怜の妹。まだ恋の名を知らぬ少女。
▸宵羽の女御遥和東宮の母で、左大臣家の長女
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春宮・遥和は、白銀香殿の宴で初めて華怜と正式に対面する。
静かに交わす挨拶。
しかし、どこかぎこちない。
「……その香、お綺麗ですね。白梅に……薄荷? 鈴蘭も混じっているような」
華怜は一瞬驚いた顔をして、微笑む。
「それは、妹が使っている香です。今日は私が、少しだけ借りましたの」
「……妹、ですか?」
「はい。あの子は香りに敏くて、自分で調合もしますの。まだ若いのですが」
遥和の眉が僅かに動く。
(まさか……)
あの、池辺で出会った少女。名も知らず、声だけが胸に残る――
あの時の香りが、確かにこの袖に似ている。
けれど、目の前の華怜は、間違いなく公達の憧れを集める「姫」。
あの素朴な少女とは、どうしても結びつかない。
(あの姫は……大貴族の姫には見えなかった。でも、内大臣家の――?)
遥和の胸がざわつく。香が、記憶を呼び起こしてしまうのだ。
◇
その夜、東宮邸。
遥和は母・宵羽の女御をそっと訪ねる。
「母上……どうしても気になる香があるんです」
「香?」
「白梅と、薄荷と、鈴蘭……少し珍しい調香で。
あの時の、池の姫が纏っていた香です」
宵羽の女御は目を細めて、思案する。
「白銀香殿で焚かれている香に、似たものがあるわ。
姉妹であれば、重ね香の可能性も高いでしょうね」
「では、あの姫は……やはり、白銀香殿の……?」
遥和は顔を伏せる。
「どうしても、忘れられないんです。顔もよく見えなかったのに。
ただ、香と声だけが、ずっと残ってる」
その声に、宵羽の女御は優しく微笑んだ。
「香というものは、記憶を超えて、心に触れてしまうの。
貴方が“香”で恋をしたなら――それはきっと、本物よ」
◇
その一方で、白銀香殿の姉妹部屋。
華怜は、袖を撫でながらふふっと笑う。
「蒼倉の宮様って、面白いのよ。筆の癖が、すごく几帳面で――でもどこか、優しくて」
「それは姉上の恋の始まりですね。」
燈香が香の袋を整理しながら、笑う。
「でもね、燈香。
あの方を好きになっても、すぐに何かが起こるわけじゃないのよ。
それでも“嬉しい気持ち”がある。
それだけでもう十分。私は東宮妃候補ですし」
燈香はその言葉を静かに聞きながら、
ふと、自分の袖に残る“白梅と薄荷の香”を思い出していた。
(……香って、こんなに胸を動かすんだ)




