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筆に咲く、蒼の記憶 ―転生した姫と“かつての師”、平安後宮絵巻―  作者: 米粉
第1章 新白銀香殿、恋と筆のはじまりに
19/35

第6話 探し物は、香だけが知っている ― 愛の始まり

*-----------------------------*

(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。

 宮中の制度や人物設定には創作上の表現が含まれています。

 “平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)

*-----------------------------*


白銀香殿の奥。

香室にひとり、燈香は座していた。


香図を広げ、香材を選びながら、まだ決めきれずにいた。


(違う……これじゃない)


白梅と薄荷、鈴蘭の淡香。


池のほとりで出会った、あの“誰か”――

名も知らぬ君と話したときの空気を、再現しようとしていた。


けれど、何かが足りなかった。

どれだけ香を組み替えても、“あの時の感覚”には届かない。


**


「……探しておられるのですか?」


ふいに背後から声がした。


蒼倉の宮だった。

彼は香図に目をやると、微かに微笑んだ。


「香は、探そうとすると、逃げるものです。

 けれど――“探してもらえること”は、きっと喜びます」


燈香は息を呑む。


「……わたし、ただ……もう一度、あの香に、会いたくて」


蒼倉はゆっくりと香図の一隅を指さす。


「足りなかったのは、“あなた自身の香”です。

 再現するのではなく――あの日の“あなた”も、焚いてください」


**


そのころ、宮中・東宮邸。


遥和は、例の香に似た品を、いくつも試していた。


白銀香殿に近い調合、女房から伝え聞いた名もない香……


「……違う。どれも、違うんだ」


声はかすかに苛立ちを帯びていた。


だが、彼は気づいていた。

自分が探しているのは香だけではない、と。


(香を通して、あの“声”を思い出したいんだ)

(もう一度、あの姫に――)


**


その夜、香殿の中庭で、燈香はひとり香を焚いた。


白梅と薄荷、鈴蘭に、

自分の“今の気持ち”を加えた香をひと匙。


甘葛あまづらの細い甘さ。

言葉にならない想いが、そっと煙に紛れた。


「……届くかな」


名も知らぬ君に――

まだ名も知らぬ“好き”の感情に。


香が、風に乗る。

それはもう、記憶の再現ではなかった。


(これは――想い。あの人に、もう一度会いたいという、想い)


**


そして翌日。

遥和は、渡殿の廊下でふと立ち止まった。


ふわりと、かすかに鼻先をくすぐる香。


(……これだ)


白梅、薄荷、鈴蘭。

そして――甘葛の、あたたかい甘さ。


間違いない。これは、あの姫の香だ。


(どこにいる……?)


まだ名も知らぬ想い人を、

“香”だけを頼りに、彼はまた探し始めた。


それが、“恋”という名であることに、

まだ彼も、気づいていなかった。

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