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筆に咲く、蒼の記憶 ―転生した姫と“かつての師”、平安後宮絵巻―  作者: 米粉
第1章 新白銀香殿、恋と筆のはじまりに
18/35

第5話 香の残る袖 ― 忘れられぬ声と、探し始めた想い

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(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。

宮中の制度や人物設定には、創作上の表現が含まれています。

“平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)


*-----------------------------*


白銀香殿の衣桁に、燈香はそっと袖をかけた。


一度、風にあてようとしたのだ。

それでも……ためらってしまった。


袖の奥に、まだ“あの香”が残っていたから。


(あの声、あの空気――どうしてこんなに、残っているの……?)


名も知らぬ“誰か”と、池辺で交わした短い言葉。

あれきり、会っていない。

なのに、どうして。


香は、風と共に消えていくはずなのに――

袖の奥では、まだあたたかく呼吸をしていた。


そのころ――宮中・東宮邸。

遥和東宮は香司を呼び、ひとつの依頼をしていた。


「香を調べてほしい。あの日、池の風にあったものだ」


香司は少し首をかしげる。


「匂いの記憶、でございますか」

「記憶にだけ残ってる。でも、はっきり覚えてる香だ。白梅と……薄荷、だと思う。あとは、鈴蘭が少し」


香司が手を止める。


「その調香は……めずらしゅうございますな。

白銀香殿あたりでよく焚かれる型に、少し似ておりますが……」

「……白銀香殿?」


遥和はその名に、ほんの少しだけ目を細めた。


(あの時の姫……まさか)


香殿の廊下。

燈香が香室に入ろうとしたとき、母・白雪とすれ違った。


「……燈香。その袖、まだ香が残っているのね」


「えっ……あ、うん」

「想いの残る香は、なかなか消えないの。

“記憶より、香のほうが強い”と言われるくらいだから」


燈香は黙って袖を見下ろした。


その言葉に、ふっと心が疼いた。


(忘れたくない――けど、これが何かもわからない)

(どうして、声だけで…胸が熱くなるの?)


白雪は、それ以上何も言わず、

娘の肩にそっと手を添えただけだった。

その夜、左大臣・実房は、香図を広げていた。


「白銀香殿の香が動いた……“娘たち”の香の層に、乱れが出てきた」


紫鳳中宮の香も、微かに変化していた。


「香はまだ“愛”と呼ぶには遠い。けれど、確実に“誰か”を選び始めている」


彼は硯の横に文を置きながら、香の名前をひとつだけ記した。


忘香ぼうこう――忘れられぬ香』


そして――その夜。

遥和は、寝台の帳の中で、ふと目を開けた。


「あの姫は……誰なんだろう」

「でも、香だけは、俺の中にちゃんと残ってる」


目を閉じると、ふわりと、白梅と薄荷が鼻先を撫でる。それはまるで、記憶よりも強く、

名前よりも確かな“想いの線”だった。


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