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筆に咲く、蒼の記憶 ―転生した姫と“かつての師”、平安後宮絵巻―  作者: 米粉
第1章 新白銀香殿、恋と筆のはじまりに
17/35

第4話 筆の教えと、探し始めた想い

*-----------------------------*

(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。

宮中の制度や人物設定には、創作上の表現が含まれています。

“平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)

◆登場人物

燈香とうか:内大臣家の姫。筆に触れると、香に似た記憶が揺れ出す。

華怜かれん:内大臣家の姫。姉。蒼倉にほのかな想いを寄せる。

蒼倉そうくらの宮:帝の詠者にして、筆と香を司る“師”。

遥和はるか東宮:華怜に婚姻の期待をかけられながら、“池辺の姫”を探す。

▸ 紫鳳中宮:沈黙の中で香を読み、国の香気を見定める。

*-----------------------------*


白銀香殿の一室に、ふたりの姫が並んでいた。

黒漆の文机の前、和紙の上に静かに筆が置かれている。


「……今日は、筆の稽古を」

そう言ったのは、蒼倉の宮。

静かな声は空気のように響き、香のように染み込んでいった。


「帝よりの命にございます。“ふたりの姫君に、筆を教えよ”との」


華怜は凛と背筋を伸ばし、美しい手つきで筆を取った。

舞で鍛えた動きに、迷いはない。

けれどその目は、時折蒼倉をちらりと見ては逸らす。


「今日の装束、どう思われますか……?」

そう問いかけたいような、乙女の心が袖にこぼれていた。


一方、燈香は黙って筆を見つめていた。

墨の香りが、ふいに記憶をくすぐる。


「……筆を取ると、手が……勝手に動きそうになります」


「それは、“書き慣れた手”の記憶ですね」

蒼倉が静かに言った。

「筆は、香と同じです。心に宿ったものが、そのまま線にあらわれる」


燈香は、ゆっくりと筆を取り上げた。

一筆目は、ためらいがあった。

けれど、次の瞬間――筆先は、流れるように進んだ。


華怜が目を見張った。

(……あれ? とうか、あんなに……)


「あなたの筆は、形より“呼吸”が整っている」

蒼倉は、燈香の紙をじっと見つめて言った。


「誰かに習ったわけでは……」

「いえ。筆が覚えているのでしょう。あなたの“祈り”を」


その言葉に、燈香の胸の奥で、なにかが小さく鳴った。

けれどそれが何なのかは、まだわからなかった。



そのころ、宮中では――

遥和はるか東宮が、ふたりの姫の動向を侍従に告げていた。


「……蒼倉に、華怜姫の素養を見ておいてもらおう」


「内大臣の姫なら、いずれ……そういうことになるかもしれませんしな」


「……ああ。でも」

遥和はふと視線を外す。

「俺は……池のほとりにいた、あの姫のことが気になっている」


「……あの姫、ですか?」


「香が……優しくて、静かだった。名前も、家も知らない。

でも、香が残ってる。……胸のどこかに」


侍従が答えに詰まる。

「それでは、名簿で調べてみましょうか?」


「いや――今は、まだいい」

「そのうち、また“香り”が導いてくれる気がする」



その夜、紫鳳中宮の御簾の奥で、香炉の煙が揺れていた。


「筆が、動きましたか」


侍女が静かにうなずく。


「内大臣の一の姫は、華やかで力強く」

(一の姫 長女の事)

「内大臣の二の姫は……香のように、静かに揺れておられました」

(二の姫 次女の事)

「……香が、選び始めましたね」


中宮は、そっと香の配合を変えた。

青柚子と沈香に、微かに薄紅の花香を忍ばせる。


「記憶の香ではなく、これからの香へ――」


筆は、教えられるものではない。

香と同じ。

“自らの中から、ただ流れ出すもの”


それを知っている者だけが、

“未来の物語”を、筆で書くことができるのだから。


■余韻の一節

遥和は、寝殿の帳の奥でふと息を吐いた。


「香の名も、知らずに惹かれるなんて……どうかしてるな、俺」


燈香は、灯りを落とした香殿で筆を置き、呟いた。


「……また会える気がする。あの声の香が、胸に残ってるから」


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