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筆に咲く、蒼の記憶 ―転生した姫と“かつての師”、平安後宮絵巻―  作者: 米粉
第1章 新白銀香殿、恋と筆のはじまりに
14/35

第1話 香が咲くとき、政が動く

*---------------------------*

(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。宮中の制度や人物設定には創作上の表現が含まれています。“平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)


燈香とうか:内大臣家の父と左大臣家の母を持つ、12歳の主人公。新白銀香殿を祖父にプレゼントされ、そこに暮らす少女。中の人は実は転生者でのんびり主婦。


華怜かれん:14歳の主人公の姉。もう一人のヒロイン。東宮に婚約者候補として興味を持たれて、蒼倉の宮を派遣されて内心喜んでいる。


蒼倉そうくらの宮:帝のお気に入りで東宮の信頼も厚い、筆と香の才を持つ天才青年。かつての“師”としての記憶が、香で蘇る。


遥和はるか東宮:宵羽の息子。蒼倉を「兄様」と呼び慕う。


白雪しらゆき:燈香の母。香で家を守る静かな姫。


兼雅かねまさ:燈香の父。内大臣。香殿を静かに支える“優しき筆の男”。


※紫鳳中宮しほう:名前のみ登場。蒼倉を香殿に差し向けた“御簾の奥の影”。


*---------------------------*




新白銀香殿は、まさしく都で最も香り高く、広やかにして優雅なる香の御殿であった。


左大臣・藤原実房が、自らの香道の粋を世に知らしめるべく築かせたその建物は、貴族たちのあいだで “一度は訪れてみたい” と語られるほどの格式を誇る。




数多の香司を集め、天井の細工は香に応じて文様を揺らし、


壁の漆には銀粉が練り込まれていた。


一歩、香殿に足を踏み入れれば、香が変わる。


香が変われば、空気が変わる。


空気が変われば、政の顔さえも変わる。




まさに、香で築かれた宮。


左大臣・実房、その美意識と誇りの化身にほかならない。




**




その広間の奥、姉妹が並ぶ。




燈香とうかは、十二歳。


今年の誕生日は、もう三度目の“自分の誕生日”だった。




最初は主婦として、現代で暮らしていた。


不慮の事故で命を落とし、この体に転生して三ヶ月。




──この世界は、平安を模した異世界。


だが、香と筆が、すべての言葉を代弁する世界だった。




(……まさか、こんなところで、“第二の人生”を始めるなんて)




脇に立つ姉・華怜かれんは十四歳。


才知と美貌に恵まれ、香殿に咲く花のように、周囲の視線を受け止めていた。




けれど――今日は違う。


今日、この場には、姫たちを見つめる“本物の目”があった。




**




「東宮様、そして――蒼倉の宮、ただいま香殿にお着きです」




女房の声が響く。


一斉に、香が変わった。


白梅と青柚子の調香。


そこにわずかに沈香が差し込まれ、香殿の天井がゆっくりと文様を変える。




「ようやく……お目にかかれるのですね」




華怜の声が、わずかに震える。


燈香もまた、胸の奥にざわりと何かが触れた。


(……この香、知ってる? いや、初めてのはずなのに)


ゆっくりと御簾が上がり、蒼倉の宮が歩を進めた。




**




蒼倉の宮――


筆と香に生きる、幻の才人。


誰もが目を奪われるほどの美貌と、けれど誰にも心を明かさぬ静寂。




その横に立つのは、遥和はるか東宮。


帝の跡を継ぐ、優しき皇子。


蒼倉を“兄”と呼び、姫たちに深く頭を下げた。




「今日は蒼倉兄様にお願いして、筆の初会を」




その一言で、香殿に微かな緊張が走る。


姫たちが、ついに“帝位をめぐる盤”に立ったのだ。


**




遠く高座の奥、左大臣・実房が甘酒を口にする。


そして、誰にも聞こえぬほどの声で、ぽつりと呟いた。


「香は咲いた。あとは……誰が、筆を寄せるか」




香殿には、まだ春の香が満ちていた。


だが、これはただの祝いではない。


香で結ばれ、香で導かれ、香で裁かれる――


そんな未来の、はじまりの一話だった。

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