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第12話 香が問うたのは、忠か愛か

― 皇太后《葵》と内大臣家の面会 ―

*-----------------------------*

(※本作は、平安時代をモチーフとした異世界転生ファンタジーです。

 宮中の制度や人物設定には創作上の表現が含まれています。

 “平安風”幻想世界として、筆と祈りの物語をお楽しみください。)


◆序章 10 登場人物

あおい皇太后:俊遠の姉。後宮の空気そのものとして君臨する女帝。

俊遠とししお:前・内大臣。甘党の隠居貴族。妹の前では弱音も漏れる。

兼雅かねまさ:現・内大臣。白雪の夫。甥として皇太后と謁見する。

白雪しらゆき:左大臣の三女。内大臣家に嫁ぎ、“白銀香殿”を治める姫。

*-----------------------------*


後宮・御香殿みかうでんの奥、

御簾の向こうには一切の声も影も届かない――と、宮中では噂されていた。


葵の皇太后様

現帝の御母、先帝の后。

名を呼ばれることなく、ただ“気配”と“香”で存在する、後宮の中枢。

その空間に、呼ばれたのは内大臣親子だった。


「……葵様が、我らを?」

俊遠の声には、珍しく緊張があった。

「どうも、“あの話”が耳に入ったようだな」


兼雅は頭を抱えた。

“白銀香殿に嫁いだ白雪姫が、ご懐妊されたかもしれぬ”

――そんな噂が、どこからともなく広がっていた。


**


御簾の奥、香炉の蓋が静かに閉じられる音がした。それが“入れ”の合図だった。

ひとりの女房――長年仕えてきた老女のみを残し、あとはすでに人払いがなされている。


「お入りなさい。俊遠。そして兼雅」


声は変わらぬ静謐。

けれど、香が一段階、厳しくなった。


**


「まさか、お主たちまで“左大臣の香”に包まれるとは」

葵の第一声に、俊遠はひたすら頭を垂れる。


「……妹にこうも叱られる日が来ようとは……」


「叱ってはおりません。ただ――」

ふっと、風が流れる。香がひときわ、白く煙った。


「“忠”を装い、“愛”に溺れてはならぬ。それだけのこと」


**


「白雪姫は、我が家の誰よりも気品ある姫にございます。兼雅が心奪われるのも、無理はございません……」

俊遠がぽつりと漏らすと、


「……あの子も、“弟の子”だったのですね」

葵は初めて、御簾の奥で微笑んだようだった。


**


「この数か月で、貴方の家は変わりました」

「香が、家の中で温かくなりました。あれは……“女主の香”です」


兼雅は思わず目を見開く。

香を以て“家”の在り方すら読む――それが葵の真骨頂。


**


「左大臣の娘が懐妊していると、後宮に伝われば、それは“内大臣家が左大臣派についた”という合図にされかねません」


「……ならば、我らはどうすれば?」

 兼雅が問う。


「“香”で問われたら、“香”で返せば良い」

「けれど、香は――忠にもなれば、愛にもなる」

「我が問いたいのは、その子に“何を伝えるつもりか”です」


**


葵は、香炉の蓋をそっと開けた。

白梅と月白香げっぱくこうの薄香が、空気に淡く広がる。


「貴方の家の香が、このまま静かでありますように」

「それが、“皇太后”としてではなく、“姉”としての、私の願いです」


**


その夜――

白銀香殿では、白雪姫がそっと筆を取り、硯に水を垂らしていた。


「香が、少し変わった気がします……」


手を止めた兼雅が、その背に歩み寄る。


「香で会話する方々に囲まれて……

 私も、少しずつ“言葉にならぬもの”が分かるようになってきた気がするのです」


彼女の言葉に、兼雅は頷いた。


「……ならば、この筆も、あなたに恥じぬよう使わねばなりませんね」


ふたりは香に包まれながら、

まだ名も無き命に、初めて“家”としての祈りを送っていた。


**


そして――

白梅の香は、後宮全体に、静かに満ち始めていた。


それは誰のための香か?

“忠”のためか、“愛”のためか。

香だけが、それを語る。


序章【終】

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