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身のほど知らずの恋

作者: 椎名正

 マリーは恋をした。

 恋をしてはいけない相手だった。



 「わたくしと踊っていただけますか?」

 マリーにとって最後の舞踏会で、恋する相手をダンスに誘う。

 おそらく断られるだろう。

 だけど願いがかなうなら、

 と、マリーは手を差し出した。



 本来ならば、マリーは舞踏会など縁がないはずのパン屋の娘だった。

 ある時、伯爵家の使いがやってきて、身代わりの仕事をしませんかと勧誘された。

 なんでも、伯爵令嬢のお嬢様が木から落ちて足の骨を折ったので、こっそり治療静養している間にお嬢様のふりをして生活してくれと説明される。

 上流階級の体験ができると、マリーは喜んで仕事を引き受けたが、すぐに上流階級の生活は自分には合わないなと感想を抱いた。

 食事は高い食材を使っているのだろうが、少量で冷たく味もほぼしない。食いしん坊のマリーにとっては満足できないものだった。

 服も窮屈で動きづらく、靴のかかとはあり得ないぐらい高くて、初日は数歩進むこともできなかった。



 身代わり生活がなじんてきた半年後、地元で大きなお祭りがあり、あらかじめ予定を調整してもらい、マリーはパン屋の娘に戻り祭りに参加する。

 そこで、その人を見た。

 まだ小さい子供相手にむきになって泥団子をぶつけ合っていた。

 このお祭りは、参加者が泥団子をぶつけ合う、どろ祭り。

 その青年の投げた泥団子がそれて、マリーの普段着に命中する。

 マリーは、その青年の顔面に泥団子をお返しする。

 青年とマリーの白熱した泥合戦が始まる。

 一時間後、お互いの健闘をたたえて握手をする二人。

 泥だらけの姿で、二人はお祭りの屋台で食事をする。

 美味しそうに食事をする青年の表情を見て、マリーは心の中に大事なものが生まれる。

 青年の方も、マリーの食事を見て微笑む。

 「君は美味しそうに食べるな。こっちまで楽しくなるよ」

 微笑み合う二人。

 祭りも終盤になり、泥団子から水の掛け合いになる。

 泥だらけだった青年の顔が水で洗い流され、マリーはどこかで見たことがあることがあるなと思う。青年の方も、マリーの泥が取れた顔をまじまじと見つめる。

 二人は同時に気がつく。舞踏会で見かけた顔だったことを。


 「君もお忍びで庶民の祭りに参加したのか?」

 「は、はい」

 マリーは嘘をつく。

 この世界は階級社会。貴族と庶民は結婚はもちろん恋をすることも許されていない。

 マリーは、自分がかなわぬ恋をしたことを知った。




 雇い主の伯爵令嬢に全てを報告する。

 「まったく、黙っていればいいのに」

 足に包帯を巻いた伯爵令嬢はあきれた顔をする。

 「それは誠実ではありません」

 「報告された以上、あなたを解雇しなければいけません。いいですね?」

 「はい」

 「じゃあ、今夜の舞踏会が終わったら解雇ね。お別れのあいさつでもしてきなさい。ダンスに誘ってもいいわよ。でも、所属している派閥が対立しているから断られる可能性が高いわよ」



 「わたくしと踊ってくださいますか?」

 マリーの最後の願いは断られ、差し出された手は取られなかった。

 豪華な服を着飾った青年は、マリーに謝罪する。

 「僕にはあなたと踊る資格はありません。僕は身代わりで、本当は肉屋の息子です。あなたに身のほど知らずの感情を抱いてしまったことをお許しください」


        おわり

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