第99話 分割統治策
ヴァーノンはマギア地方への対策をまとめた案を持ってルドルフの執務室を訪れていた。
ルドルフは家臣達にマギア地方への対処案を講じさせ、期限内に提出するよう命じていた。
そしてその提出期限は今日だった。
ヴァーノンの案は以下のようなものだった。
アークロイと連携してナイゼルを降伏に追い込む。
ナイゼルにはピアーゼ襲撃の償いとして、ピアーゼにもっとも近いカルディ城の管轄権をユーベルに引き渡すよう命じる。
各国には、今後ユーベル・アークロイがナイゼルを監視・監督することで、ピアーゼ襲撃のような暴挙を起こさせないことを約し、溜飲を下げてもらう。
(さて、この案をルドルフ様は受け入れてくださるだろうか)
ヴァーノンにはあまり自信がなかった。
というのも、この案は基本的にアークロイの協力を前提としているし、ルドルフはノアと協力するよりもナイゼルと協力体制を築きたがっているように思えるからだ。
ヴァーノンが会議室に入ると、もう1人の男がいることに気づいた。
(……クーニグか)
クーニグはかなりルドルフに可愛がられている側近だった。
基本的に上の者に追従し、下の者に偉そうにするだけの男だが、長い者に巻かれろ精神でルドルフの側近にまで上り詰めた。
特段目立った長所もないが、時々ルドルフの意に適うような案を思い付いて、提案することができたため、ここまで出世競争で生き残ることができていた。
ノアのアークロイ追放案をルドルフに提唱したのもこの男である。
もっともヴァーノンはノアの追放案を思い付いたのは別人ではないかと睨んでいた。
というのも、クーニグは他人の思い付いた案をまるで自分が思い付いたことであるかのように話すのが非常に上手いのだ。
ノアのアークロイ追放は、クーニグの発案ではなく、誰か裏で操っている人物がいるのではないか、というのがヴァーノンの見立てだった。
ルドルフはどうやらクーニグにもマギア地方への進出案を練らせていたようだ。
クーニグはヴァーノンが部屋に入ってくるのを見るなり、襟元を直していかにも威厳のある態度を示してきた。
自分はルドルフの側近だから相応の敬意を払ってきただきたい、とでも言わんばかりだ。
(世渡りの上手さも実力のうち、と言えばそれまでだが。どうもこの男は好きになれんな)
ヴァーノンが入ってきたところで、ルドルフは会議を始めた。
「よし。全員揃ったな。それじゃあ始めるぞ。議題は無論我がユーベルにとって目下最大の課題であるマギア地方の動乱にどう対処するかだ。それぞれ自分の案を持ち寄ってきているな? よし。それじゃあまずはクーニグから」
「は。私が提唱するのは以下のマギア地方分割統治案であります。まずは資料をご覧ください」
(分割統治?)
ヴァーノンはクーニグから配られた資料に目を通す。
『マギア地方分割統治案
1、ユーベル主導での講和
ユーベル大公国主導の下、ナイゼル公国、ジーフ公国、アークロイ公国を一時的に講和させる。ナイゼルにはピアーゼ襲撃不問、ジーフには捕虜3万人の返還、アークロイにはノルン・バーボン併合の承認をそれぞれ手土産にして講和させる。
2、軍事介入
そうして一時的に講和を結ばせるが、とはいえ、この3国の和平がそういつまでも続くはずがない。この3国は早晩戦争を再開するであろう。その際に講和を破り面目を潰されたことを口実にユーベル大公国はマギア地方に軍事介入する。
3、分割統治
3国が互いに争い合い消耗した頃を見計らい、ユーベル大公国はナイゼル・ジーフ・アークロイを順番に撃ち破っていく。その後は3国の国力を削ぐ政策を進め、マギア地方を3つに分けて分割統治する。
4、押さえるべき拠点
サブレ城、ラスク城、バーボン城を占領する。
サブレ城、ラスク城を手に入れれば、タグルト河流域のアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスらを支配下に治めることができる。バーボン城を押さえれば、海からノルンにも影響を及ぼすことができる。サブレ城、ラスク城、バーボン城を押さえれば、マギア地方を3つに分割しながら、すべての国に影響を及ぼすことができるだろう。』
「!?」
ヴァーノンはクーニグの案を見て戦慄した。
「おおー。いいじゃないか。こういうのが欲しかったんだよ」
「へへへ」
ルドルフに褒められて、クーニグは無邪気に喜ぶ。
ヴァーノンは慌てて問い詰めた。
「ちょっ、クーニグ殿。これはいったい誰が思い付いたプランなのですか?」
「なっ、失敬な。これは正真正銘私が思い付いた案ですよ」
「そうだぞヴァーノン。クーニグがいい案を思いついたからと言って変な難癖をつけるんじゃない。嫉妬は見苦しいぞ」
「……くっ」
ルドルフに嗜められて、ヴァーノンは大人しく引き下がったが、胸の内では動悸がおさまらなかった。
(マギア地方に詳しすぎるだろ)
特にタグルト河流域によるアノンら5国の支配は、マギア地方の軍事・政治的事情に相当詳しくなければ思い付けようはずもない。
(クーニグに思い付けるような策ではない。誰かがユーベルを利用しようとしている)
しかし、誰なのかが分からない。
なので、これ以上この場でヴァーノンが詮索しても藪蛇にしかならないだろう。
次にヴァーノンの案も審議されたが、ルドルフの反応は渋かった。
実際、クーニグの大胆な案に比べてヴァーノンの案は地味に見える。
「うーん。悪くないが、ちょっと消極的すぎるかな」
ルドルフがそう言うと、その場にいた者達は全員ルドルフに追従する。
「よし。それじゃあ他に案もないようだし、クーニグの案をユーベル外交部の基本方針とする。異論のある者はいないな?」
こうしてユーベル大公国は分割統治策を下にマギア地方の各国に使者を送って、外交を展開していった。