第98話 天馬の加護
「マギア地方の情勢に介入するとして、いったいどうするおつもりです?」
ヴァーノンは慎重に言葉を選びながらルドルフに尋ねた。
「まさか単独で軍事介入するつもりではないでしょうな」
「するわけないだろ。それこそナイゼル公子の二の舞だ」
ベルナルドはマギア地方に詳しいにもかかわらず、魔法院国家に嫌われ、マギア地方内で劣勢に追いやられている。
ルドルフのようにマギア地方の領主でもないのに軍事侵攻しようものなら、いったいどのような目に遭うかわかったものではない。
ノアのようにノルン公という手札もない。
「外交と謀略で方をつける。我がユーベルの威信と国力を背景にマギア地方の各勢力を操り、ギフティア大陸の誰もが納得する形でマギア地方の情勢に介入する!」
「なるほど。しかし、マギア地方の情勢に介入するにしても、取っ掛かりと口実が必要です。どの勢力に味方するおつもりですか?」
マギア地方は現在、ナイゼル、ジーフ、アークロイ、ノルン、そしてアークロイ寄りの小国連合がひしめき合って勢力を争い、混沌とした情勢となっている。
ルドルフにも、ヴァーノンにもその実態の細かいところまでは掴み切れない。
「ジーフやノルン、アークロイ寄りの小国とは縁が薄すぎる。とっかかりを求めるなら、繋がりのあるナイゼルかアークロイだ」
(なるほど。確かにその2国に絞るのは的を射ているかもしれない)
ヴァーノンもジーフはまずないと思っていた。
ジーフは3万の兵士を捕虜に取られて、もはやナイゼルなしにはアークロイ・ノルンとの戦争を継続することはできない。
「とはいえ、アークロイとナイゼルどちらに味方するにしてもそれぞれ不安要素は残ります。まずアークロイ公にはゼーテ解放の任務があります」
「ああ、あの話か。あれってまだやってたんだ」
(てっきりすぐに陥落すると思ってたが)
ヴァーノンにも不思議だった。
魔軍10万に包囲されており、とてもじゃないがもたない情勢のはずなのに、なぜか耐えている。
食糧も薪も水も補給できないのにいったいどうやって持ち堪えているのか。
いくら神聖なる城を守る精兵が尋常ならざる士気で任務についているとしても、飢餓を相手にしてはどうしようもあるまい。
いったいどうやって飢えを凌いでいるのか。
とはいえ、救援が絶望的な状況であることに変わりはない。
「ゼーテ解放が失敗すればアークロイ公はその責任を追求されることになるでしょう。一方で、ナイゼル公国にも不安要素はあります。諸侯・領主によるピアーゼ襲撃に対する非難の声は日に日に高まっています」
「どちらの味方に付いても叩かれるか」
ナイゼルと手を組むなら、ピアーゼ襲撃の汚名払拭に手を貸さなければならない。
アークロイと手を組むならゼーテ解放失敗の責任追及に巻き込まれる可能性がある。
ルドルフは苛立たしげに爪を噛む。
(どっちだ。ナイゼルとアークロイ。どっちに張るのが正解なんだ)
「その両国は我が国に対して何と?」
「アークロイからは何も返事が来ていない。ナイゼルについては向こうから連絡が来た」
ルドルフはナイゼル公子からの手紙をヴァーノンに渡す。
(ナイゼル公子からの手紙か。いったいどのような……)
ヴァーノンは神妙な面持ちで手紙を開く。
『親愛なるルドルフへ
オレオレ、オレだよベルナルドだよ。
懐かしいなぁー。
お前が留学していた頃、色々世話してやったっけ。
金に困ってる時に工面してやったよな。
まあ、お前は今も返済しないでいるままだがな。
ガハハ。
そんなお前も今となってはユーベル大公国の代表か。
随分、出世したもんだなおい。
それはそうとどうかな。
久しぶりに会って話さないか。
もし、場合によってはお前に貸している金の返済、先送りにするか、なんなら帳消しにしてやってもいいと思ってるんだけど、どうだ?
お前の方からナイゼルまで来てもいいし、俺の方からユーベルまで足を運んでやってもいいぞ。
とりあえず3日後コスモス城などでどうだ?
いい返事待ってるぜ。
追伸
今回の件はお前の弟とナイゼルが抱えている係争には関係ないから。
まったくお前も大変だよな。
あんなヤンチャな弟を身内に抱えてさ。
あ、今はもう追放してるから身内でもないか。
ハハハ。
まあ、とにかく久しぶりに学院時代の仲間だけで水入らずで酒でも飲もうぜ。
ベルナルド・フォン・ナイゼル』
(……うーんこれは)
ヴァーノンは何とも言えない面持ちになる。
「どう思う?」
「ナイゼル公子も相当焦っているようですな」
「何が狙いだと思う?」
「ルドルフ様を丸め込んで、批判をかわすのに利用するつもりでしょう」
ルドルフと会って、ユーベル大公国との繋がりが健在であることをとにかく周辺国にアピール。
そうすれば、他の周辺国もユーベル大公国に配慮してナイゼルへの批判の矛を収めるだろう。
あわよくばユーベルの支援を取り付けられるかもしれない。
「だよな。まったく。これだからマギア地方の奴らは。油断も隙もない」
ルドルフは飲みの誘いについては丁重に断りを入れる手紙を送った。
ただし、連絡だけは今後も維持しておく。
ルドルフがマギア地方への介入を考えている頃、ノアも
ドロシーからの知らせで、各国領主達がマギア地方に介入したがっているのを察知していた。
「各国領主達が動き出している?」
「うむ。今になって、ナイゼル公子のピアーゼ襲撃を非難する動きが出始めているようじゃ」
「ナイゼルが弱ったのを見て、態度を変えたってわけか」
「各国領主はナイゼルに一番近く力も強いユーベル大公国の動向に注目しておるようじゃ」
「それでルドルフの動きは?」
「予想されるルドルフの動きはざっくり分けて3つ。1、ナイゼルに味方して、ナイゼルに貸しを作る。2、アークロイに味方して、各国領主と一緒にナイゼルを叩く。3、何もしない」
「3はまずない。あいつの性格からしてこの好機に何も動かないはずがない」
「うむ。そこで我々の対抗策じゃが。1、ユーベルおよび他国領主を味方に引き込む。2、ユーベルおよび他国領主を介入させない。3、何もしない。この3つのどれかになるかと思う」
「2の他国を介入させないっていうのは、つまりさっさとナイゼルと和解するってことか?」
「うむ。流石じゃな。ナイゼル・ジーフと講和を結んで戦争を終結。両国を友好国にすれば、マギア地方外の領主は手を出すことはできん。ただし、そのためにはあのナイゼル公子に降伏させ、講和に漕ぎ着ける必要がある」
「ベルナルドがゴネた場合、更に危険を冒して戦う必要も出てくるってことか」
(ブラムやソアレス、シャーフ。あいつらともう一度戦って屈服させる。しかもアノンら5国が味方についてくれるとは限らない)
「1の他国領主を味方に引き込むってのは、みんなでナイゼルをいじめて仲良く分け合おうって感じか?」
「まさしくその通りじゃ。ナイゼルを確実に弱体化させられる一方、ユーベル大公国などにマギア地方進出の足がかりを提供することになる」
(マギア地方にユーベルの足がかりをもたらすか。あまり穏やかではないな)
「一見、確実で簡単な選択肢じゃが、その一方戦後のリスクが高まることになる。新たな火種をマギア地方に持ち込む可能性もあるし、ジーフやナイゼルの残党、他のマギア領主達からも恨みを買う恐れがある」
「不確定要素が高まるってことか。3の何もしないは?」
「1手パスするってことじゃな。あえて主導権を相手に渡し、出方を窺う。まあ、つまり相手がミスするのを待つ作戦じゃな」
「ナイゼル・ジーフは相当焦っている。あえて主導権を渡せば、下手を打ってくれる可能性も高いか」
「うむ。そういうことじゃ。ただし、援軍を呼ばれるかもしれないというリスクはある。それで、どうする?」
「ドロシー。お前は選択肢を3つ提示したが、それだけじゃないだろう?」
「?」
「4つ目の選択肢。1、2、3の選択肢をすべて同時に行うというものがある」
「何!?」
「つまり、3俺は何もせず、2ユーベルを利用しつつも、1ユーベルにマギア地方へ進出させないようにする」
「むむ。お主、ユーベルを自分に都合よく動かそうというのか?」
「ああ、できるはずだ」
「クックック。2倍の国力を持つ大国を自在に操り自国の利益にしようとは。随分な自信よの。いったいどんな根拠があってそのように豪語するのじゃ」
「ルドルフの謀略値とギフトだ」
「?」
「最後に会った時のルドルフの謀略値はE→D。つまり成長限界の時点でDクラス」
「謀略戦になれば思いのままに動かすことも可能、というわけか。それで奴のギフトとは?」
「ルドルフのギフトは【大富豪】と【天馬の加護】」
「【大富豪】は商売繁盛のギフトじゃの。【天馬の加護】とは、どういうギフトじゃ?」
「他の資質やギフトとの関連によってその効果は様々だが、まあざっくり言えばスゲー運がよくなるって感じだな。勇者のギフト持ちなら名声を得るチャンスが、内政官なら資源を得るチャンスなどが転がり込んでくる。とにかく自分のギフトに合ったチャンスが目の前に転がり込んでくるんだ。特にルドルフの場合は【大富豪】のギフトも持ってるから。良縁や金運に恵まれてビジネスにおいてビッグチャンスが生まれるって感じだ」
「ほう」
(確かに今の状況をうまく利用すれば、借金踏み倒せそうではあるな)
「ただし、平和な時に限る。戦争や謀略が絡むと途端に【大富豪】のギフトは反転して不吉な運命を孕むようになり、【天馬の加護】も引きずられて不運を増大させることになる」
「ということは戦争・謀略に巻き込めばルドルフの【天馬の加護】の効果を消せるということじゃな?」
「そういうこと」
「それならいいこと思いついたよ、おにーちゃん!」
ドロシーは途端にあどけない顔になって、ノアの腕にぶら下がって甘えてくる。