第95話 河川の制圧
イングリッドはノルンの港を出た後、アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの港に着くと、魔石とゴーレムを荷上げすると、そのまま河川航行用の船に載せて、タグルト河上流に向かって遡上する作戦を開始した。
ドロシーを通して、各国には事前に集められるだけ船をかき集めて、河川と河口の船着場に船を停泊させるよう指示を出していた。
なので、各船着場に海戦適性と統率力の高いノルンの魔法兵を派遣し、いついつまでにどれだけの魔石とゴーレム、食糧、兵員をどこまで運搬するかノルマを設けて守らせるだけでよかった。
途中、船が渋滞しそうな流れが細くなる地点、難破しそうな急流や湾曲した地点には、ノアと協議した上で特に海戦適性の高い者を配置した。
海戦適性の高い者は、河川での荷物の運搬や兵員の輸送、船舶の運行にも高い能力を発揮する。
幾度にも渡る航海やナイゼル海軍との戦闘を通して、ノルンの魔法兵の中には海戦適性B以上まで成長した者が多数いた。
また、事前にドロシーからケルピー部隊の脅威についても話を聞いていたので、先頭を行く船は特別大きく背の高い船を選抜して、厚めの木材で外装を固めて、銃兵と砲兵で武装した上で、遡上させた。
この船団はイングリッドが直接指揮した。
こうした種々の努力により、イングリッドの指揮する船団は続々、タグルト河流域のランバートが守る陣地まで到着し、ケルピー部隊を跳ね返しながら、物資と兵員を輸送していった。
船は陣地に着き次第、速やかに荷下ろしを行うと、すぐに下流へと川下りしていってまた補給物資を取りに行く。
陸路なら1週間はかかりそうな物資の輸送も、河川を利用すれば1日で送り届けることができた。
ランバートの陣地にはその日のうちに数百隻の船が到着し、1万人の兵士と補給物資が到着した。
次の日にも同じ数だけの兵士と補給物資が到着し、3日後には合計2万5千の兵士と火砲付きゴーレム20門、魔石銃1000丁、10日分の銃戦、砲戦に耐えうるだけの加工済み魔石が到着し、続々ランバートの陣地に運び込まれた。
イングリッドとエルザ、ガラッドも陣地に到着して、ランバートからの歓待を受ける。
オフィーリアはノルン海軍の輸送能力に驚愕する。
(これほどの補給をたった3日で。これがノア様の見出したノルン公の海軍指揮能力か)
迅速な行軍と機動力を誇るアークロイ軍だが、それはオフィーリアの統率・調練あってのもの。
だが、この輸送力をもってすれば河川の流域や海上という制限はあるものの、まだ訓練の行き届いていない部隊や同盟国の兵士でも高速移動して素早く戦場まで送り届けることができる。
(なるほど。これは使えるな)
オフィーリアがランバートの陣地から運ばれてくる補給物資を受け入れていると、ノルン兵を多数従えた明らかに周囲から一目置かれている一団がこちらにやってくるのが見えた。
(ノア様?)
オフィーリアはノアの姿を期待して集団の統率者を探したが、見つかったのはイングリッドだった。
(なんだ。ノルン公か)
オフィーリアは落胆しながらもイングリッドを自分の陣地に迎え入れる。
「ノルン公、ノア様は?」
「アノンやリマ、ネーウェルを回ってる。今は、サリスの辺りで同盟を詰めているんじゃないかな。あそこはジーフとの結び付きが強いから」
「そうですか」
(ここには来られていないのか。ノア様)
「それでノルン公、ノア様はどのようなご命令を?」
「船に積んだ補給物資をあなたの下に届けて支援しろって。兵士2万5千、火砲付きゴーレム20門、魔石銃1000丁、それに魔石も多数積み込んで来たよ。その後はあんたの指揮下に入るようにって」
「そうか。ノア様がそこまで我々のために」
オフィーリアは感激するように胸に手を当てて目を瞑った。
「ところで、こんなに兵を寄越してノア様の護衛は大丈夫なのか? 各国魔法院の中にはナイゼルやジーフ寄りの者も居るんだろう?」
「ノアの周りにはドロシーとアークロイ兵が付いてる。っていうかあんたノアのことばっかしね。ちょっとは私への労いの言葉とかないの? この補給物資持ってきたの私なんだけど?」
イングリッドがそう言うと、オフィーリアは厳しい目をイングリッドに向ける。
「何か勘違いされているようだが、私はまだあなたがノア様を利用したのを許してはいない」
「はぁ?」
「そもそも。ノア様がこんな風にナイゼル・ジーフの大国2つを同時に相手しなければならなくなったのは、ノルン公。あなたの抱える騒動に巻き込まれたためだ」
「なんであんたに許してもらわなきゃならないのよ。ノアは別にいいって言ってくれたんだけど?」
「ノア様は配下に対して寛大すぎるきらいがある。だからこそ我々家臣団がしっかりと見極めなければならないのだ。敵と味方、頼りにするべき者と足手纏いをな」
「あん? 私が足手纏いだとでも言うつもりなの?」
「ドロシーから聞いたところによると、ノルンの魔法院でも内政を巡ってノア様の手を焼かせるばかりか、あまつさえノア様の顔に泥を塗るような事態に陥りかけたそうじゃないか」
「あ、あれは上級騎士の中に1人頑迷なジジイがいたせいで……」
「いずれにせよだ。ノルン公」
オフィーリアはイングリッドのことをジロリと睨んだ。
「まさか、この程度のことでノア様に借りを返せた、などと思ってはいないだろうな?」
「べ、別にそんなこと思ってないわよ。私だってノアの騎士として、ちゃんとこれからも役に立っていくつもりよ」
「なら、いい。あなたには引き続きタグルト河流域の守りと制圧を担ってもらう。上流にケルピー部隊の拠点があるはずだ。船団で河川を上り、敵の陣地を特定していただきたい」
「ぐぬぬ」
「アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスらの代表は?」
「……ランバートの陣地で休んでるわ」
「では、彼らにもすぐに私の下に来るよう言い渡してください。1人ずつ会って、信用に足る人物かどうか私の目で見極めます。エルザ。城攻めに関して話し合いたいことがある。来てくれ」
「は、はい」
エルザは気まずそうにイングリッドに会釈して、オフィーリアに付いていく。
イングリッドは取り残された。
(くぅぅー。なんなのよこいつ。ちょっと古参だからって、終わったことをいつまでもグチグチと。姑かっつーの。魔法院の統治の難しさも知らない田舎者のくせに。だいたい元を正せば悪いのは、私とノアの外交を邪魔してきたベルナルドじゃないの)
イングリッドはエルザを連れて作戦盤に行くオフィーリアの背中を忌々しげに見つめた。
(見てなさい。すぐにあんたよりも戦果を上げてノアのお気に入りになるんだから)
その後、オフィーリアはアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの兵士達を率いる代表者に1人ずつ面会した。
彼らは百戦錬磨の将軍の威圧感にただただ平伏すばかりで、あっさりとオフィーリアの指揮下に入ることを承諾した。
オフィーリアは総勢5万の軍を指揮下におさめる。
それぞれに陣容を言い渡し、明日にはサブレ城を包囲することを全軍に通達した。