第94話 補給を巡る戦い
サブレ城にいるブラムは、オフィーリアのプレッシャーを感じながら、なぜアークロイ軍が城を包囲してこないのか、なぜゴーレムで一気に城壁を崩してこないのか訝しがっていた。
様々調べたり、観察したりしているうちに、どうもアークロイ軍が補給に問題を抱えていることがわかった。
そこでこっそりとケルピー部隊をタグルト河の上流に回して、船を奇襲するよう指示した。
魔石の補給が滞っているのなら、水上固定砲台も弱体化しているはずだ。
ケルピー部隊がタグルト河に固定砲台となっている船を奇襲して火矢を射掛けさせると、案の定、船を守っていた兵士達は魔石銃を使えず、奇襲に充分な対応ができなかった。
慌てて陣地を守っていたランバートが駆け付けるも、その頃にはケルピー部隊はその卓越した水上機動力でもってすでに戦場から離脱していた。
ブラムはジーフ軍が動くことを期待したが、スメドリーは動かなかった。
彼は前回の奇襲失敗ですっかり萎縮しており、頑なに安全策を取り続けた。
つまり城から出ずに兵力を温存し続けた。
ブラムはこの期に及んで自軍を優先するジーフに舌打ちしたが、河川での攻撃が成功したことには満足した。
引き続き河川上の船を攻撃して、このまま補給線を脅かせば、オフィーリアが退却して今度こそジーフ軍と合流するチャンスができるかもしれない。
ケルピー部隊によって、河川の補給路を脅かされたことはその日のうちにオフィーリアの陣営にも伝わった。
(いつの間にかケルピー部隊を回された? 河川の補給路を狙う作戦か)
ランバートによると、水上固定砲台はほとんど壊滅し、使い物にならないということだった。
オフィーリアは落胆するも、この件でランバートを責めることはできないと思った。
ノアによると、ランバートは与えられた職掌を全うすることにかけては、まず怠ることのない堅実な将だったが、自身の職掌外のことに関しては極端に消極的になる傾向があった。
まさかこのタイミングで河川が狙われるとは思っていなかったし、河川の防衛に関しては責任が極めて曖昧だった。
ここで河川に目を付けたブラムを褒めるしかないだろう。
オフィーリアは申し訳なさそうにするランバートを励まして、引き続き陣地を守り続けることと、河川補給路の哨戒を強化するように言い渡した。
何しろ河川の方がはるかに補給が容易で大量にできるし、陸路で物資を運ぶにしてもどの道タグルト河を越えなければならない。
とはいえ、水上を高速移動して奇襲を仕掛けてくるケルピー部隊に対応するのは難しく、河川はナイゼル軍によっていいように荒らされることとなった。
結果、不思議な展開となった。
陸ではアークロイ軍がナイゼル・ジーフを分断しているのに、制海権ならぬ制河権はナイゼルのケルピー部隊に握られている。
船を焼かれたため、ただでさえ滞りがちだった補給が、ますますままならなくなった。
アークロイ軍の陣地には食糧すらまともに届かない状態だった。
ルーシーによる空輸もできないことはなかったが、オフィーリアの陣地には尖塔の類がなかったため、敵に見つかって撃ち落とされる恐れがあった。
今、ルーシーが負傷してはゼーテ方面で打つ手がなくなってしまう。
かと言って、タグルト河流域に戦力を回しすぎて、サブレ城・ラスク城の睨みを怠れば、今度はナイゼル・ジーフに合流する隙を与えてしまいかねなかった。
オフィーリアは動きたくなるのを我慢して、陣を張り続けた。
タグルト河は騎兵部隊に哨戒させて、敵のケルピー部隊を見つけ次第、弓矢で射撃するよう命じておいた。
河川付近に生えている牧草を刈り取って、ケルピーの餌になりそうなものを除去させたりもしたが、ケルピーは水中に潜って水草を食べて飢えを凌ぐこともできるのであまり意味はなかった。
そうしてできる限りの努力はして、敵に河川でなるべく自由にさせないようにしたが、水上での不利は動かし難かった。
アノン公国から船で補給物資を運ばせたが、度々ケルピー部隊に襲撃されて、焼かれたり、物資を奪われたりしてしまう。
補給を安定的に行うには武装船団を高度に統率できる将が必要だった。
(ええい。補給はまだか。ドロシーは何をしている)
オフィーリアは自陣の兵士達が痩せ細っていくのを見ながら、我慢の時間を強いられた。
ノアは黒竜に乗ってドロシーと共に、アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの魔法院を回り、アークロイとの同盟を強化するよう演説した。
ナイゼル・ジーフの軍事同盟を断じて許してはならない。
ナイゼル・ジーフの軍事同盟は魔法院の存続を脅かすものであり、魔法院を擁する国々は、連携してこの軍事同盟を破綻に導くべきだ。
また、ノルンからバーボンにかけての海上輸送の安全は保証されなければならない。
魔石の円滑な取引と供給は各国魔法院を存続させるために必要不可欠なものだ。
各国魔法院の指導者は深く共感し、万雷の拍手をもって、ノアの演説を歓迎した。
その後、ドロシーが各国魔法院の船をチャーターし、イングリッドが船をかき集め組織的に運用して、ノルンから持ってきたゴーレムや魔石銃、魔石と各国からかき集めた食糧物資と兵士を船に載せて、タグルト河を上流に向かって遡上していった。
翌日には魔石銃で武装した船団がタグルト河を埋め尽くし、ランバートの守る陣地に続々到着した。
ケルピー部隊は果敢に挑もうとしたが、充実した魔石銃による護衛と船からゴーレムの砲弾が放たれるにあたってあっさりと引き返した。
砲弾は水面を割り、水柱を立て、荒波を引き起こしたので、逃げ遅れたケルピー部隊を溺れさせるほどだった。
ケルピーは水の中に潜ることもできたが、その上に乗る騎兵達は波立ち荒ぶる川面に揉まれて溺れてしまいかねなかった。