第92話 同盟強化策
バーボン、アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの港を巡り、航海を終えたイングリッドは、ノルンの港へと帰還していた。
各国から集められた魔石は、すべてノルンの魔石加工場へと納品され、加工された後、魔石銃とゴーレムに使われるもの以外は再び外国へと出荷される。
各国魔法院での魔石需要はまず途切れることはないから、在庫リスクはほとんどなかった。
そして何よりも魔石貿易による関税である。
イングリッドは港で取引を終えた後、上がってきた税額に目を丸くする。
(貿易って……こんなに儲かるの!?)
しかも、魔石の加工はノルンが国家単位で管理している事業だから、これまた確実に税金が取れる。
つまり、魔石を輸入し、加工して再度輸出するだけで、二重に税金が取れるというわけだった。
ノルン領の歳入は年間せいぜい9千グラだが、魔石貿易ならば1ヶ月で稼げそうだった。
ベルナルドへの借金も5、6ヶ月で返せる。
しかも、それは現状の規模と範囲で行えばの話だった。
さらに海軍力を増強し、民間の船舶でも貿易事業を行わせればノルンの歳入はさらに増える。
マギア地方外の国と交易することも可能になるだろう。
イングリッドにもようやくノアのやりたいことが分かってきた。
「おおー。結構儲かってるな。初めてでこんだけ儲かるなら上々じゃん」
ノアも上がってきた税収を見て満足そうにしている。
「ねぇ。ノア、関税のことなんだけどさ」
「ん? お前も関税に一枚噛みたいのか?」
「うん。その……ダメかな?」
「いいぜ」
「わーい。やったぁ」
「その代わり海軍力の強化きっちりやってくれよな」
「うん、分かった。ノルン提督として、海軍力の増強推し進めていくわ」
そんなことを話していると、ノアは黒いカラスがノルン公邸に降り立つのが見えた。
(あれはドロシーの……)
「あれってドロシーの手懐けてるカラスだよね?」
「ああ。何か緊急の案件かも」
どうもそのようで遠くの空に黒竜の羽ばたいている姿が見えた。
直接話したいことがあって、先にカラスを送ったようだ。
「バーボン方面で何かあったのかな?」
「よし。ノルン公邸に行こう。どうせならグラストンも呼ぼう」
「分かった。ジアーナに伝令やらせるわ」
「アノン公国らが俺と騎士契約を結びたがっている?」
「うむ。アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリス。いずれの国もお主との同盟をより強固にしたいと申し出てきた」
ドロシーはノア、イングリッド、グラストン、ジアーナ、ターニャなどその他、ノルン公国の主要メンバーが集まる前でお茶を啜りながら、外交情報を共有していた。
(というか、ノアが見出した奴ばっかりじゃな)
ドロシーは改めてノアの人材発掘能力に舌を巻く。
「ふーん。意外だな。オフィーリアの軍事行動に難色を示してるんじゃなかったのか?」
「それよりもナイゼル・ジーフの秘密同盟に危機感を抱いたようじゃな」
「それで俺の庇護が欲しいと?」
「結構なことじゃない」
イングリッドが言った。
「この5つの国はいずれもノルンと結び付きが強いし、何より港を持っている。バーボンに至るまでの港としても使えるし、アークロイの海軍力を支える重要な国々よ。同盟を強化するに越したことはないわ」
(イングリッド……いいこと言うじゃないか)
イングリッド・フォン・ノルン
統率:B(↑1)
海戦:A(↑2)
砲戦:A(↑2)
(なんやかんや海軍提督としての自覚が付いてきたってとこか)
「うむ。そうだなイングリッド。まさしく俺もそんな感じのことが言いたかった。つまり纏めるとだな。ナイゼル・ジーフ同盟が続けば続くほど、アークロイとノルンには味方が増える。ならば、いっそのことナイゼル・ジーフ同盟が機能不全に陥っているこの隙に5国との同盟を固めておくのが得策というわけだ」
集まっているメンバーは一様にうなずく。
「よし。それじゃドロシー。5国との同盟強化の下拵え頼んだぞ。で、問題はバーボン方面の戦闘だ。これはどうなってる?」
「目下、オフィーリアがナイゼル第二公子ブラムとジーフの老将スメドリーを分断しつつも睨み合いを続けている」
「それで? オフィーリアはどう言っているんだ?」
「サブレ城とラスク城を落とさない限りはバーボン方面に平和はない。急ぎ、補給と援軍を求むとのことじゃ」
「よし。それじゃあ補給と援軍にはイングリッド。君が行ってくれるかな?」
「私?」
「魔石とゴーレム、兵員はルーシーの収納スキルでは運べないからな。船を使う必要がある。地図を」
ノアはバーボン方面の作戦地図を広げる。
「オフィーリアの布陣するサブレ城とラスク城の近くにはタグルト河が流れている。早速、強化した同盟関係を利用するんだ。タグルト河流域に位置するアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスにある河川用の船舶をかき集め、補給物資および兵士を詰め込み、河を遡上してオフィーリアの陣地まで届ける」
「なるほど」
(イングリッドの海戦スキルは河川でも通用するはず。大船団で河川を遡上するのは難しいが、これを機にイングリッドの統率もAになるかも)
「やってくれるか?」
「分かったわ。オフィーリアの下まで必ず補給物資を届けてみせる」
「よし。ドロシーは5国の魔法院に河川用の船のチャーターと、兵力の動員を手配してくれ」
「あ、風の魔石もあるだけ集めといてもらえると助かるんだけど」
「心得た」
「俺も5国の魔法院を回って、兵力の供出と物資の支援を訴える。グラストンとターニャは引き続きノルンの守りを……」
「ノア様」
伝令が会議室のドアをノックしてくる。
「どうした?」
「今は大切な作戦会議中だぞ」
「エルダーク卿がお訪ねです」
その場にいる全員微妙な表情になる。
「こんな時間帯に揃いも揃って。何かの作戦会議ですかな?」
「こんな時間にここを訪れているのはあなたも同じでしょう。エルダーク卿」
「残念ながら、私はアークロイ公の崇高なる秘密会議のメンバーには選ばれなかったようですからな。遅くに聞きつけて、急いで飛び入り参加するほかなかったというわけですよ。この老体に鞭打ってね」
「……時間も時間です。手短に済ませましょう。いったい何の御用ですか?」
「では、単刀直入に申し上げましょう。私をナイゼル公国との講和特使に任命していただきたい」