第91話 思わぬ果実
バーボン方面では、三つ巴の状態が続いていた。
ブラムを正面から打ち破ったオフィーリアは、再びナイゼル軍をサブレ城に押し込めることができたが、サブレ城を包囲するのは躊躇われた。
サブレ城を包囲するのに兵を割けば、ジーフ軍に背後を脅かされる恐れがある。
サブレ城前の丘とタグルト河の陣地の間の補給線を維持し、防衛に専念するのが精一杯だった。
サブレ城を一挙に落とすには流石に弾薬が不足していた。
更なる補給部隊がやってくるまでこの状態を維持するしかない。
(ふぅ。どうにかナイゼル・ジーフの分断には成功したが。膠着状態になってしまった。問題はここからだな)
ナイゼル・ジーフの両軍を分断したものの、情勢は予断を許さなかった。
戦略目標を達成したとはいえ、油断すれば戦局がどう転ぶかはまったく分からない。
ナイゼル・ジーフが連動して動く方法を見つければ、数の上ではあっさりと優勢を覆されてしまう。
一方は血気盛んで足の速い若獅子。
一方はじっくりと戦局を見極める老獪で奇襲好きの狸ジジイ。
(やれやれ。流石に大国2つを同時に相手するのはしんどいな)
一方で、ナイゼル・ジーフの両軍も動けなかった。
ブラムとスメドリーはそれぞれサブレ城とラスク城でほぞを噛んでいた。
(オフィーリア、なんて化け物だよ。くっそー。せめて最初からジーフのエロジジイが駆けつけてれば)
(ぐぬぬ。まさかこれほどの化け物とは。タグルト河を越えさせたのは失敗だったな。欲をかかずさっさとナイゼルの鼻垂れと合流しておくべきだったか)
バーボン方面の勢力図は以下の通り。
ナイゼルはサブレ城に兵力2万。
ジーフはラスク城に兵力3万。
アークロイはサブレ城前に兵力2万5千、タグルト河の陣地に兵力1万。
ナイゼルとジーフが呼応して、アークロイに襲い掛かれば充分に圧倒できる兵力を保持していたが、アークロイ軍によって両軍は分断されており、密な連絡を行うことはできなかった。
もしできたとしても両軍の将は互いにすっかり疑心暗鬼に陥っており、互いに相手のことを信用して連携するのは難しかった。
かと言って、単独でオフィーリアに挑むのは怖すぎる。
先の敗北から両将には、オフィーリアと戦うことへのトラウマが刻まれていた。
そういうわけで、
3者は膠着しながらもジリジリと互いの隙を探り合うことしかできなかった。
バーボン方面の戦況を聞いてドロシーは頭を抱えていた。
「タグルト河を越えてナイゼル・ジーフ両軍と交戦!? さらに優勢になって、サブレ城とラスク城をうかがう情勢!? オフィーリア、あいつ何やっとるんじゃ」
ドロシーからすれば、オフィーリアの軍事行動は危険水域に差し掛かっていた。
ドロシーはタグルト河を越えて進出すれば、ナイゼル・ジーフを必要以上に刺激してしまうため、タグルト河で止まるようオフィーリアに再三要請していた。
だが、オフィーリアの考えは違って、最低でもサブレ城とラスク城を落とし、タグルト河流域の安全を確保しなければ、ナイゼル・ジーフの同盟を瓦解させる予防戦争としては不十分、そう考えていた。
ドロシーはこれ以上戦火が拡大したら泥沼になって、総合的な国力で勝るナイゼル・ジーフにやがて国力で押し切られると主張するが、オフィーリアは先の戦勝で得た捕虜を交渉材料にサブレ城とラスク城を明け渡すよう要求するようにドロシーに要請した。
「そんなに勝ちまくったら、補給線が伸びて、戦線が拡大してしまうじゃろーがー。収拾つかなくなってしまうぞ。どうすんだよこれ」
(これでナイゼルとジーフの結束が強くなったら、同盟が機能し始めて周辺国がナイゼル寄りになってしまうぞ)
ところが、ドロシーの予想に反してアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスのバーボン周辺5国はアークロイ公国に接近してきた。
始めはオフィーリアのタグルト河を越えての侵攻に難色を示していた5国だったが、ナイゼルとジーフが明らかに連携して動いており、秘密同盟を結んでいるとしか思えない動きをしているのが伝わってくると、反ナイゼル・ジーフ感情が各国魔法院において急速に高まった。
魔法院のある国々にとって最優先の課題は魔法院の存続と魔法技術の継承だった。
通商破壊、内政干渉、魔石の転売、資源を巡る駆け引きまではギリギリ許容できても、マギア地方の2大国が軍事同盟を結んだとなれば話は別だった。
試しにドロシーが各国魔法院にナイゼル・ジーフの高官が繋がっている証拠を流すと、5国はいよいよ秘密同盟への危機感を強めた。
看過できない危機として、各国魔法院はナイゼル・ジーフに対し共同で非難声明を発した。
逆に魔法院による統治に理解のあるアークロイ公に対しては親近感を寄せ、5国の領主はアークロイ公と騎士契約を結べないかと打診してきた。
ナイゼル・ジーフの同盟は機能しないどころか、マギア地方での思わぬ反発を招き、ノアに思わぬ果実をもたらそうとしていた。