第90話 獅子奮迅
輸送部隊を指揮していたランバートは、脇にある森が伏兵を置くのに絶好の遮蔽物であるのを見抜くと、あらかじめ用意しておいた空の馬車や荷車を先行させた。
すると、案の定ジーフ軍が森の影から姿を現して、囮の馬車に襲いかかってきた。
ランバートは敵のおおよその兵数を見定めると、魔法兵に魔法の光で信号を送らせると共に、オフィーリアのいる前線基地へ早馬を走らせて、危機を知らせた。
自身は魔石や食料を詰めた補給物資を背後の狭い窪地に固めるよう指示して、荷物を背に精鋭で周りを固めて敵の急襲を受け止める準備をした。
ジーフ軍の何人かは囮の馬車に引っかかってくれて、空の箱を漁ったり、駄馬を戦利品として確保する作業に追われている。
訓練の行き届いていない新兵、主にバーボンで新規に編入された兵士達は、ランバートの指示に従いきれず場当たり的に対応してしまったが、アークロイから付き従っていた1000人近い兵士はどうにか自分の周囲で固めることができた。
そうして、勢いと数に任せて突っ込んでくるジーフ兵に有効な反撃を喰らわせることができる。
思わぬ反撃に怯んでしまったジーフ兵達は、手をこまねいてしまう。
ランバートは自軍を叱咤激励した。
「オフィーリア司令が来るまで耐え切るぞ。荷物を背にして戦うんだ。敵の誘いに乗るなよ」
スメドリーはランバートの陣をなかなか崩せないことに苛立っていた。
「何をしておる。敵はたったの千人足らずだぞ。数の力で押し切らんかっ」
スメドリーが発破をかけることで、ジーフ兵達は慌ててランバートの陣を取り囲み一斉に襲い掛かろうとするも、ランバートの守る場所は周囲から微妙に勾配があり、狭い範囲に固まっていて、巧みな連携と堅実な防御で、敵の攻撃をいなして乱しながらも、持ち場から動かず、跳ね返していく。
ジーフ兵達は突撃するたびに、味方の損害が大きくなる割に敵陣をあまり崩すことができず、攻めあぐねてしまう。
(うそぉん。5千の兵力で千人足らずの敵を寄せ切れないの?)
スメドリーは経験豊かな老将だったが、唯一足りないのが統率力だった。
(なんなんだよこいつ。後方支援や補給に置いとくような将じゃねーだろ)
「ええい。もういい。ゴーレムで敵の荷物ごと吹き飛ばしてしまえ」
「将軍。サブレ城の方向からアークロイ軍がやってきます。その数1万!」
「げっ。もう来たの?」
スメドリーが敵援軍の方を見ると、先頭にはオフィーリアがいた。
ランバートの下から一旦逃げ出した新兵達も彼女の引力に引かれて再び戦場に戻ってくる。
「たわけが。私が伏兵に何の手も打っていないと思ったか」
(しまった。逆奇襲か)
「い、いかん。撤退だ!」
オフィーリアはランバートの陣形を囲んで前のめりになったジーフ軍の横っ腹を強襲した。
逃げ惑うジーフ兵達を狩りとり、千名ほど殺傷し、3千名近く捕虜にする。
ラスク城に戻ることができたジーフ兵は千名足らずだった。
スメドリー将軍はというと、出撃時の腰の重さに反して、逃げ足は非常に早く、単騎でいち早く城まで逃げ帰ることに成功していた。
ブラムはサブレ城で態勢を立て直しながら、戦況の見極めを余念なく行なっていた。
オフィーリアを前線に張り付かせることには成功した。
あとはジーフ軍がアークロイ軍の背後を脅かせば、呼応して挟み撃ちにすることができる。
しかし、城の塔からブラムが見たのは、ジーフ軍が森から突然現れて、アークロイ軍の補給部隊を襲撃している様子だった。
詳細は見えないが、どうも大規模な動員をかけて勝負をかけるというよりも、中規模の部隊で奇襲をかけたようだ。
(あのエロジジイ。まさか補給部隊から物資を掠め取るつもりか?)
「わかってんのか? オフィーリアの行軍はとんでもなく速いんだぞ。そんなセコい真似してたら逆奇襲喰らうぞ」
案の定、ジーフ軍は緊急発進したオフィーリアの一隊に蹂躙されてあえなく敗退した。
ブラムのいる場所から詳細は見えなかったが、それでも失敗したことだけは伝わってくる。
(チィ。これだからジーフ軍は……)
ブラムはこの局面を打開するのにジーフ軍は頼りにならないことを悟った。
(ならば、自力で押し返すまで)
サブレ城で態勢を立て直し、自軍を増強できたおかげで3万5千まで兵をかき集めることができた。
アークロイ軍の前線基地に張っている兵を含めれば総勢4万。
オフィーリアはタグルト河の陣地に兵力1万を残しているため前線に集められるのは3万のみ。
(今なら、数の力で押し切れる!)
ブラムは敵の補給が完了する前にゴーレムを配置した丘を奪うことにした。
3万5千の兵と共にサブレ城を発つ。
ブラムの動きに対し、オフィーリアは即座に反応した。
捕らえたジーフ軍の兵士もそこそこにしてランバートに預け、自身は1万の兵と共にサブレ城前の丘、前線基地に兵を連れて舞い戻る。
ブラム率いる3万5千の兵は陣地の5千の兵と合流して4万になると、舞い戻ってきたオフィーリアを迎え撃つ。
(やはり来たなオフィーリア)
「いくぞ。勝負だ!」
オフィーリアも前線基地の兵力2万と合流して総勢3万になると、即座にブラムの軍に対応する。
(ブラム、力勝負で来る気か)
「望むところだ!」
オフィーリアは馬上剣を抜く。
それがアークロイ全軍への戦闘開始の合図だった。
アークロイ軍に電流が走る。
オフィーリア司令を守らなければ!
両軍はサブレ城前で激突する。
スメドリーはラスク城に戻り、しばらくオフィーリアの追撃にオドオドしていたが、山の向こうで轟くような大音声が鳴り響いていることに気づく。
大軍勢同士が激突しているに違いなかった。
(な、なんだ? まさか。あの鼻垂れ小僧、オフィーリアに力勝負を挑んでいるのか?)
「敵はたかが小隊長なのに訳わからん統率力だぞ。あいつらはなんかおかしい。正面から戦うのは避けて謀略でうまく絡め取らないと」
アークロイ・ナイゼルの両軍は射撃戦の後、突撃し、互いに入り乱れるようにして戦った。
しばらくの間は両軍、一進一退の攻防を繰り広げて、互角に戦っていたが、やがて戦闘が両指揮官の手を離れていくと小隊長レベルの粘りの差が出てきて、アークロイ軍が優勢になる。
ナイゼル軍の戦列に乱れが生じると、オフィーリアは一瞬のほつれを見逃さず騎兵を投入して、敵陣営をかき乱した。
ナイゼル軍は混乱し、戦線を維持できなくなる。
あえなくサブレ城まで撤退を余儀なくされた。
(なん……なんだよ。こいつは……)
ブラムは初めての衝撃に襲われる。
なす術もなく敗退する自軍を前に呆然とし、副官に大声で促されてかろうじて正気を保ち退却を指揮する。
(武略も謀略も……力押しも通用しない。これがアークロイの虎なのか……)