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第86話 崩れる前提

 ジーフ陣営は再び軍議を開き、採るべき方針について話し合っていた。


 総司令官ソアレスは持久戦を提案し、副官シャーフは今度こそ全軍投入するべきと主張した。


「これ以上、兵士を消耗すれば包囲を維持できなくなる(おそ)れがある。ノルン城の防御は予想以上に堅い。ここは敵の補給を絶って持久戦に持ち込むべきだ。海上の封鎖はナイゼルに任せよう」とソアレスが言えば、「ここで引き下がれば全軍の士気が著しく下がる。一度に陥落まで至らなくともいい。だが、少しでも敵に痛手を与えるべきだ。こちらが損害を怖がらず攻撃すると分からせれば敵も少なからず萎縮して動揺するはず。そこからまた局面を打開する糸口が掴めるはずだ」とシャーフが反論する。


「ゴーレムにも損害が出過ぎた。これ以上、ゴーレムを破壊されれば城攻めの決め手がなくなってしまう。大軍ゆえに補給にも問題が生じるおそれがある。壊れたゴーレムを温存し、魔法兵の傷が癒えるのを待って、補給と回復に専念して力を貯めるべきだ」


 ソアレスがそう言うと、シャーフは負けじと言い返す。


「補給に問題があるのなら、なおのこと短期決戦に賭けるべきだ。このままではジワジワと状況が不利になるばかり。逆に敵にはこちらに余裕がないことがバレてしまい、相手を調子づかせるばかりか、弱みに付け込まれてしまうことにもなりかねない。敵を威圧し続けるためにも強気な姿勢に打って出るべきだ」


 そうして持久戦派と決戦派で意見を戦わせたが、その日は結論が出ず一旦各々の持ち場へと帰ることになった。


 一方その頃、ノルン城の土塁では、アークロイ兵達の一部がジーフ陣営の動揺を嗅ぎ取っており、夜襲を企てていた。


 闇夜に紛れて寝床を襲い(おど)かしてやろう。


 そうして夜がふけると共にそろそろと塹壕から這い出して、敵陣に近付くと、大きな音を立てて敵が驚いている隙に陣中に侵入して、荒らしまわった。


 懐に入り込めさえすれば、近接戦闘では勇猛なこと比類なきアークロイ兵士。


 寝ている兵士を見つければ、剣を突き立てて殺し、物資を見つければ掻っ払って、燃えそうなものには残らず火を付けて回った。


 ジーフ兵士達は突然の夜襲にてんやわんやの大騒ぎで、仰天の余りそのまま裸足で国まで帰ってしまう者さえいたほどだった。


 ようやくのことで騒ぎを聞きつけたシャーフがやってきて一喝したが、アークロイ兵士達は潮時と見て、さっさと自陣へと帰還した。


 この夜襲によるシャーフ部隊の動揺は計り知れず、一夜明けた後も兵士達はガタガタと震えが止まらなかった。


 アークロイ兵の中には体格の大きい鬼人もおり、その角と牙の生えた化け物のような見てくれが煌々と燃え上がる闇夜の炎に照らし出された姿は、マギア地方の人間にはトラウマものの情景だった。


 兵士達はアークロイ兵の獰猛さを大袈裟に喧伝し、シャーフに前線から下がらせてくれ、自分達を逃亡させたくないのなら自分達をアークロイ兵の危険から守ってくれ、としきりに懇願するのであった。


 流石にこのアークロイ兵の蛮勇ぶりには猛将で鳴らしたシャーフも閉口したようで、次の日からは「あいつらと戦うのは得策じゃない。持久戦に切り替えよう」と軍議の場でも意見を変えるのであった。


 ソアレスは神妙な顔で頷くも内心ではホッとした。




 次の日からジーフ軍は自分達も土塁を築き始めて、ノルン城を兵糧攻めにしようとした。


 だが、これはターニャの思う壺であった。


 ノルン陣営は土塁から一向に出る気配がなく、一切の隙を見せなかった。


 城内からも悲観的な空気は一切伝わってこず、物資が途切れる様子はなかった。


 そうして包囲から2週間ほど経った頃、ジーフ軍の希望は打ち砕かれた。


 イングリッドが艦隊を率いてノルンの港に入港したのである。


 魔石と物資をぎっしりと詰め込んで、港ではお祭り騒ぎだった。


 ノルン兵士はジーフ陣営に砲弾の無駄撃ちをして、物資が潤沢にあることを示すほどであった。


 やがてナイゼル海軍が壊滅的な損害を被ったこともソアレスの陣営に伝わってくる。


 ジーフ軍の士気は下がる一方だった。


 惰性で包囲を続けるも、勝機は遠ざかるばかりだった。


 そもそも今回の作戦は奇襲による短期決戦でノルン城を落とせることを前提に立てられた作戦だった。


 その前提が崩れた今、計画の歯車は際限なく狂うばかりだった。


 その頃、ドロシーはノアからジーフ軍の損害について聞き、その情報をジーフの外交部とナイゼル公子にリークした。


 ドロシーからの情報と分からないよう巧妙に細工して、ソアレスの政敵に対し、貴重なゴーレムと魔法兵が多数毀損したこと、ジーフ軍が攻めあぐねていることを伝える。


 ソアレスの政敵はこれをジーフ公の御前会議で問題にし、果たしてこれほどまでの損害を出してまでノルン城包囲を続ける意味があるのかと問題提起した。


 ジーフの宮廷は実利的な傾向が強く、損害ばかりイタズラに増大して、実利が乏しいノルン城攻囲戦の現状に嫌気が差した。


 スピリッツの土地だけ確保して、ノルン城からは撤退するべきではないかという論調が優勢になる。


 すぐに監察官がソアレスの陣営に派遣され、被害の実情は詳らかに調べられ、報告される。


 シャーフを始めとした幕僚の体面を守るために被害を隠蔽していたソアレスだが、流石にこの調査を誤魔化すことはできず、被害の実態を報告せざるを得なかった。


 また、ナイゼル公子ベルナルドもジーフがバーボン方面の進出に消極的で自分に知らせずノルン城を奇襲していることを知ると、激怒してジーフの宮廷に猛抗議する。


「私はジーフがスピリッツを領有することは認めても、ノルン城を攻撃する許可を出した覚えはない!」


 ジーフはナイゼルとの仲を保つためにもノルン城攻囲を解かざるを得なくなった。


 やがて、ソアレスはノルン方面軍総司令官の地位を解任され、ジーフ軍はノルン城から撤退した。


 これにて残る戦線はバーボン方面のみとなった。


 バーボン方面では、オフィーリアとブラムが死闘を繰り広げている(かたわ)ら、ジーフの老将スメドリーが虎視眈々と漁夫の利を得んとして機会を窺っていた。

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