第85話 ノルン城攻防戦
ついにノルン城を陥落させることができる。
ノルン方面のジーフ軍にとってこれは長年の悲願だった。
彼らは日頃からノルン城の防備は手薄だから、奇襲をかけて一挙に攻め落とすべし、と首脳部に訴え作戦を立案してきたが、その度に外交部の横槍を受けて頓挫していた。
外交部曰く、「ノルンの魔法院を蔑ろにすればマギア地方全土で反発が起きる」「ノルンを強引に手中にすればナイゼル公国を敵に回すことになる」「スピリッツの土地と資源だけ押さえて、ノルンとは技術提携を模索するべし」とのことだった。
ノルン方面を担当する将校は、ナイゼルが魔法院に食い込んだり、ノルン公がナイゼル公子と婚約の噂が立ったりする度にヤキモキしていた。
ノルン城への奇襲作戦を強引に進めようとする将校が現れる度に、外交部の横槍によって更迭された。
だが、そんな日々もこれまでだ。
ジーフ軍3万の兵をもってノルン城壁まで迫り、ジーフ製のゴーレムで城門を破壊して、城内に雪崩れ込めば、たちまちのうちにノルン市街地を蹂躙することができるだろう。
今こそ積年の悲願を果たす時。
そうして意気揚々と20門の火砲搭載型ゴーレムを引っ提げて、ノルン城まで詰め寄ったジーフ軍だったが、実際にノルン城を目の当たりにすると首を傾げることになった。
ノルン城は以前と様変わりしていた。
旧式の背の高い城壁の周囲には、背の低い長大な土塁が築かれていた。
特に弱点だと思われていた城門前には何重にも土塁が築かれていて、とてもじゃないがゴーレムを城門前に配置することはできなくなっていた。
おまけに土塁の上には銃眼付きの柵が、土塁の下には塹壕がそれぞれ用意されており、その奥には銃兵が待ち構えていた。
歩兵や砲兵が迂闊に近付こうものなら一斉射撃を浴びせられるに違いない。
城門に砲撃を与えて雪崩れ込めば楽勝だと思っていたジーフ軍の将校達は、気勢を削がれると共に計画の変更を余儀なくされた。
軍議では、2つの作戦が論じられた。
1つは全軍を投入して、一気に敵の土塁を踏み越え、濠と柵の裏側にいる敵兵を排除し、ゴーレムを城壁の至近距離まで進め砲撃し、速やかに城壁を破壊して城内に雪崩れ込むというもの。
もう1つはまず土塁に砲撃を与えて、潰していき、徐々に兵を前に進めていきながら敵を排除して、城門前まで辿り着くというもの。
副官のシャーフは全軍投入作戦を主張し、総司令官のソアレスは徐々に駒を進める方策を支持した。
どちらも譲らず、軍議は白熱し、議論を重ねても結論は出なかったが、総司令官ソアレスが最終的に徐々に前進する作戦を採用したため、全軍投入する決戦派は退けられた。
代わりに副官シャーフ右翼の搦手を任されることになり、敵に隙ができた際には一隊を率いて一存で突撃することが許された。
こうしてジーフ軍は徐々に土塁を削っていくべく、城から一定の距離を保ったまま包囲する重厚な布陣を敷いた。
中央、右翼、左翼にそれぞれ指揮官を配置して、最も土塁の手薄な左翼に10門のゴーレムと砲兵を展開させる。
そのうち2門はノルン製の横流しされた高性能ゴーレムである。
万が一にも側面や背後を突かれないよう、後ろにも十分な予備兵力を残して、敵からの反撃もカバーしておく。
その隙のない攻城陣地には城壁の上から見下ろすノルン兵とアークロイ兵も「流石大国ジーフの将軍だ」と感嘆を漏らさずにはいられなかった。
包囲と布陣、展開が完了したのを見ると、ソアレスは、砲撃を開始するよう合図した。
左翼に展開した砲兵部隊が、ゴーレムに魔石を補充して砲弾を発射させる。
10発の砲弾が一斉に発射され、ノルンの土塁右方面に降り注いだ。
そのうち2発は城壁に直撃して、城の外壁上部を削りとった。
土塁を守る兵士達は、塹壕の中にしゃがみながら
砲撃をやり過ごした。
砕かれた土がパラパラと落ちてくるが、兵士は一人も傷を負わなかった。
(ふむ。土塁から出てこんか)
砲撃によって慌てて守備兵が突撃してくるのを期待していたソアレスは、少々落胆した。
おまけに土塁も多少の砲撃では崩れない頑強なものだった。
これではノルン城壁に迫る前に多少の犠牲を払わねばならない。
(落ちぶれて身売りしなければならなくなったとはいえ、流石はノルン。よく訓練された魔法兵達だな)
「やむを得ん。第二射の後、左翼の歩兵突撃!」
砲兵達がゴーレムに魔石を供給して、第二射の準備を始める。
しかし、その前にノルンの城壁の内側から砲撃音が鳴り響いた。
何かが発射される複数の轟音の後、10の影が城壁と土塁を通り越したかと思うと「ひゅるるるー」という風切り音と共にジーフ軍左翼砲兵部隊に砲弾が降り注ぐ。
10体のゴーレムと魔法兵は吹き飛び、その後方で警戒する歩兵部隊にも被害が出た。
「…………えっ?」
ジーフ軍は城壁を削れるその貴重な砲兵部隊の半分を緒戦で喪失してしまうのであった。