第83話 ジーフ陣営の思惑
バーボン方面付近の城に待機するジーフ軍は、集結したものの一向に動き出す気配を見せなかった。
ブラムから再三、タグルト河まで来るよう言われていたが、将軍のスメドリーは作戦机から動こうとせず、情報収集に努めるのみだった。
彼は経験豊かで老獪だが、老齢なこともあって腰の重いところがあった。
「スメドリー卿。ナイゼル第二公子より急ぎ援軍に来るよう要請が来ております。すでにナイゼル軍はアークロイ軍と交戦中とのことです」
「よいのですか? こんなところで油を売っていて」
「焦るな。焦るな。急いで出たところで、人生いいことはないぞ。急いては事を仕損じる、と言うだろ? 追いかけっこなんぞナイゼルの鼻垂れに任せておけばええ。こうしてどっしり構えておくのも用兵のうちよ」
「しかし……ナイゼルとの秘密同盟が……」
「水と油が決して混ざり合うことのないように。考え方の異なる国の同盟なんてものはな、そうそう機能するもんではないんだわ。まあ、見ておれ。今にジーフ城から通達が来るわい」
「スメドリー卿。ジーフ公よりの伝令です」
「言ってみろ」
「ジーフ公国はこれより別働隊がノルンに攻め込む。バーボン方面のナイゼル軍には合流せず、専守防衛に務めて消耗を避け、なるべく戦闘を長引かせるように、とのことです」
「な? 言っただろ?」
「はは。流石です」
兵卒達はスメドリー卿の腰の重さにヤキモキしながらも、なんやかんやでこの世渡り上手な老将を頼りにしているのであった。
ジーフ軍は動かず待機した。
ナイゼル軍は単独でオフィーリアとの戦いを強いらる。
バーボン方面でオフィーリアとブラムが激しい主導権争いを演じている頃、海でもアークロイ軍とナイゼル軍は激突していた。
ナイゼル海軍を取り仕切る提督は、前回の敗戦から軍船の構成見直しを訴えていた。
「敵の船は火力が信じられないほど高い。海では難しいと思われていた火砲を20門以上積んでいる。砲撃の精度も恐ろしく高い。操船能力も高いし、とてもじゃないが正面から突撃したのでは勝ち目はない。速い船で回り込むか、港に停泊中の船を奇襲して焼き討ちするしかない。どうしても広い海上で戦闘するならば、こちらも火砲を積めて、撃ち合いに耐えられる頑丈な船を一から建造する必要がある」
この報告にベルナルドは首を傾げるばかりだった。
(海上で火砲? 何を言っているんだ?)
実際に目の当たりにした提督と遠く離れた場所で執務をする公子では、敵の脅威に対する認識に隔たりがあった。
ベルナルドは大砲が直撃して大破した船の視察にすら足を運ばなかった。
最新鋭艦の建造はせず、既存の船だけ量産し、船数だけ2倍にして出撃するよう命じる。
ナイゼル海軍提督は絶望した。
そして、実際に2隻となったアークロイ艦隊に対して、どうにか取りつこうと接近を試みるものの、ナイゼル艦隊は火力を増強したアークロイ艦隊にことごとく砲火で薙ぎ払われ、逆に数だけ増やしたばかりに渋滞を起こしてお互いにぶつかり合う有様だった。
逆に新たに編入されたノルン・アークロイ海兵の訓練が捗ってしまう。
イングリッドの率いるアークロイ艦隊は、無事バーボンの港に辿り着き、そこから更にアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスといった各公国にも寄港して、魔石を供給すると共に交易を取り行った。
イングリッドは大量に交換される品々を見て、そこでようやく海軍力のありがたさを理解した。
バーボンの造船所では、ノルンでもアークロイ号と同規模の戦艦が建造されたことを知り、触発されて更に火砲の搭載できる戦艦の建造に取りかかった。
バーボン周辺5国は、アークロイ艦隊の威容とその輸送力を垣間見て驚嘆するばかりだった。
いよいよナイゼルが海での競争に敗れ、アークロイが海上覇権を握りつつあることを人々に強く印象付ける。
バーボン周辺5国はノルンとの海上交易が復活したことを喜び、アークロイ公国との同盟にいよいよ深く舵を切ることになる。
バーボン方面でオフィーリアが、海上でイングリッドが奮戦している頃、ノアはノルン城の防御を固める施策を進めていた。
此度のナイゼル・ジーフ間の同盟、ジーフ公国はバーボン方面よりもノルン方面に主眼を置いているのではないか、というのがドロシーの見解だった。
ジーフ公国には謀略からの奇襲を得意とする将が多い。
ナイゼルのバーボン攻略に協力するフリをして、実際にはノルン方面に侵攻し、スピリッツの土地と資源を確定させるのが狙いなのではないだろうか、というのがドロシーの見解だった。
謀略値の高いドロシーが言っているのだから、おそらく当たっているだろう。
ジーフ軍が大挙してやってくるとすれば由々しき事態だ。
ジーフ製のゴーレムはノルン製に比べればはるかに性能は落ちるが、それでもノルンの城壁を崩す程度の破壊力はあると思われる。
ジーフ軍の急襲に備えるため、早急にノルン城の防衛力を強化する必要がある。
そう考えてノアは、ノルンの城壁防御担当者を呼びつけて新たな防御策に関する案を提出させているところだった。
その中に1つ気に入ったものがあった。
そこには以下のように書いてある。
ジーフ侵攻防衛戦を進めるに当たって、
1、最初期の段階でノルン製ゴーレムの威力を敵に知らしめて、ジーフ側に速攻ではなく、包囲からの長期戦・兵糧攻めを選択させる。
2、可能な限りジーフ側の性能の低いゴーレムを破壊もしくは鹵獲する。
3、開戦前に土塁や塹壕を作り、胸壁を厚くして、城の防御力を高めておく。特に城門前は手薄なので土塁と濠で敵のゴーレムが近付けないようにしておく。
4、海軍の補給を頼りにして、持ち堪える。
この案を気に入ったノアは、提案者を呼び付けた。
いかにも優等生という感じの女魔導騎士だった。
「君かね。この防衛案を作成したのは」
「はい」
ターニャ
武略:B
築城:A
射撃:B
砲戦:B
(なるほど。射撃・砲戦の遠距離スキルと築城スキルが高い。武略も高いから戦闘シミュレーションもできそうだな)
「なかなかよくできた防衛案だ。この案を基本として採用させてもらうよ」
「ありがとうございます。領主様のお眼鏡にかない光栄です」
「じゃあ、早速だけど、この案に沿って城の周辺に防御陣地の構築および、城内のゴーレム配備を進めようと思う。君には工事を指揮する担当者になってもらおうと思う」
「はい。かしこまりま……って、えぇえー。私がですか?」
ターニャはせいぜい自分の案の一部を取り入れられる程度だと思っていたので、いきなりの抜擢に仰天した。