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第80話 ケルピーの強襲

 ナイゼル公子邸を()ったブラムは、その日のうちに馬を走らせて側近達の下へ向かった。


 側近達はブラムの姿を見て、一斉に敬礼する。


「ブラム様」


「いかがでしたか。ベルナルド様との会談は」


「うむ。皆の者、喜べ。以前から我らが具申していた案、ついに兄上からの許可がおりた」


「おお、では」


「ケルピーの投入および100人単位の小隊運用、そしてバーボン方面軍の全指揮権の委任が決定した」


「おおお」


「我々の長年の悲願がついに叶うのですね」


「この軍制改革さえ叶えば、マギア地方の覇権は取れたも同然」


「ナイゼル公国に栄光あれ」


「これより私はバーボン方面軍指揮官としてアークロイ軍を迎え撃つ。皆、急ぎ配置につけ」


「「「はっ」」」


 側近達はそれぞれ自身の部隊を率いて、ブラムの指示した通りに動く。


 ブラムは先立って5千の軍を引き連れ、タグルト河へと先発した。


「ブラム様。このままではアークロイ軍と会敵してしまいますが、ジーフ軍と合流しなくてもよいのですか?」


「ふん。オフィーリアはすでにバーボン城を発っているんだぞ。ジーフのノロマ共なんざ待っていられるかよ」


(敵はナイゼルとジーフの分断を狙っている。まずはオフィーリアの頭を押さえて、敵のスピードを殺す。勝負はそこからだ)




 オフィーリアが兵5千を連れて、タグルト河まで先行していると、河の向こう側にナイゼル軍の旗が見えた。


(むっ!? 先回りされたか?)


 河の向こう側を窺うと、ナイゼル軍も5千程度の軍勢で本軍が来る前にとにもかくにも先行しているのが分かる。


(この速さでここに先着できるとは。なかなかいい反応だな)


 この河を越えさえすれば、アークロイ軍はナイゼルの複数の城や拠点に対して進軍ルートが開けて、読み合いに勝てば機動戦からのナイゼル・ジーフ各個撃破作戦が展開できるはずだった。


 逆にここで抑えられれば、敵の集結を許すとともに頭を押さえられてしまう。


(少なくとも武略はBクラス以上か)


 オフィーリアは河向こうの敵軍と睨み合いながら周囲に斥候を放ち、後続の自軍が来るのを待つ。


 するとすぐにランバートやその他小隊長達が部隊を引き連れてやってくる。


 オフィーリアの軍はすぐに1万、2万と膨れ上がっていったが、同時にナイゼル軍の方も同数程度膨れ上がった。


(副官の統率力も高いか。なかなかやるじゃないか。それなら……)


 オフィーリアは後ろの丘に陣地を構築し、火砲付きゴーレムを配置させ、近くの森から木を切り倒し、筏や橋の材料を作らせた。


 怒涛の勢いで渡河作戦に必要なものを組み上げる……フリをして一隊を林から回り込ませて別の渡河地点から河を渡るように命じた。


 バーボン領に侵入した際と同じ作戦である。




(敵は河を渡るつもりがないな。目の前にいる敵は囮!)


 ブラムはアークロイ軍の微妙な動きのおかしさからそれを読み取った。


「ケルピー部隊の準備は整っているな?」


「はっ。滞りなく所定の位置にて」


「よし」


(我が軍の最新ユニットの威力。見せてやる)




 迂回起動したアークロイの別働隊は、河の浅瀬を渡ろうとしていた。


 浅瀬といえども、胸まで水は浸かってしまい、その行軍は容易ではない。


 兵士達は武器や荷物を手放してしまわないよう気を付けながら、水を掻き分けて進んだ。


(急いで渡らなければ)


 そう思っていると、水を弾くような奇妙な音と共に水面に巨大な影が差して自分の体を覆う。


(なんだ? 雲?)


 そんなことを思いながら頭上を見やると、水色の胴体とあるはずのない馬の蹄が頭上に降りてくる。


「なっ、うっ、うわあああ」


 その兵士は蹄によって頭を踏みつけられた上、長い槍で刺された。


 辺り一帯でそこかしこから悲鳴が鳴り響いた。


 水を弾くような謎の音と、水面のはるか上からくる謎の攻撃、どこからともなく現れて一瞬で距離を詰め殺到してくるナイゼルの騎兵に、アークロイ軍別働隊は混乱に陥った。


 ナイゼルの騎兵部隊は、そのまま逃げ惑うアークロイ兵士を追い立てて、対岸へと渡った後も追撃を続ける。


 彼らがブラムから命じられたのは、丘の上に配されていると(おぼ)しきゴーレムの鹵獲だった。




 オフィーリアが異変に気付いたのは、別働隊を向かわせた方向から悲鳴と戦闘音が聞こえてきた時だった。


(!? 別働隊が戦闘している? まさか迂回機動を読まれたのか?)


 さらにその後、ゴーレムを配置した丘付近で戦闘音が聞こえてくる。


(先に河を渡られた!? バカな。我がアークロイ軍が平面のスピードで遅れを取ったとでも言うのか?)


 すぐに強襲を受けて撃退された別働隊の生き残りが逃げ帰ってくる。


「どうした? お前達がそう簡単にやられるはずがないだろう。いったい何があった?」


 オフィーリアは敗残兵達から話を聞くも、ショックから錯乱しているのか、要領を得ない返答が返ってくるばかりだった。


 ただ、「蹄が頭上から降ってきた」とか、「水面のはるか上から攻撃が来た」といった証言からどうも騎兵にやられたのだというのが伝わってきた。


(騎兵か……)


 オフィーリアは幾分安堵した。


 敵が騎兵だけなら、ゴーレムの心配をする必要はない。


 事前に騎兵対策の部隊を配置しておいたからだ。


 前回の戦闘でゴーレムが騎兵の機動に対して極端に弱いことは学習済み。


 すぐに、わずかな銃声と戦闘音だけで、敵が撤退していくのが、本陣からも見て取れた。


 配置しておいた銃兵や弓兵、長槍歩兵がきちんと働き、敵強襲部隊を撃退してくれたようだ。


 だが、不可解なこともある。


 敵はなぜこれほど速く対岸に渡ることができたのか?


 オフィーリアは歩兵部隊を偵察に向かわせた。


 隊長にはランバートを選任する。


 彼ならば、功に(はや)ることなく、手堅い仕事をした上で、正確な報告をあげてくれるだろう。


 オフィーリアは無理な追撃はしないように言い含めた上で、ランバートを送り出した。




 オフィーリアの命を受けてランバートが現場に急行すると、ちょうどゴーレムを鹵獲しようとして跳ね返されたと思しきナイゼルの騎兵隊が引き返すところだった。


「隠れろ」


 ランバートは部隊を茂みに隠して敵騎兵を観察する。


(確かに変わった色彩の馬だ。水色……? あんな馬はアークロイでは見かけない。騎兵もよく訓練されている。だが、狼狽(うろた)えるほどのものか?)


 しかし、彼らが河を渡り始めた時、ランバートは目を疑った。


(!? 水面を……走っている!?)


 それは水の上を疾走することができる、マギア地方でも滅多に見ない生き物、水馬─通称ケルピーだった。

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