第78話 オフィーリアの直感
ノアとベルナルドの声明を巡って、マギア地方の魔法学院では侃々諤々の議論が至るところで起こった。
アークロイ公とナイゼル公子、どちらの主張に正当性があるのか。
ナイゼル寄りの学生が「アークロイ公はマギア地方の平和と安定のためだと言うが、バーボンを力づくで併呑したじゃないか」と言えば、アークロイ派の学生が「それはノルン公を帰国させるために仕方のない処置だった」「バーボン魔法院はアークロイ公を承認した」「ピアーゼを襲撃して平和を破ったのはナイゼル公子の方だ」と反論する。
アークロイ寄りの学生が「ナイゼルはノルンに対して通商破壊を仕掛けて、魔石を転売し、価格を釣り上げた」と批判すれば、ナイゼル派の学生が「ノルン魔法院はナイゼルの資金を受け入れた」「ナイゼルが海賊と繋がっている確かな証拠はない」と反論する。
仕事もなければお金もない、暇な時間だけはふんだんに持ち得ている学生達は、結論の出ない議論を延々繰り返すのであった。
ただ、ナイゼル側の主張、ノルン魔法院の決定を撤回すること、これに関してはどの国の人間も困惑を隠しきれなかった。
魔法院の決定を他国が覆すことなどできない。
たとえナイゼル公子がアークロイ公を破ったとしてもだ。
ナイゼル公子はいったいどうやってノルン魔法院の決定を覆させるつもりなのだろうか?
とはいえ、世論は若干アークロイ派の方が優勢だった。
そのような世論に対し、ベルナルドは苛立ちを覚えずにはいられなかった。
このままナイゼルがアークロイ公の挑戦状に何もできずにいれば、各国魔法院は進んでアークロイ公国と同盟を結びかねない。
だが、焦りは禁物だ。
焦って性急な動きをすればすべてがおじゃんになりかねない。
ベルナルドはナイゼル軍とジーフ軍の準備が整うのを辛抱強く待ち続けた。
そんな中、バーボン国境線を警備するオフィーリアは、ナイゼル軍の動きがどこかおかしいことに気づいていた。
黒竜に乗って、ノルンからバーボンに帰ってきたドロシーはすぐにバーボン周辺の国、アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの魔法院に手紙を送った。
アークロイ公はその強力なノルン艦隊をもってして、すぐに貴殿らに良質な魔石をお届けする。
貴殿らの誇りと権威は無事保たれることになるから安心して待たれよ。
「ふぅ」
ドロシーは手紙を書き終えると、一息ついた。
(ちょっと働き詰めだ。そろそろノア様と厨二病ごっこがしたい)
「ドロシー。いるか?」
バンっと執務室の扉が勢いよく開かれ、オフィーリアが入ってきた。
(うう。また仕事か)
「どうしたんだオフィーリア。今日はそろそろ休もうかと思っどったんだが」
「国境付近のナイゼル軍の様子がおかしい。何か情報を掴んでいないか?」
「ああ。それは多分援軍を期待した動きだろうな」
「援軍?」
「ナイゼル公子はマギア地方の外から援軍を招き入れようとしているのだ。たとえば、ユーベル大公領軍とか」
「大丈夫なのか? 何もしなくて」
「大丈夫。大丈夫。ルドルフには手を打ってあるし、ユーベル軍がマギア地方まで進出してくる頃には、バーボンにノルンから魔石とゴーレムをぎっしり載せた船が到着しているはず。そうなれば周辺国は同盟を結んでくれる。同盟国と連合軍を組めば、ナイゼルは手も足も出んよ」
ドロシーは机に突っ伏して手の甲で頬杖をつき、欠伸をしながら言った。
「今後は海での戦いと外交によってナイゼル軍を圧迫するというのが、ノア様の考えじゃ。お主はどっしり構えて、国境付近を警備しておればよいぞ」
「……」
「なんぞ。何か気になることでもあるのかえ?」
「ナイゼルとジーフが手を組むということはないのか?」
「ほえ?」
「ジーフ軍がナイゼル軍の下に駆けつければ、マギア地方外から同盟軍を呼び寄せるよりはるかに速く大軍を招集することができる。ジーフ軍の到来を待っているとすれば、ナイゼルの緩慢な動きにも説明がつく」
「あー。それはまずないな。あの2国は互いにノルンの権益を巡って犬猿の仲。そうそうなことでは手を組むなど……ん?」
1羽のカラスが飛んできて、ドロシーの耳元でカァカァと捲し立てるように鳴く。
「何っ!?」
「どうした?」
「ジーフ軍にナイゼル高官が接触したと今しがた……」
「やはりそう来たか」
(う、嘘じゃろ。同じ権益を狙って争い合っている2国がいきなり手を組むなど。そんなことあり得るのか?)
「バカな。あの2国が連携するなど。できるはずが……」
「落ち着けドロシー。まだナイゼルとジーフの同盟が完成したわけじゃない」
「おい、どこへ行く!?」
「知れたこと。ナイゼル軍とジーフ軍が接触する前に各個撃破する」
「待て。ノア様からの命令はバーボン城で待機することだぞ」
「それでは手遅れになる」
(ナイゼル・ジーフの同盟を粉砕する。ノア様の領地には何人たりとも土足で踏み入れさせん!)