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第75話 野次と拍手

 ノルンの造船所は俄かに活気づいていた。


 長らく新規の受注が入らず閑古鳥が鳴いていた造船所には忙しなく人が出入りし、鍵がかけられたまま開かれることのなかった倉庫にはひっきりなしに木材が運び込まれる。


 日がな一日中暇そうに居眠りしたり、煙草をふかしたりしていた大工達は、(くぎ)(のこぎり)を手に木材を切ったり、釘を打ったり、図面を広げたりと休む間もなく手を動かしていた。


 造船所からは木が切れる音や釘を打ち込む音が夜遅くまで鳴り響いている。


 変わったのは造船所だけではなかった。


 魔石倉庫からは毎日のように保管されていた魔石が運び出され、ゴーレムの製造所に運び込まれていた。


 ゴーレムの素材である鉄や土、特殊合金が倉庫に入れられて、職人によって溶かされ整形される。


 そのための火の魔石、水の魔石も多分に発注されていた。


 それもこれもすべて魔法院で可決された決議や法案が影響している。


 人々は魔法院の変わり様に驚いていた。


 どれだけ陳情してもうんともすんとも動かなかった魔法院が立て続けにノルンの活性化のために動いている。


 内心あんまり期待していなかった領民達だが、ノルンの新たな領主に期待を寄せ始める。


 ノルンの首都は俄かに活気づき始めた。




 魔法院ではグラストンが新たな法案を提出していた。


 ノルンの海軍力を強化する新たな法案だった。


「我がノルン領において海軍力を強化するのは喫緊の課題です。ノルンのすべての海運業者はノルン港とバーボン港を結ぶ海路の安全な航行を望んでおります。よってここにノルンの港湾整備と商船護送の取り決めに関する法案を提出します」


 ナイゼル寄りの上級騎士達、主にエルダーク卿の周囲から一斉に野次が飛んだ。


「そんなことをすればナイゼルを刺激することになるぞ」


「ナイゼルと全面戦争になってしまうぞ。いいのかー」


 グラストンは反論する。


「アークロイ公は我がノルンのために資金を提供し、ナイゼル海軍とすでに一戦を交えている。ナイゼルの不当な通商破壊に対抗する矢面に立ってくださっているのだ。アークロイ軍が我がノルンのために危険を冒して援助の手を差し伸べてくださっているというのに、その厚意に対して我らが何ら協力の意思を示さないようではそれこそ我らノルン魔法院の信用を損ねることになるのではないか?」


「ぐぬぬ」


「そもそも我々はナイゼル公国に海賊を取り締まるよう何度も抗議してきた。にもかかわらず、彼らは何ら対策も講じず、我々の抗議に対して何一つ納得できる返答を返してこない。ナイゼル公国が海の安全に取り組まない以上、我々が自衛のために海軍を強化するのは当然のことではないでしょうか」


「ぐぬぬぬぬ」


 ノアとイングリッドはグラストンの演説に拍手した。


 するとイングリッドの派閥、領主派も拍手をして、ナイゼル派とジーフ派の比較的派閥歴の浅い騎士達も追従する。


 ノアはグラストンの演説に感動していた。


(なんて常識的な意見なんだ)


 各派閥に配慮しながらもナイゼル派の偏った意見に反論していく。


 まったく良識は妄言から身を守る最良の盾であった。


 グラストンの提出した法案は無事賛成多数で通過した。


 その後もノアとイングリッドはグラストンが演説する度に拍手し続けた。


 2人が拍手するだけで自分達の通したい法案を通せるのだから、楽なものだった。




 魔法院の審議が終わると、若手の上級騎士達はグラストンの下に歩み寄って、集まった。


「グラストン。先ほどの演説だが……」


「姫とアークロイ公はどのように考えておられるのだ?」


「アークロイ公はどこまで海軍を拡張するつもりなのだ?」


「それについてだが、今度、姫様の主催する研究会がノルン公邸にて開かれるから、そこに出席して……」


 グラストンは情報を取捨選択しながら、魔法院を有利に回すために言える範囲で彼らの質問に答えていった。


 同年代の騎士はもちろん年配の上級騎士まで彼に教えを請う有様だった。


 彼らがグラストンに取り入ろうとするのも無理はなかった。


 何せグラストンが魔法院を動かしているのは誰の目にも明らかだった。


 グラストンの出した法案はことごとく魔法院を通過して、ノルン公も拒否権を発動しない。


 彼がアークロイ公とノルン公の意向を汲んで、陰に陽に魔法院に影響力を行使しているのは明らかだった。


 自身に有利な決議を通すには彼の意向を探るのが一番だった。


 グラストン自身も驚いていた。


 まさか、自分がここまで魔法院を回すことができるとは。


 グラストンは公邸と魔法院を行き来して、もはや宰相同然だった。


 グラストンの権勢は高まるばかりだった。


 面白くないのはエルダーク卿を始めとするナイゼル派とジーフ派の上級騎士達である。




「何なのだあのグラストンとかいう男は」


「まだ魔法院入りして数年の若輩者ではないか」


「アークロイ公からの寵愛を笠に着てやりたい放題か」


「姫様も姫様だ。我々の長年のナイゼル・ジーフとの外交努力を何だと思っている」


「とにかくあのグラストンとかいう奴は絶対許さん。絶対に潰すぞ」


「ナイゼル派とジーフ派の垣根を越えて奴の壟断を阻止するんだ」


「おお!」


 こうしてナイゼル派はジーフ派と共同してグラストン引きずり下ろし運動を企図したが、派閥を越えて利害調整できるほど内政能力の高い者がいなかったため、両派による話し合いは意見を纏められないまま終わった。




 ノアとイングリッドは今日も今日とて、拍手をするために魔法院に登院していた。


 領主は魔法院での議論や審議に参加できない決まりである。


「今日の審議が賛成多数で通れば、アークロイ製の魔石銃配備が決まりそうね」


「ああ。銃の製造はアークロイで、魔石の製造はノルンでやるのが理想的だと思う」


「でも、いいのかな。こんなにグラストンに任せっきりにしちゃって。なんかソワソワするんだけど」


「イングリッド。臣下に仕事を任せられるのも君主の器だ。ここは思い切って、グラストンに任せてみよう」


「……そうだね。ノアがそう言うのなら、私もグラストンのことを信じるわ」


 ノアとイングリッドは、今日も元気にグラストンの演説に拍手した。


 ナイゼル派とジーフ派は野次や牛歩戦術で対抗したが、時間稼ぎにしかならなかった。


 グラストンの提出した法案は無事通り、アークロイ製の銃の配備が決定する。

いつもお読みいただきありがとうございます。

この度、本作『うつけ領主』の書籍化が決定いたしました!

レーベルはGAノベル様です。

詳細は追って連絡させていただきます。

今後ともよろしくお願いします。

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