第73話 ノルンの魔法院
ノアが城壁の魔法兵団を視察しにきたという知らせは瞬く間に広がり、近くの守備兵も挨拶しにきた。
守備隊長達はアークロイ公が意外と気さくに握手に応じてくれるのに感動した。
ここまで朗らかに対応してくれる上級騎士はノルンにはいなかった。
ノアは守備兵達の装備や配置、砲撃型ゴーレムの配備についても見て回り、色々と質問した。
そのうち守備兵達も打ち解けてきて、ノアに色々質問するようになった。
「アークロイ公。バーボン城を射撃戦で陥落させたというのは本当ですか?」
「ああ。エルザ。見せてやれ」
「はい」
エルザは肩にかけていた魔石銃を構えると練兵場の的に向かって撃った。
「うおっ。早撃ち」
「すげー」
さらに2発目3発目も撃つ。
「しかも連射!?」
「うそぉ。なんだよあの銃」
「姫様の銃より凄いのか!?」
「これがアークロイ製の魔石銃ですよー」
「うおお。マジか」
「まさかこのノルン製の魔石銃よりも優れたものがこの世に存在するなんて」
「私がこのノルンの領主になった暁には守備兵にこの魔法銃を配備する予定だ」
「うおお」
「し、しかし、我がノルンの魔法院は長年財政難に苦しんでいて……」
「学院の負債も私が補填するつもりだ」
「う、うおおお」
「なんて太っ腹なんだ」
「やっぱ田舎の領主って金持ちなんだな」
「アークロイ公万歳!」
「流石は姫様だ。このような方を連れてこられるとは」
魔法兵達は新領主のことを概ね好意的に受け止めたようだ。
(これならあの件についても話してもいいかもな)
「お前達、驚くのはまだ早いぞ。魔法銃の配備は手始めにすぎない」
「えっ? というと?」
「まだ何かあるんですか?」
魔法兵達は期待に目を輝かせる。
「私はノルンの海軍増強とアークロイ陸軍の進駐も行うつもりだ。これでこのノルンからナイゼル公国の圧力を排除できるぞ」
ノアは拍手喝采を期待したが、その場はシーンとなる。
(あ、あれ? なんだこのテンションの落差は)
そうこうしているうちに騎士ジアーナ・オークスが慌てて駆け込んできた。
「ノア様、困りますよ。勝手に視察などされては。一言お声がけしていただければ私が手配いたしましたのに」
「うん? そうなの?」
「ノア様にはこの後、魔法院に登院していただかなければなりません。予定が押しております。ついて来てください」
ジアーナの有無を言わさぬ口調にノアは従うしかなかった。
魔法院に登院するとすぐに初老の上級騎士の下に引き合わされた。
(あ、このおっさん、確か昨日港まで来ていた)
ノアはイングリッドがやたらこの老人のことを警戒して、アークロイ勢と接触させないようにしていたのを思い出す。
「ノア様、ご紹介いたしますわ。こちら学院内でも最年長の上級騎士。エルダーク卿ですわ」
「どうもノア・フォン・アークロイです」
エルダーク卿は渋面を向けてきた。
「今朝、魔法兵団の視察に行かれてたそうですな」
「ええ。噂に聞くノルンの魔法兵団を自分の目で見ておきたくて」
「あまり下級兵士達と気安くされては困りますな」
「はぁ。そうですか」
「アークロイではどうだったか知りませんが、ノルンには貴族が一兵士と気軽に話すような慣習ははないのでね」
「……」
「今後、あなたは姫様に代わりこのノルンの領主となられるのでしょう? ならば、ノルンのやり方に慣れていただかなくては」
「善処します」
「やれやれ。先が思いやられますな」
エルダーク卿は終始不機嫌なまま初会談を終える。
(なんだあのおっさん)
「ノア様、どうかあの方のことは気になさらないでください。彼はナイゼル派の騎士なのです」
「えっ? ナイゼル寄りの奴がいんの?」
「しっ。あまり大きな声でこの件については話さないでください。ナイゼル公とジーフ公にまつわることは今、この国ではナーバスな話題です」
「つってもナイゼル公ってイングリッドの敵だろ? それが重鎮って」
「困ったことにこれがこの国の上層部の有様ですわ」
ジアーナはため息を吐きながら言った。
「さあ。審議が始まります。ここノルンではすべての法律が学院の審議を通さねばなりません。アークロイ公にも参加していただきます」
議場に入ると、イングリッドが待っていた。
頬を膨らませている。
どうやら彼女もノアが無断で魔法兵の視察に向かったことに御立腹のようだ。
「今までどこ行ってたのよ。せっかく主だった騎士にあなたのこと紹介しようと思ってたのに」
「ごめんごめん。魔法兵団を見ておきたくてさ」
「どんだけ戦争が好きなのよ。少しは落ち着きなさいよ」
「いや、今は戦争中だろ」
「議場では領主はみんなの審議を黙って聴かなきゃいけないルールよ。ノアもちゃんと聴いてなさいよ」
「お、おう。そういうもんなの?」
「皆様、お静かに」
議場の1番高いところにいる男が呼びかけた。
口々に何か話していた上級騎士達が徐々に静まっていく。
「それでは審議を始めます。まずは昨日寄港したアークロイの軍船について受け入れるかどうか」
1人の魔導騎士が挙手をして発言する。
「アークロイ公は我がノルンの領主を匿い、亡命を受け入れてくれた恩人。また、通商条約を結ぼうとしていた折のこと。受け入れを許可するべきです」
議場から拍手が鳴る。
「では、次の審議に移ります。次にノルン公イングリッドがアークロイ公の騎士となることについて」
また、何人かの上級騎士が発言して、事務的に拍手が鳴る。
ノアはこうして聴いていながらようやくノルンの魔法院というのがどういう存在なのかわかってきた。
(そうか。ようやくわかってきた。このまどろっこしい感じ。要するに魔法院てのは議会みたいなもんか)
おそらく今のノルンは君主制から共和政に移行する狭間の時期にあるのだろう。
バーボンの魔法院はまだ領主の諮問機関の域を出ておらず、なんやかんやで領主の力が強かったが、ノルンの魔法院は立法権を押さえるほど領主に対して強大な権限を持っているようだ。
ノアはノルンが近代的なことに感心した。
ただ、問題は眠気がヤバいことだった。
校長先生の話は1分持たないノア。
この回りくどい感じ。
父親の話よりも睡魔が酷いかもしれない。
(親父の話も相当眠たかったが……、これはヤバい。居眠り議員になりそう)
前世でもずっと疑問に思っていたが、国会中継……、あれを通しで見れる人間がこの世にいるんだろうか?
そんなことを思いながらも、どうにか適当に聞き流してようやく決議に移った。
上級騎士達が一人一人投票に移る。
まず、イングリッドがアークロイ公の騎士となることを承認する決議。
賛成多数で可決。
アークロイ公が学院の財政を負担することに関する決議。
賛成多数で可決。
(眠い)
ノアはどうにか欠伸を噛み締めて決議を見守る。
そしてようやくノアの待ち望んだ議題がやってくる。
ノルンの海軍を増強し、バーボンとの通商を強化する決議。
事実上、ナイゼル公の配下である海賊を討伐することになる。
反対多数で否決。
(えっ?)
ノアは睡魔が吹き飛んで目を見開く。
アークロイ軍をノルンに受け入れて、城壁の防備を強化する決議。
反対多数で否決。
「おいおい、ちょっと待てよ」
ノアは思わず立ち上がった。
「アークロイ公、着席しなさい」
議長が注意する。
「ノア、ここは我慢して」
イングリッドが苦い顔をしながらノアの袖を引っ張る。
「っ」
(何がどうなってんだ? こいつらイングリッドの命を狙ったナイゼルに対して何にも対抗措置をしないつもりか?)
イングリッドも憮然とした顔をしている。
(イングリッドもイマイチ掴めていない感じか)
内政Dなので仕方がないとは思っていたが、これほどとは。
このままでは金だけ負担させられて、従わされることになりそうだった。
議題は今度はナイゼル公とジーフ公の要求を受け入れるかどうかとなる。
これに関してはイングリッドが拒否権を行使して、廃案にした。
今度はエルダーク卿や他の騎士達が憮然とした顔をする。
「では、本日の魔法院はこれにて閉廷です」
騎士達がやれやれといった感じのくたびれた様子で議場を引き上げていく。
気怠げではあるが、話が進まないことへの苛立ちはそこまで感じない。
まるでいつものことだと言わんばかりだった。
(とにかくこれじゃあ埒が明かない。まずは情報収集しないと)
ノアは議場を見回した。
(誰か内政能力の高い奴、ノルンの情勢を詳らかに把握している人間の協力を得る必要があるな)
ノアは昨夜、ノルン邸を訪れた騎士に狙いを定めて鑑定する。
確か名はグラストンと言ったか。
グラストン
内政:B
良識:B
(こいつにするか)