第72話 ノルンの魔法兵
港に集まった人々は、見たこともないほど大きな軍船に歓声をあげた。
人々はすでにこの船が、ノルン近海にてナイゼル軍の息のかかった海賊船を撃沈したことを漁師経由の噂で聞いていた。
イングリッドとノアが連れ立って船から降りてくるとますます熱狂する。
「あれが僻地を統一し、バーボン公を破ったというアークロイ公ノア様か」
「姫様がナイゼル公に追われて祖国を離れなければならなかった間も匿ってくださった」
「うつけと聞いていたが、立派なお方じゃないか」
「姫様、おかえりなさい。よくぞ戻られました」
イングリッドが手を振ると、観衆たちはワッと湧き立った。
イングリッドがノアの手を取って一緒に振り上げると、観衆はますます湧き立つ。
アークロイの国旗を振り仰ぐ人物まで見受けられた。
(ふむ。やはりイングリッドの人気は相当なもののようだな)
ノアはイングリッドの帰国を喜ぶ人々の反応に満足した。
これならノアがイングリッドを騎士にしてノルンの領主となることもすんなり受け入れてもらえそうだ。
そして、ノルンの港を改造して海軍力を強化することについても。
港にはノルン魔法院の上級騎士達も詰めかけていた。
僻地の英雄と水都の姫の組み合わせに湧き立つ市民達と違い上級騎士達の間にはそれぞれ温度差があった。
若き上級騎士達はノアに憧れの目を向ける者もいたが、老齢の上級騎士達は複雑そうな面持ちだった。
「あれが噂に聞くアークロイ公か」
「どのような方なのだろう。お会いするのが楽しみですね」
「これ、エルダーク卿の前だぞ」
口を滑らせた若い騎士は慌てて口をつぐんだ。
魔法院の重鎮エルダーク卿はジロリと若い騎士をにらむが、この場はそれだけに留めて再びノアの方に目を向ける。
「なるほど。随分若いな」
「姫様と大して変わらぬ」
「それでいて城6つ持ちの傑物だ」
「あくまで僻地において……だがな」
「そうも言えんだろ。バーボン城も落とし、海ではナイゼルの艦隊も破っている」
「本当のことなのか。ナイゼルの艦隊が破れるなどと、そんなことが……」
「しかし、実際にあの船を見せられては……」
エルダーク卿は咳払いを1つしてその場の者達を黙らせる。
年配の騎士も慌てて口をつぐんだ。
「いずれにせよ姫も厄介な案件を持ち込んでくれたものだ」
「アークロイ公の下に亡命した上、ナイゼル海軍を撃破するとは」
「ナイゼル公子ベルナルドとアークロイ公は諸侯会議の場でも一悶着あったようだし」
「とはいえ、無下にするわけにもいかんでしょう。あれでも我らが姫を庇護し、帰国を手伝ってくれた恩人ですぞ」
「分かっておる。今はまだ歓迎するさ。今はな」
船からはエルザ達を始めとするアークロイ軍の小隊長とガラッドを始めとするバーボンの魔法兵達も降り立っていた。
異国の兵士達の登場にいよいよノルンの市民達の興奮は最高潮に達しようとしていた。
アークロイ公とノルン公の冒険譚について聞きたくて仕方がない様子である。
ノアに率いられた軍勢は早くもパレードのような様相を見せていた。
エルダーク卿は忌々しげにその様子を見守る。
(ふん。民衆というのはいつも気楽なものだ。我々、貴族の苦悩など知りもせずに)
ノアとイングリッドはジアーナの案内で港のすぐ側にある運河を渡る船に乗り込む。
「お帰りなさい姫様」
「ノルンへようこそアークロイ公」
運河の小舟を操る水夫2人がノアとイングリッドの手を取って舟に乗せてくれる」
「ノア様、宿泊先である姫のお屋敷にはその舟に乗るのが一番ですわ」
戦闘中はすっかり影を潜めていたジアーナがいつもの調子を取り戻して言った。
小まめな眼鏡くいっも復活している。
敏腕秘書、やり手外交官の顔を取り戻してせっせとノア達と随伴の兵士達にテキパキと宿泊先を手配している。
「この運河の両脇にはノルンを代表する富裕層の屋敷が軒を連ねております。アークロイ公と姫様が帰還したこのタイミングで、ノルン市民にアークロイとノルンの友好関係を見せる絶好の機会ですわ。到着早々申し訳ありませんが、アークロイ公は姫様と共にノルンの市民にそのお姿をお見せくださいませ」
「ああ。わかった」
「ごめんねー。バタバタしちゃって」
「いや、いい。他のみんなはどうする?」
「アークロイ・バーボン兵士の方々は私が宿舎までご案内いたしますわ。責任を持っておもてなしさせていただきますので、ノア様は姫様と一緒にゆったり船旅をお楽しみくださいませ」
「頼むわよジアーナ」
イングリッドが高い堤防の上からこちらを見ている上級騎士達の方にチラリと目をやりながら言った。
「ええ。わかっております」
ジアーナもすべてを察したように目配せする。
2人の態度はまるで上級騎士達を牽制するかのようだった。
上級騎士達も間合いを図るかのように近付いてこない。
ノアはそれを見て、すでに政治的駆け引きが始まっているのを感じた。
そして帰国したからと言って、イングリッドの立場が決して安泰ではないことも。
ノアはイングリッドとエルザ、ガラッド、その他数人のお供だけ連れて、舟に乗り込み運河を渡り街の中心にあるノルン邸へと漕ぎ出した。
折しも夕陽が沈みかける頃合いだった。
運河は、水面に夕陽が染み込むように広がる黄金の輝きに包まれていた。
町を縫うように走る運河は、まるで砂金のように静かに輝き、ところどころで小さな波紋を広げている。
両脇に広がる瀟洒な屋敷は、1つ1つがまるで宝石箱のようだった。
時折、優雅なベランダから待ち伏せしていたのか、令嬢や婦人が顔を出してノアに向かって、一輪の花を投げ込んだ。
ノアが手を振ると婦人達は歓声をあげて応えてくれる。
すぐに運河には花びらが舞い散って、一向の舟旅に彩を添えた。
小さな船に乗り、運河を渡る中、イングリッドはそっと風に髪をなびかせ、遠くの塔が赤く染まるのを見つめていた。
空はオレンジから紫へと緩やかに移り変わり、水面に映る空の色が船の周りを揺れるように取り囲む。
その光景はまるで別世界のようだった。
「綺麗な街だね」
ノアが声をかけた。
「住民も粋な計らいをしてくれるし……」
「昔はもっと賑やかだったのよ」
イングリッドはそう寂しげに言った。
言われてみれば、屋敷の豪勢さの割に人の姿はまばらに思えた。
それ以外にも一見瀟洒に見える街並みにはところどころ影が差しているように見えなくもない。
貧血のせいで不本意な昼寝を強いられている。
そんな雰囲気だった。
船頭が穏やかなリズムで櫂を漕ぐ音だけが響き渡る中、イングリッドが目を細めてその寂しげな表情を際立たせる。
ノアはようやく彼女の素顔を垣間見たような気がした。
街灯が一つ、また一つと灯り始め、街の輪郭が温かな光に浮かび上がる頃、ノア達を乗せた船は穏やかに運河の中心を進んでいった。
ノア達はノルン邸に着くと、屋敷の使用人達によって歓待を受けた。
突然の訪問にもかかわらず、彼らは精一杯のもてなしをしてくれる。
また、日が暮れているというのに、わざわざノアの到来を歓迎するために挨拶に訪れた上級騎士もいた。
イングリッドも長旅の疲れを見せる様子もなく、屋敷の主人としてノアのことをもてなしてくれた。
彼女のイブニングドレス姿も見ることができた。
いつもは活発な彼女の正装は見違えるほど艶やかだった。
これならベルナルドがイングリッドとの結婚に躍起になるのも分からないでもない。
イングリッドは一歩引いた立場でノアのことを見つめながらも、訪れた来客に将来のご主人様のことを紹介し、引き立てた。
ノアとエルザ、ガラッドはノルン邸での歓待を心ゆくまで楽しみ、夜更けまで酒を飲み明かし、音楽を楽しんだ。
やがてそれぞれに当てがわれた部屋で眠りにつく。
翌朝、目を覚ましたノアはノルンの魔法兵団の視察へと向かった。
エルザとガラッドも起きていたので一緒に連れていく。
イングリッドは流石にお疲れのようで起きられないとのことだった。
ノアの予告なしの突然の来訪に城壁の守備兵達は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
気怠げな空気に包まれていた城壁の一角はにわかに人が集まり整列する。
何せ城壁下に偉い人が視察に訪れるといったことは、守備兵にとってここ数年経験したことのない出来事だった。
「兵士の整列済みました」
守備隊長らしき者が敬礼しながら言った。
「うむ。ご苦労」
魔法兵A
海戦:D→B
砲戦:C→B
魔法兵B
海戦:C→A
近接:D→B
魔法兵C
海戦:C→B
射撃:C→B
魔法兵D
海戦:B→A
野戦:C→A
(うひょおー。いるいる。海戦適性の高い奴らがわんさか)
この海戦適性の高い兵士達を城壁の守備兵から海軍に転用できれば、ノルンを一大海運国家に造りかえることができるだろう。