第71話 海戦
海に漕ぎ出して1週間。
ノアとイングリッドはしばらくの間、穏やかな航海を楽しんでいたが、ノルン公国まであと少しというところで、海に異変が起きた。
風が怪しく逆巻いたかと思うと、水平線の向こうから船団が姿を現した。
大型の軍船が5隻。
ノア達の行手を阻むように海上に展開している。
その旗艦にはナイゼル公国の旗がはためいていた。
「あれはナイゼル軍の船!?」
イングリッドが望遠鏡を一つ覗いたあと、叫ぶように言った。
「まさか。海路を辿るのを読まれてた!?」
「情報が漏れてたようだな。ノルン近海で網を張られたか」
「どうしよう引き返す?」
「それももう遅いようだぜ」
島陰に隠れていた船団が姿を見せて、背後も遮断される。
その船団はドクロのマークを掲げていた。
「あれは……海賊!?」
「ベルナルドの奴、まさか海賊にまで金を渡したっていうの?」
「なるほどな。オフィーリアの牽制をかわすのは無理と見て、海賊を雇って兵力を増強させたってわけか」
イングリッドは悔しそうに唇を噛む。
「ここまでするなんて」
「どうあっても君をノルンには帰さないつもりのようだな」
そんなやり取りをしているうちにも敵の船は近付いてくる。
「戦うしかない」
イングリッドは少し逡巡するも、決然とした表情になる。
「わかったわ。総員! 戦闘配備!」
船員達がバタバタと動き出して配置につく。
帆を操作する者、ゴーレムの配置につく者、舵を操作する者。
敵船が近付いてくる。
「ノア、海で戦うのなんて初めてだから、もし、何か気づくことがあったら……」
「大丈夫だよ。イングリッド」
「君は俺の騎士、俺は君の主人だ。自分で選んだ騎士に命を任せて死ぬのなら、何の後悔もない」
「ノア……」
「迷わず思いっきりやって」
敵船が近付いてきた。
包囲して逃げ道を塞ぐと共に、接舷して乗り込むつもりのようだ。
マギア地方に限らず、この世界での海戦は、船の舳先についた硬い衝角での突撃か、船を横付けして乗り込みから乗っ取る接舷戦が主流だった。
「面舵いっぱい。同時に1から10番の砲門開いて!」
イングリッドが指示を出すと、船は急激に舵を切って、右に90度方向転換し、敵に向かって横っ腹を晒す。
敵船の乗組員はそれを見て大笑いした。
「なんだあの船、脇腹が隙だらけだぜ」
「ははは。わざわざ舷側を見せてくれたぞ」
「よし。このまま接近して乗り込め!」
しかし、船の側面に付けられた砲門が開く。
パカパカと船の脇腹に10個ほど窓が空いたかと思うと、ゴロゴロと車輪が鳴る音と共に大砲の砲身がニョキっと窓から生えてくる。
砲口は敵船の方を向いていた。
「……えっ?」
「撃てぇー!」
イングリッドの号令と共に10門の火砲が一斉に火を吹いた。
10個の砲弾が敵船に向かって降り注ぐ。
「うっ、うわ」
「うわぁあぁあ」
轟音と共に敵船の付近で水柱が立つ。
10発のうち当たったのは2発だけだった。
だが、敵に与えた被害は甚大だった。
砲弾の1つはマストをへし折る。
もうこの船は素早く動けない。
1つは甲板に直撃し、船体を砕いて、木の破片が船員に棘となって降り注ぐ。
おまけに油か何かに引火したようだ。
火災が発生し、火は瞬く間に燃え広がっていく。
船員は海に飛び込んで難を逃れる。
開始数分で2隻の敵船を無力化することに成功したのだ。
残りの3隻も水柱の影響で大きく潮をかぶると共に、波立ちのせいで転覆しそうになる。
イングリッドは唖然とした。
(な、何これ。強過ぎ……)
イングリッドは自分でやっておきながら、自分で驚愕する始末だった。
「くっ。とにかく取り付け。取り付いて白兵戦を仕掛けさえすれば……」
「イングリッド、後ろの敵が近付いてる。離れた方がいいんじゃないのか?」
「そ、そうね」
イングリッドは帆に風魔法をかけた。
放り投げられた魔石が砕けると、風が集まってくる。
帆は風をいっぱいにはらみ、船速を上げる。
「よし。もうすぐ取り付けるぞ。白兵戦用意!」
「敵は重い大砲を積んでる。そうそう速く動けるはずは……」
「あ、あれ? 船、離れてない?」
(まさか。船の速さでも向こうの方が上なのか?)
イングリッドは戦いながらも潮の流れと風向きを肌で感じながら船を動かしていた。
おまけに風魔法も使っているため、闇雲に近づいてくる敵船よりも速く動くことができた。
そして十分に離れたところでまた砲門が開く。
「撃てぇー」
「う、うわああ」
「ぎゃああああ」
後ろから近づいていた船もあえなく3隻撃沈される。
海賊達はすっかり戦意を失って、逃げ帰っていく。
(凄い。大型船10隻を相手にこの船一隻で。ノアの発案したこの船って相当強いんじゃ)
こうして、ノア達は戦闘海域を抜け、ノルン公国の港に入港した。
港に詰めかけていたノルン領民達から歓呼の声をもって迎えられる。