第67話 バーボンの落日
海路外国へと逃れたバーボン公は、亡命政権を樹立した。
「アークロイによる不当な侵略によって、私は国を追い出され流浪の身となった。こんなことがあっていいのか? 私はアークロイのこのマギア地方の慣行を無視した蛮行に断固として抗議する。ここに私はバーボン公国亡命政権の樹立を宣言する。アークロイの不当な暴力に立ち向かう者達よ、立ち上がり、我が下に集え!」
(あんな乱暴者がマギア地方の国々に承認されるわけがない。なぜ、英明なるマギア地方の君主がアークロイの田舎者にその地位を奪われねばならんのだ。魔法文化圏の者なら誰しもそう思うはずだ)
バーボンはこれまであんまり真面目にやらなかった外交を積極的に展開して、周辺諸国に使者を出し、国際社会の支持を得ようとした。
しかし、どの国もバーボンの申し出を断った。
ドロシーの方が先手を打っており、すでに周辺諸国と使者のやり取りを済ませていた。
ならばとバーボン領に残る不穏分子を扇動して、地位の復権を図ろうとした。
魔法院の者達ならこの突然来た乱暴者の統治を拒絶するはず。
バーボンも統治者時代は魔法院の連中に大層手こずっていた。
領主のやることなすことに対して、すぐに抗議を起こし、場合によっては暴動にまで発展させる。
あの連中ならノアを魔法で暗殺してくれるかもしれない。
しかし、魔法院の者達はノアの支配をすんなり受け入れた。
ノアがバーボン城に入ってからすぐに魔法院の権威を尊重することを宣言したからだ。
同時にバーボン公によって不当に投獄された魔導師達を釈放し、魔法院へ復帰させる。
ノアが魔法院を訪れると魔導師達から歓呼の声を持って迎えられた。
「アークロイ公万歳!」
「魔法都市へようこそ」
「邪悪な君主を追い出してくれてありがとう!」
(あ、あれれー?)
魔法院の者達からすれば鬱陶しいバーボンを追い出してくれたノアに感謝こそすれ恨む筋合いなどない。
ここに来てバーボンは自身がどの勢力からも好かれていないことに気づいた。
慌ててノアに「家来になるから、領地の10分の1だけでも返してくれー」と頼み込んだものの、それに耳を貸す者はいなかった。
やがて亡命先の国にも居づらくなり、やむなくナイゼル公国に亡命する。
すべての選択肢を間違い、何もかも失って亡命してきたバーボンをナイゼル公国が塩対応で迎えたのは言うまでもない。
かのように思われたが、バーボンの不運はそこでは終わらなかった。
一度落ち目になった彼の人生の下り坂は、予想以上に急峻なものだった。
海路ナイゼル領に向かおうとしたバーボンだったが、途中で折から発生した嵐に遭い、船が難破してしまう。
バーボンは激流に呑まれてナイゼル領とは反対の方向に流されてしまった。
数日後、旧バーボン領の砂浜にて、衣服は上等なのにやたら人相のみすぼらしい男が打ち上げられているのを漁師が見つけた。
不審に思って、魔法院に通報したところ、この男がバーボンであることがわかった。
魔法院は彼の変わり果てた姿に驚きを禁じ得なかった。
やがて、彼は不正に領主権を取得した罪、魔法院の魔導騎士を不当に投獄した罪、その他諸々の罪により魔法院によって公正な手続きの下処刑された。
ノアがバーボン領を下してから半年後のことである。
時を遡り、バーボン城陥落直後。
アークロイ軍は城塞都市バーボンに隊伍を成して堂々と入城した。
市街地はアークロイでは見られない繊細でアカデミックなデザインの建築が多数見られた。
僻地から来た兵士達はこれが魔法都市かとしきりに目を丸くした。
アークロイでは滅多に見られない都会風の線の細い男女についつい目を奪われてしまう。
一方で、バーボン市民も農作業で鍛えられた精悍なアークロイの男女の筋肉質な体つきにうっとりとしてしまう。
ノアは城の玉座に辿り着くと、魔法院の指導者達に出頭するよう命じた。
魔法院の指導者達は、ノアの前に出ると跪き魔法院の存続を嘆願した。
「アークロイ公よ、魔法院の閉鎖だけはどうか思い止まっていただけませんか」
「戦争の責任はすべて我ら指導部がバーボン公を諌められなかったことにあります。懲罰は我らだけにとどめて、魔法院の閉鎖だけは何卒」
「魔法院を閉鎖すれば、マギア地方全土からの反発は必至。バーボン領だけでなく、ノルンの統治にも差し支えることとなりましょう」
「何卒、魔法院閉鎖だけはお許しください」
「うん。いいよ」
「「「!?」」」
「私は君達を責めるつもりはない。我々が自身の安全のために戦ったように、君達が国のためにやむなく戦ったことは分かっている。また、魔法院の権威についても我が配下ドロシーやノルン公からもよく聞いている。バーボン領の新たな領主として魔法院の存続を許そう」
「おお、なんと寛大なお言葉」
「アークロイ公の慈悲深き処置に感謝いたします」
「その代わり、バーボン公、というよりもかつてバーボン公だった者、今はただのバーボンかな? 彼の追討とノルン公の帰還、ノルン公国との通商路の確保、ひいては海軍力の強化に協力してくれないかな?」
「おお。まことありがたきお言葉」
「アークロイ公の望みは、本来いずれも我々が果たさなければならない課題。喜んでアークロイ公の要請に従わせていただきます」
その後、ノアは魔法院協力の下、旧バーボン公によって不当に投獄された人物の釈放、旧バーボン公によって進められた魔法院弾圧施策の撤回、ナイゼル寄りの外交政策を悉く廃止した。
バーボン魔法院の者達はノアが思った以上にまともであることに驚いた。
魔法院はノアの施策に全面的に協力し、バーボン領民はここ数年来続いていた領主と魔法院の政治闘争が終息して安堵するのであった。
バーボン領内でのノアの人気・評判は日に日に上がっていった。