第64話 ゴーレム使いとの戦い
イングリッドはアークロイ軍に同行しながら、その練度の高さ、一糸乱れぬ行軍に驚いていた。
祖国から遠く離れた地で、これだけの作戦行動を取っているにもかかわらず、脱走兵が1人もいない。
(これがオフィーリアの統率力。噂以上だ)
イングリッドが馬車の窓からアークロイ軍を眺めていると、ノアが馬を寄せてくる。
「イングリッド、慣れない行軍に疲れていないか?」
「心配は無用よ。あなたこそ次はいよいよバーボン軍との決戦が控えているんでしょう? こんなところで油売ってていいの?」
「オフィーリア達が全部やってくれるからね。大した仕事が残ってないんだよ」
「部下が有能すぎるというのも困りものね。そんなんじゃまたうつけだなんだって陰口叩かれちゃうんじゃないの?」
「部下が有能なのが一番さ。それにこうしてみんなの働きぶりを見るだけで結構士気は上がるんだぜ」
「ああ、そう。けれどもいいのかしら。私はこんなところでお客様気分で馬車に乗っていて。私も一応あなたの騎士なんだけれど?」
「安心してくれ。君にはこの後働きどころをちゃんと用意してあるから」
「ノア様。オフィーリア司令がお呼びです」
伝令がノアに近付きながら言った。
「わかった。すぐ行くよ。じゃあ、また後でなイングリッド。もうしばらくはお客様気分で我がアークロイ軍の勇ましさを見ていてくれ」
ノアはそれだけ言うと馬車から離れていく。
イングリッドは窓からそれを眺める。
(ノア……、自由なんだね)
2万5千のアークロイ軍はバーボン城に程近い場所にある平野、そこに布陣するバーボン軍1万と向き合った。
バーボン軍は背後に小高い丘と最低限の野戦防備を拵えているだけで他に何も頼るものはない。
オフィーリアは血を滾らせる。
(ふっ。2倍以上の軍勢相手に勝負を挑むその度胸は買ってやるが、相手が悪かったな)
「かかれ」
オフィーリアがそう言うと、傍の兵士が角笛を吹いて全軍に戦闘開始の合図を送る。
そこら中で角笛が吹き鳴らされて呼応し、それと共にゆっくりと敵軍に近づいていく。
不気味なほど静かで整然とした前進にバーボン軍は戦う前からたじろいでしまう。
魔法兵達が魔法を撃ち込むが射程外から散り散りに撃ってしまい、無駄撃ちをしてしまう。
オフィーリアが突撃の合図を送ると、静かな前進から一転、兵士達は鬨の声を上げて物々しく敵兵に突っ込んでいく。
初撃はどうにか持ち堪えたバーボン軍だが、オフィーリアが次々と新手を送り出すと、やがてバーボン軍はジリジリと後退し始め、隊列は分断され、アークロイ軍に押し込まれてしまう。
バラバラに対応するバーボン軍に対して、アークロイ軍は両翼と中央、歩兵と騎兵、弓兵が緊密に連携して攻め立てる。
バーボン軍の敗走は時間の問題かと思われた。
ノアとイングリッドは戦場から少し離れたところ、とはいえ戦地からアークロイの旗が十分見える場所だが、から戦闘の様子を見ていた。
「このままアークロイ軍が勝ちそうね」
「……」
「どうかしたのノア?」
「何かおかしい」
「って言うと?」
「これだけ劣勢なのに敵軍の士気が下がる気配がない」
「もう後がないから必死なんじゃないの?」
イングリッドがそう言うもののノアは違和感を拭えなかった。
(そもそも劣勢なのに何でわざわざ野戦なんか仕掛けてきたんだ?)
敵の指揮官も押されている割には冷静さを保っていた。
まるで何か勝算があるかのような……。
「!? おい、なんだあれ?」
ノアは丘の上に大きな砲筒を搭載した鉄製の人形が現れるのを見て、声を上げた。
砲筒に魔法の瞬きが灯ったかと思うと、轟音と共に火を噴く。
(まさか……、大砲!?)
人型から発射された砲弾はバーボン軍の頭上を越えて、アークロイ軍に降り注ぐ。
その場にいた数十名の兵士が吹き飛ばされた。
巻き起こった粉塵と紫煙はノア達のいる場所まで漂ってくる。
「くそっ。なんだあの兵器。丘の陰に姿を隠してやがったのか」
「あれは姫様の開発したゴーレムでは!?」
一緒になって観戦していたジアーナが眼を丸くしながら言った。
「なんだって? イングリッド、本当なのか?」
「そうみたいね。あれは間違いなくノルン製のゴーレム。私が作ったものだわ」
イングリッドは悔しそうに唇を噛み締める。
「誰かが横流ししたんだわ」
「おう。おう。流石にノルン製のゴーレムは威力が凄いねー」
ガラッドは丘の上からアークロイ軍がパニックに陥るのを見ながら、ゴーレムの肩を叩く。
「よく。人が吹っ飛ぶぜ」
「ガラッド様。2番、3番のゴーレムの配置も完了しました」
「よし。魔石を込めろ」
砲兵達が容器に山のように盛られた魔石をゴーレムの砲口から投入する。
注ぎ込まれた魔石は内部でゴリゴリという音を立てると共に、オレンジ色の光を発する。
ゴーレムの内部で高温が発生し、魔石が溶けて混ざり合っているのだ。
やがて凝固して砲弾となる。
ガラッドはすでに発射済みのゴーレムのコアに手をかざした。
すると、ゴーレムは微妙に足腰を曲げて砲塔の角度を変える。
「よし。撃て」
今度は3発同時に砲弾を放ち、アークロイ軍のさらに密集した場所に砲弾が落下する。
今度は数百人が吹き飛んだ。
それまで劣勢に追い込まれていたバーボン軍は息を吹き返し、動揺するアークロイ軍に対し襲いかかる。
アークロイ軍は混乱していた。
未知の兵器にどう対処すればいいのか分からない。
各小隊長は「進め」と言ったり「退がれ」と言ったり「踏みとどまれ」と言ったり、矛盾した命令が飛び交っていた。
粉塵と黒煙で視界が遮られる中、状況を冷静に把握するのは困難を極めた。
「救援を頼む。右翼が突破されそうだ」
「誰か。手を貸してくれ。負傷兵が」
「敵が近づいているぞ」
「バカ。それは味方だ」
「いや、敵だ」
「ええい。どうなっている」
「ぎゃああああ」
「誰か。誰か助けてくれ」
「ここはもうダメだ。撤退しよう」
「待ってくれ。見捨てないでくれ」
小隊長達が叫べば叫ぶほど前線の混乱は深まっていった。
しかし、その時、一際立派な体躯の馬に乗った上背の高い兵士が紫煙を切り裂きながら現れて、叱咤する。
「狼狽えるでない!」
「あっ、オフィーリア司令」
「全員持ち場を離れるな! それでは敵の思う壺だぞ。全軍自分の持ち場を守り、踏みとどまれ」
オフィーリアがそう言うと、オロオロしていた兵士達は姿勢をただし、動揺は静まり、それぞれどうにか持ち場に止まろうとする。
「すぐに援軍が駆けつける。それまでどうにか持ち堪えろ」
「はっ、はいっ」
オフィーリアは他の動揺が見られる戦線にも自ら赴いて、兵士達に声をかけて鼓舞した。
やがて、援軍が到着し、負傷兵を抱えて救護し、疲れた兵士と交代していくと、兵士達は再び戦意を漲らせ、士気は上昇し、勢いを盛り返した。
戦線は維持される。
(どうにか堪えたか。だが、どうする?)
オフィーリアは丘の上に鎮座する3つのゴーレムをチラリと見る。
持ち直したとはいえ、兵士達にいつもの勇猛さはない。
どれだけ援軍が来たと言っても、頭上からいつ砲弾が降り注ぐかと気が気ではない。
砲撃音が鳴る度にギクリとして、目の前の敵よりも頭上を見上げてしまう。
また、敵軍のはるか背後に構えるゴーレムをどうにかする方法はない。
(このままではイタズラに兵力を消耗してしまうぞ。どうする?)
「ノ、ノア様。姫様。ここは危険です。どうかお下がりください」
ジアーナがオロオロしながら言った。
「いや、ダメだ。俺がここから離れれば全軍に動揺が広がる」
「し、しかし……」
「オフィーリアがまだ戦ってる。あいつらが戦っている以上、俺だけおめおめと逃げ出すわけにはいかない」
(……ノア)
(それに……多分だけど……あの砲弾はここまで届かない)
ノアはゴーレムを鑑定した。
ゴーレムA
射程B
ゴーレムB
射程C
ゴーレムC
射程C
(それぞれ射程が違うな)
ノアはイングリッドが不安げにこちらを見ているのに気づいた。
「イングリッド君は下がって」
「やだ。ノアがここにいるなら、私もいる」
「ひ、姫様」
イングリッドの銀髪も透き通るような肌も煤に塗れて真っ黒に染まっていた。
だが、それでも彼女は頑として動こうとしなかった。
イングリッド・フォン・ノルン
砲戦:C→A
(やってみるか)
「イングリッド。あのゴーレムの射程距離は分かるか?」
「えっ? 射程距離? うーん。そうだな」
イングリッドは強張っていた顔から一転、目を細めてゴーレムの射程距離を目測しようとする。
(集中している。やはり、イングリッドの適性は砲戦か)
「敵がノルン製のゴーレムを使ってるとしたら、射程はだいたいあの岩から、あの木までの間くらいかな?」
(よし。さすが砲戦Aクラス予備軍)
ノアはゴーレムの射程BとCの差から大体の射程距離を編み出すと、紙に書いて側近の鬼人に渡しオフィーリアに届けるよう言い渡した。
「なんて奴らだ」
ガラッドは呟くように言った。
すでに10発以上の砲弾を放っている。
にもかかわらず、アークロイ軍に綻びは見られない。
両翼と中央、どこも戦線を維持している。
「これだけ砲弾を撃ち込んでいるにもかかわらず崩れない……だと? 信じられん。なんて統率力の高さだ」
未だかつてこれほど強靭な軍がマギア地方にあっただろうか。
「あの女将軍……バケモンか」
(奴を……どうにか排除しなければ……)
ガラッドはゴーレムの火力をオフィーリアに集中させようとする。
しかし、オフィーリアは前線にいながら巧みに位置を変えて、軍団を鼓舞するため、なかなか狙いを定めづらかった。
ガラッドは歯噛みする。
「オフィーリア様!」
「ん? お前はノア様の護衛を務めている鬼人か。なぜここにいる」
「ノア様からこれを」
鬼人から受け取った紙にはゴーレムの射程距離が書かれてあった。
(!? しめた。これさえ分かれば)
オフィーリアは弓隊に各部隊を援護させながら、前線をゴーレムの有効射程外まで撤退させる。
すでに戦場にはもうもうと砲煙が立ち込めており、ガラッドのいる丘の上からはその動きに気づけない。
するとバーボン軍は自分達が押していると錯覚して、前がかりになる。
「敵が退いていくぞ」
「いまだ! 追撃しろ!」
そうして前に出過ぎたバーボン軍に砲弾が降りかかった。
「ぎゃああ」
「バカ。味方に当ててどうするんだ」
(やべっ。いつの間にか前線の位置が変わってたのか?)
ガラッドは青ざめる。
オフィーリアは敵の異変に目敏く気付いた。
(どうやら歩兵と砲兵の連携はあまりよくないようだな)
砲弾の直撃した部隊はいまだ混乱が収まらずオタオタしている。
しかも、オフィーリア軍の後退につられて前がかりになっており、砲兵のいる丘との間にぽっかりとスペースができていた。
(統率力も低い! これならいける)
オフィーリアは温存していた全騎兵を投入し、混乱している敵部隊に向かって突撃させる。
「あの部隊に突撃! 敵を蹴散らした後はそのまま大砲のある場所まで駆け抜けて、砲兵を戦場から追い出せ」
騎兵隊は混乱している敵部隊に突撃する。
敵部隊は一撃与えただけですぐに尻尾を巻いて逃げ出した。
騎兵はそのまま逃げる敵の流れに乗って、砲兵のいる丘へと駆け上り殺到する。
ガラッド率いる砲兵部隊はガラ空きのところに騎兵に迫られて、慌てて逃げ出した。
しかも、ゴーレムの破却を怠ったため、アークロイ軍によってゴーレムを鹵獲されてしまう。
本年は作品をたくさんお読みいただきありがとうございます。
作者は年末年始もちょこちょこ更新する予定ですので、お暇があれば見にきてあげてください。
来年もよろしくお願いします。
良いお年を。