第62話 僻地サーの姫
アークロイ公国直轄の工房にて。
エルザは魔石銃に魔石を入れていた。
ただし、筒の先端ではなく後ろから。
しかも魔石を2個も3個も入れている。
魔石を入れた魔石銃は無事内部で温度を上昇させ、発動する。
(よし)
エルザは的に向かって銃を構える。
ドンッという魔法弾が放たれ、的を貫く。
「お邪魔します」
ジアーナは眼鏡をくいっと上げながら、エルザの開発場に入ってきた。
「あ、ジアーナさん」
「アークロイ製魔石銃の開発進んでいるようですわね」
「はい。だいぶ取り回しが向上してきました」
エルザは改良した銃を見せる。
ジアーナはマジマジと銃を眺める。
「ふむ。これは銃の尾部から弾を込める仕組みになっている……ということでしょうか?」
「はい。領主様によると後装式というらしいです」
「アークロイ公の発案でしたか」
「はい。領主様が後ろから弾を込めれば、もっと取り回しが上がるんじゃないかとおっしゃられて。これだけ取り回しが上がれば、射撃能力の低い人でも充分命中率を高められると思います」
「ふむ。魔石銃は姫の開発したもので完成形だとすっかり思い込んでおりましたが。アークロイの開発力も侮れませんわね」
「あとはノルン公国との国交が成立すれば、もっと魔石を沢山手に入れることができるのですが……」
「それについてはアークロイ公にどうにか外交を頑張っていただくしかありませんわね」
ジアーナは先行きの見えない亡命生活のことを考えてため息を吐きながら窓の外を見た。
外にはチラチラと白い雪が降っている。
アークロイに亡命したイングリッドは、その賑やかさに驚いた。
(予想以上に経済が発展してる)
僻地と聞いていたので不便さは覚悟していたが、魔石の調達に困ることもなかったし、そればかりか市場に出ればノルンでは見られないような品物もチラホラ見られた。
これなら冬の間も魔法の腕を鈍らせずにすむ。
城下町は急ごしらえなこともあって未整備なところも多くみられたが、雑然とした賑やかさはまだまだ発展途上特有の成長余地を残している。
これほどの経済力であれば、ノアが借金を肩代わりしてやると豪語していたのも頷ける。
イングリッドは市場に頻繁に顔を出して、大いに外国での買い物を楽しんだ。
また、アークロイの人々も彼女のことを歓迎した。
僻地なだけあって、アークロイには外国からの賓客が訪れることなど滅多にない。
僻地の外、遠い国からわざわざ偉い人が、それもお姫様が来てくれたというイベントは、アークロイの民にとっては一大事のお祭り騒ぎだった。
イングリッドがノアに連れられて公的な場に出席するたびに「あれが魔法の国の姫か」と人々は好奇と憧れの眼差しを向ける。
彼女が現れる場所はいつも人々で賑わい、一種のアイドルのようになっていた。
その妖精のような愛くるしい容姿も相まって彼女の人気は高まる一方だった。
イングリッドもイングリッドで満更でもないようだった。
領民達の前で魔法を披露したり、必要もないのに人の集まるところに出向いて、まるでコンサートを開くアイドルのように振る舞った。
試しにイングリッドの魔力のこもった魔石を売り出してみたところバカ売れした。
暖炉に投げ入れれば、緑色の不思議な炎を灯す魔石だった。
この冬は領内のあちこちで緑色の炎で暖をとる姿が見られた。
彼女がノアの騎士になりたがっているという情報が人々の間に広まるのにそう長い時間はかからなかった。
その情報はますます彼女の好感度を上げるのであった。
ノアとしても国内向けに十分な外交成果をアピールできて、ご満悦であった。
イングリッドもノアとの仲をアピールすればするほどアークロイでの人気が上がるとわかったので、人前に出ると殊更ノアと仲がいいことをアピールするのであった。
2人があまりにも仲良さそうに見えるので、領民達の間では、「領主様はノルン公と婚約するつもりなのでは?」という憶測まで飛び交うほどであった。
領主様と外国の姫のまことしやかなロマンスの噂に、アークロイ民の間ではヤキモキしながらも、めでたい知らせを待ち望む雰囲気が出来上がっていった。
そうして亡命生活を楽しんでいたイングリッドだったが、春が近づくにつれて暗く沈んだ表情が目立つようになった。
領民の間では、彼女を心配する声が相次ぎ、いったいなぜ彼女はあんなに悲しんでいるのかと人々は話し合った。
やがてイングリッドが何を悲しんでいるのか領民の間にも伝わるようになる。
それはノルンに帰れないことであった。
かの暴虐邪智のナイゼル公子ベルナルドがノルン公国を配下の軍勢を使い取り囲んでいる。
このままではノルンの魔法院はナイゼル公子の手に落ちて、自分は騎士の身分を剥奪されてしまうだろう。
これではノアのために働くどころか、ノアの騎士となるための儀式を執り行うこともできない。
どうにかノルン公国に帰りたいが、自分にはナイゼルの軍団を突破する軍事力も、和解するための伝手もない。
これでは自分のことを匿ってくれているアークロイ公にも申し訳ない。
イングリッドはノアに謁見する度涙ながらにそう訴えるのであった。
アークロイの領民達はイングリッドのこの悲痛な訴えを我が事のように悲しみ、どうにかこの姫の悲しみを取り除くことはできまいかと模索するのであった。
そんな折、妙案がもたらされた。
マギア地方の領主の1人バーボン公。
彼に仲立ちを頼んでみてはどうか。
バーボン公国はアークロイとマギア地方の間にある国だった。
アークロイ・マギア両地方に伝手のあるバーボン公であれば、ナイゼル公とノルン公の間を仲立ちして、彼女が故国に帰れるように取り計らってくれるかもしれない。
これを聞いたアークロイ民は手を叩いて賛同した。
我々が取りなすよう頼めば、バーボン公は喜んで動いてくれるに違いない。
マギア地方について詳しいドロシーに尋ねてみたところ、彼女もその意見に賛同し、使者となることを請け負った。
そうしてアークロイ公はバーボン公にドロシーを使者として送った。
これでノルン公の悲しみも晴れるだろう。
しかし、バーボン公からの返事はアークロイ領民の期待したものとはまったく異なるものだった。
「バカも休み休みいえ。世間知らずのアークロイ民どもが」
「僻地の田舎者が我々魔法文化圏で仲立ちをしようとは笑止! 冗談は貴様らのうつけ領主だけにしてもらいたい」
「どうやらアークロイの田舎者供は知らぬようだな。ナイゼル公がマギア地方でどれほど権威ある領主か。我々がナイゼル公の意向を無視して、ノルン姫のために取り計らうことなど決してない」
「都落ちした僻地サーの姫は、そのまま僻地で一生を終えるがよい。これ以上マギア地方に無用な火種を持ち込むことのないようにな」
「自分の領地にも帰れず他国に亡命するような姫にいったい何ができる。そのような娘、利用する価値もないわ!」
「僻地の領民供はマギア地方で自分達が何かできると錯覚しておられるようだ。しかし、貴様らのような未開の騎士供がマギア地方に入ろうものなら最後、我々の火力魔法が貴様らなど焼き払い、消し炭にしてくれるわ」
「城9つ持ちのナイゼル公と城5つ持ちのアークロイ公。どちらの言うことに耳を傾けるかなど分かり切ったことだ。誰が貴様らの働きかけなどに耳を貸すかワロス」
「悔しかったら、我がバーボン城まで来るがいい。もっとも僻地の芋臭い騎士供にその勇気があればの話だがな。ハハッ」
この返答を聞いたアークロイ領民はブチ切れた。
騎士や小隊長達がクルック城に詰めかけ、アークロイ公に対して宣戦布告するよう圧力をかける。
氷河が溶けて、2つの世界を隔てる障壁がなくなると、ノアはバーボン公に宣戦布告した。
アークロイ軍はバーボン公国領に向けて進軍を開始する。