第55話 聖城ゼーテ
諸侯会議2日目。
ノアはオフィーリア達を連れて、会議に臨む。
オフィーリアとエルザは前日の失態からすっかり立ち直って、それどころか前日よりもリフレッシュして会議場へと足を運んでいた。
「今日は法王様が直々に演説なさるそうですね」
「ああ。法王様に見えるのは初めてだから楽しみだ」
「聖女様ともお会いできるかもしれませんね」
「っと、噂をすれば」
入り口近くで聖女アエミリアが手を振っていた。
「おはようございまーす。アークロイ公」
「おはようございます。聖女様。今日はよろしくお願いします」
「ふふふ。今回は私もアークロイでの功績が認められて、壇上に上がれそうです」
「そうですか。それは楽しみです」
「やぁ。アークロイ公。気分はどうだい?」
【黒魔導師】ゾームが割って入ってきた。
「昨日は災難だったねぇ。せっかくの演説もオジャンになって、ご自慢の将軍も大して強くないことがバレてしまって。そこの女将軍のことはちゃんと慰めてあげたかい?」
(こいつも人の神経逆撫でするのが好きだな)
ノアはある意味感心した。
(生き甲斐……なんだろうな)
「オフィーリア」
ノアは【黒魔導師】ゾームには構わずオフィーリアに話しかけた。
「こいつに何か言うことがあったんじゃないのか?」
「はい。ゾーム殿。昨日はすまなかったな」
「!?」
「いきなり刃を振りかぶったりして悪かった。大人気なかったな。許してくれ」
(ぐぬぬ)
ゾームは予想外の一言に流石に面食らって次の言葉を失う。
「まあ、そういうことだ。これで昨日の一件はチャラだな。今後、2人とも仲直りして喧嘩しないように」
「はい。ご主人様」
(そうだ。私は何を勘違いしていたんだろう。私はただご主人様のために忠義を尽くせばいい。ご主人様の望むことだけをすればいい。私の下らないこだわりなんてどうでもいいんだ)
「ぐっ。なんで僕がお前に仲裁されなきゃいけないんだよ。バーカ」
「そうそう。イングリッドから魔法陣を破る魔石もらったんだ」
「!?」
「これ、魔法使いじゃなくても使えるそうだな」
「おお、では黒魔導師にも対抗できますねノア様」
「そういうことだな。ま、とにかくこれで俺も一流の魔法使いならぬ一流の魔石使いだ。改めてよろしくな先輩」
ノアはニコニコ笑みを浮かべながら、ゾームと抱擁を交わす……と見せかけて腹パンする。
「ぐふっ」
ゾームは息が止まりその場にうずくまる。
しばらくの間、呼吸もままならず喋ることすらできなかった。
周囲からは突然、ゾームが崩れたようにしか見えない。
「おや? どうされたのですか。ゾーム殿」
「どこか具合が悪いみたいだな。おーい君、彼をどこか休める場所に運んでやってくれ」
ノアは係員らしき人物を呼び止めて、ゾームを介抱させた。
そして、何食わぬ顔でオフィーリアと一緒に会場へと歩いていった。
魔導師と煽りカスは意外とインファイトに弱い。
他の4聖と離れたところを狙って懐に入りこめば勝てる。
(チンピラにはチンピラの作法で。まあ、オフィーリアも息止められたし、多少はね?)
「む、アークロイ公、4聖の方々と何かあったんですか?」
アエミリアが訝しげに聞いてきた。
「ダメですよ。喧嘩は。この国際会議では普段の諍いは忘れるのがルールです。特に本日は法王様の御前なのですから。喧嘩沙汰は『めっ』ですよ」
「あはは。ご忠告ありがたく受け取らせていただきます」
ノアはアエミリアに恭しく一礼して、会場へと足を運んだ。
ゾームはこの日保健室で寝込んだため、会議を欠席した。
「ギフトに導かれし者達よ。よくぞこの会議に集まってくださいました」
法王は集まった諸侯・領主達に向かってそう言った。
「今年も様々なギフトが神より与えられ、その恩寵を受けた者達がこの会議に訪れたようですね。神の代理人としてあなた方を誇りに思います。あなた方はギフトを正しく使わなければなりません。神に代わり、魔族からその領土を守らなければなりません。地上を栄えさせなければなりません。あなた方がその義務を守る限り、神とギフトはあなた方の前に道をお示しになるでしょう。魔族の侵攻には一歩も退いてはなりません。我らの大地を守るのです」
(なるほど。確かに立派なお方だ)
オフィーリアはそう思った。
その瞳は慈愛に満ちており、下膨れしたその頬は篤実で温厚な人柄を思わせる。
その喋り方は聞いている者を安心させ、思わず胸に飛び込みたくなるような包容力を感じさせる。
しかし、その一方でブクブクに太った腹周りからは拭いきれない腐敗の匂いが立ち込めている。
法王の住まう聖堂に貯め込まれた金銀のそのほんの一部でも魔族との戦費に充てられたなら、人類の生存圏はもう少し広がっていたのではないだろうか。
(神聖教会に戦乱の世を統べる力はない)
オフィーリアはそう感じた。
だが、一方でこのような国際会議を主催できるのも神聖教会の法王だけなのである。
普段からいがみ合ってばかりいる諸侯・領主達もこの時ばかりは一堂に会して対魔族防衛戦争について協議することができるのである。
「では、これにて法王様からの挨拶を終わりたいと思います。ありがとうございました」
司会進行を務める聖女が締め括った。
法王は自分の席、諸侯・領主よりも一段高く、会場を見渡せる席へと戻る。
「では、次の議題、対魔族防衛戦争についてです。諸侯・領主様の間で、対魔族防衛戦について話し合っていただきます。今年の議題は聖城ゼーテについてです」
司会進行がそう言うと、会議室は重苦しい空気に包まれる。
(聖城ゼーテ。あそこか)
(数々の聖人や聖王が眠る神聖教会における聖地)
(あの付近は魔法資源が手に入る一方で、魔族領に近くて毒饅頭なんだよな)
「これが現況の聖城ゼーテにおける戦況図だ」
ざわっと騒めきが起こる。
聖城ゼーテには1万の精兵が配置されているものの、10万の魔族軍によって包囲されていた。
しかもその指揮官は魔軍四天王の1人ゼプペスタである。
「10万……か」
「10万の軍を遠隔地であるゼーテに派遣するとなると、我々諸侯すべての国力を集めても足りるかどうか……」
「それにこの包囲は半年前から続いているのだろう? もう、城内の食糧は尽きかけているのでは?」
「タイムリミットは1ヶ月といったところか」
「1ヶ月で10万の軍を編成して、ゼーテまで……か」
「絶望的だな」
「うむ。心苦しいことではあるが、ここは見捨てた方が得策では……」
「法王様からのお言葉です」
伝令が会議を遮って言った。
「ゼーテは、我々人類の最重要拠点となる地。見捨てることは決して能わぬ。必ず救うように。聖城ゼーテを救った者には、かの地が与えられ、ゼーテ王の名が贈られることになるだろう。これは神意である」
会議に参加する面々は一様にゲンナリした。
「やれやれ」と脱力したり、「やめてくれよ」とうんざりしたように顔を顰めたり、「もうどうにでもなれ」と諦めの念を漂わせて椅子に腰を沈めたりする者もいる。
宗教的権威のお言葉である以上、表立って反論はしないが内心迷惑がっているのは明らかだった。
諸侯達はソワソワし始める。
「うーん。法王様のお言葉なら仕方がない。ここは一番領土が近いシュバルツ候、そなたが担当してはくれぬかな?」
「なっ、フェリックス候、貴様、押し付ける気か?」
「押し付けるなんてとんでもない。あなたこそ神聖な法王様からのお言葉を蔑ろにされるおつもりか?」
「そうは言っておらんだろう。私1人で担当するのはマズイと言っているのだ。そうだ。ここは先日、魔王軍に領土侵犯されたドストエル候に任せてみては? ドストエル候も魔王軍に対して思うところがあるだろう。ドストエル候に華を持たせてやるのが筋ではないか?」
「ちょっ。ちょっと待ってくれ。ただでさえ、ウチは先の戦役で国土が疲弊しているんだ。このような難題、国力に余裕のある国が率先して取り組むべきでは?」
諸侯達は醜い責任の押し付け合いをし始めた。
ここにきて、この国際会議の実態が浮き彫りになる。
机を同じくして、共通の議題について話し合い、共に魔王軍に対して立ち向かおうとしている同志のフリをしながらも、裏では互いに足元を掬おうとして躍起になっている犬猿の仲なのだ。
諸侯達は互いに責任を押し付け合おうとしているものの、国力に余裕のある元気な新入りの領主が対処するべきでは、という流れになっていった。
今度は4聖がソワソワする番だった。
(あらら。この流れ。もしかして俺達に押し付けられる感じ?)
(くそっ。ふざけんなよ。法王がぁ。こんなもんどうやっても無理に決まってんだろうがよぉ。自分の面子のために俺達を捨て駒にする気かよぉ)
【鉄壁】のブリックは、地図上を食い入るように見つめて、どうにか活路を見出そうとする。
しかし、魔王軍の布陣はどこにも隙がない。
燃料の素となる森も押さえられ、水源地も押さえられており、何をどうしようと無駄に思えた。
いかに個々の戦闘力がずば抜けている4人であっても、この大軍を前にしてはなす術もない。
(いや、ある!)
オフィーリアは地図を見ながら確信に満ちた表情をしていた。
(城を救う方法はある。それも犠牲を大して出さずに救う方法が!)
いよいよ、4聖にやってもらうのはどうだろうかという流れになる。
「どうかな? 最近、一番調子のいい4聖にやってもらうというのは」
「おお。それはいい案だ」
「確かに彼らには城4つ取って有り余るだけの力があるからのう」
「そういえば、ゾームは魔石を欲しがっていたな?」
(さて、どうしたもんかねこの流れ)
4聖の面々はそれぞれ顔を背ける。
「あれれー。どうしちゃったんすか。4聖の皆さん、そんなにも縮こまっちゃって」
「あ゛!?」
突然、聞こえてきた場違いな声に【鉄壁】のブリックが睨み付ける。
いったいどこのどいつだ?
4聖に対して突っかかる命知らずは?
そうして会議の場にいた者達の視線を一身に集めるのはアークロイ公ノアだった。
「もしかしてこのミッションにビビってるんすか? 期待のルーキーともあろう方々が情けない」
「テメェ。アークロイ公」
「言うじゃねーか。なら、アンタはこの任務やれるっていうのかよ」
「えっ? 全然やれるよ? なんなら我がアークロイ一国で請け負おうか?」
「「「「「!?」」」」」
「なんだと!?」
「何か勝算でもあるのか?」
「勝算も何もこの程度の軍勢にビビる意味がわかりませんね」
会議に参加した諸侯は微妙な空気になる。
(こいつ……正気か?)
(うつけというのは本当のようだな)
(どこまで本気なんだ?)
(何か裏の狙いでもあるのか?)
領主達は互いに目配せをして探り合いしようとする。
当然、その矛先はユーベル大公に向く。
ユーベル大公は周囲からの困惑した視線にも、ポーカーフェイスでどっしりと構えていた。
(これは……大公の意向なのか?)
(くっ。読めん。ユーベル大公は何を考えているんだ)
大公フリードの表情からは賛成しているようにも反対しているようにも見える。
しかし、実際には内心で動揺しまくっていた。
(俺だってわかんねーよ!!! 何考えてんだよこいつは!)
「アークロイ公、流石に1人でこの任に当たるのは荷が重すぎるのでは?」
「せめて4聖と一緒に当たった方が……」
「4聖如きと一緒にされては困りますな。彼らは所詮城4つしか取れなかった存在。我々は城5つですよ」
「何!?」
「戦う前から敵にビビってる奴を陣営に加えても、士気が下がるだけです。そんな連中がいても足手纏いになるだけ」
「テメェー、言わせておけば、調子に乗るのも大概にしろや」
「ん? じゃあ、君この任務やるの?」
「えっ、いや、それは……」
「おい、ブリック」
【剣聖】マクギルが耳打ちする。
「ここは好きに言わせておけ。この件で張り合っても意味はない」
「ぐっ。おのれイキリカスがぁ」
なおも諸侯達は慎重な態度を崩さなかった。
互いに目配せして駆け引きするように出方を窺っている。
「まあまあ、皆さん。ここはアークロイ公に任せてみましょうよ」
ルドルフが間を取りなすように言った。
「こうして話し合っていても埒があきませんよ。彼がやりたいって言うんだからやらせてみたらいいじゃないですか。その代わり失敗したら、それはもうアークロイ公の責任ということで」
(ちっ。才子が)
オフィーリアは内心で舌打ちした。
ルドルフの企みは見え透いていた。
ノアの試みが成功すれば、ノアに貸しを作れた上、間に立って仲立ちした自分の地位が向上する。
たとえ失敗してもノアに責任を押し付けられる、といったところだろうか。
ノーリスクで自身の国際的地位向上のための得点稼ぎになるというわけだ。
(まあいい。今回の聖城奪還作戦、おそらくノア様はあれをする気だ。あれの詳細はまだ他国には知られたくないもの。今回ばかりはこいつの立ち回りに乗っておくのが得策か)
「まあ、ルドルフ殿がそう言うなら……」
「そうだな。他に代替案もないし」
その後、聖城ゼーテの奪還をめぐって、ノアに任せるかどうか採決が取られた。
諸侯会議はこの任務をアークロイ公ノアに一任することを全会一致で決議した。
守備兵の人数を2千→1万に変更しました。