第51話 クロッサルの4聖
「ノア」
「父上」
2人は互いの姿を見るなり抱き合った。
「立派に育ったな」
「父上こそお元気そうで何よりです。ただ少し痩せられましたね」
その様子を見てザワザワする周囲。
「あれはユーベル大公と……」
「息子のアークロイ公か」
「あの2人仲がいいようだな」
「やはり追放同然に家を追い出されたというのは根も葉もない噂か」
が、当然ながら抱き合ってる2人は腹の中では相手に対して強い敵愾心を抱いていた。
(このジジイ。いつも俺の足引っ張りやがって)
(うつけがぁ。いつもいつもワシの命令無視しおって)
(それで正解ですよ、ノア様)
ドロシーはノアのことを見ながらそう思った。
(これで周囲はノア様と大公様の仲がいいと思い込む。2人の繋がりは健在だと。他国からすれば相当手を出しにくくなる。城5つと城17のコンビ、敵に回すのは得策ではない。事情を知らない者達はそう考えるはず。今はそう思わせておけばいい。今は……ね)
「久しぶりだな。ノア」
「兄上。お元気そうで」
アルベルト、イアン、ルドルフ、それにリベリオ卿ほか一名が連れ立って現れる。
城10以上持ちの大公は、お供を6名まで連れて会議に参加できるのだ。
「兄上も城5つ持ちになったそうですね」
「ああ。砦攻めの功績が認められてな。父から新たに城を3つ賜った。これでお前と同じ城5つ持ちだ」
(俺を意識して無理やり功績を与えやがったな、ジジイめ)
「今回は父上の部下としてこの会議に出席することになるが……、まあ、よろしくな」
「よっ、元気だったか?」
ルドルフが気安く話しかけてくる。
「ああ。そっちも元気そうだな。ルドルフが来てるってことはやっぱり、近々方々に使者を送ってるのはお前の差し金ってこと?」
「いやー、バレちゃった? 俺ってばユーベルの外交を一手に担っててさ。もう大変なのよ。僻地と違って忙しくってさぁ」
「そうか。まあ、忙しいようで何よりだ。それじゃ、今後はお前が大公領の外交を担うと考えて間違いないんだな?」
「そうなんだよ。ほんと猫の手も借りたいくらい忙しくってさ。まっ、お前も側室の子とはいえ、大公領の一員なんだからさ。外部機関として、大公領のためにチャキチャキ働いてくれよ」
「外部機関……ね。まあ、いいや。それじゃ、早速なんだけどさ。お前を外交担当者とみなして頼みたいんだけど。クルックの奴。いつまでも領地返せって言ってくるあいつ。目障りだからなんとかしてくれよ。お前、大公領の外交責任者ならできるだろ?」
「いやー。俺もそこんとこなんとかしようとは思ってるんだけどさ。なかなかどうにもなんないのよ。あのおっさん、ニーグル大公国に亡命してるってこともあってね? お前は簡単にどうにかしろっていうけどさぁ、こう見えてこっちも結構な面倒かけたんだぜ? お前がやりたい放題やってるその裏でさ。お前の後始末に追われてるわけよこっちも。そこんとこ分かってる?」
オフィーリアはルドルフの態度にイライラした。
(ちっ。相変わらずだなこの七光は)
昔からこんな感じで常に遠回しなマウントを取ってくるのだ。
その上、いつも他人を巻き込んで何かを始めては、ほっぽり出して、口で誤魔化して、責任と面倒事だけこちらに押し付けてくる。
オフィーリアは怒鳴りつけたい気持ちをどうにか抑えた。
(ここは我慢だ。ノア様のためにも)
ノアは自分よりもはるかにストレスを感じながら、彼らの応対をしているに違いなかった。
それにはオフィーリア及びアークロイ領を守るためという理由も含まれているに違いなかった。
(おいたわしやノア様。いずれは私の手であなたを完全に自由にして差し上げます。私の武力であなたを大公にまで押し上げて)
「では、父上、兄上方。積もる話はあるかと存じますが、今日のところはこの辺で」
「ん? 一緒に会場入りしないのか?」
アルベルトが不思議そうに言った。
「ええ。ちょっと他の方と約束があって。残念ながらここまでです」
「そうか。それは残念だな」
アルベルトはチラリとオフィーリアの方を見る。
オフィーリアは背筋にゾワッと悪寒が走るのを感じた。
「兄上。私の家臣の紹介はまたの機会にさせていただきます。今は急ぎますのでこれにて」
「ああ。そうか。分かった。引き止めて悪かったな」
「行くぞお前達」
オフィーリアはホッとすると共にノアの計らいに感謝するのであった。
会場では入場してくる人物に人々が騒めいていた。
「見ろ」
「来たぞ。期待のルーキー達だ」
入ってくる4人の人物。
それは今年最も注目されているルーキーの4人だった。
「【剣聖】マクギル!」
「【鉄壁】ブリック!」
「【弓聖】ホーカー!」
「そして【黒魔導師】ゾーム!」
「あいつらか……」
「ああ。平民の身でありながら一夜にして、一国一城の主となり、神聖教会からギフトを賜ったという……」
「それも最も領土争いの激しいクロッサル地方で」
「魔族軍も撃退してわずかではあるが、人類の領土も取り戻した。感激した法王により特別に賜った称号がクロッサルの4聖」
「くっ、やはり実際に見ると迫力があるな」
会場にいる人々は4人が会場の一角で合流し同じ席に向かっているのを見て、いよいよ騒めきを大きくした。
「えっ? うそっ」
「ちょっ、ちょっと待て。まさか……」
結局、4人は一塊の席で座る。
「あのー。すみません」
1人の弱小領主が恐る恐る【剣聖】マクギルに話しかける。
「ん? なに?」
「もしかして4名は……連合を組むおつもりで?」
「おお。そうだけど?」
マクギルはなんでもないことのように言った。
「なっ、何ぃぃ!?」
「クロッサルの4聖が連合するだとぉ!?」
「別に驚くことでもねーだろ。俺達は同じクロッサルのルーキーだぜ」
【鉄壁】のブリックが言った。
「僕達、敵が多いんだよね。おまけに魔族の相手もしなきゃいけないし」
【黒魔導師】ゾームがニヒヒと不気味な笑みを浮かべながら言った。
「な、なんてこった」
「それぞれが一騎当千の実力者だってのに。それが連合するなんて……」
「1つの領地にレアギフトが4つも集まるようなもんじゃ……」
「反則だろそんなの」
「4人ともまだ若い。来年にはどれだけ成長していることか」
「来年のクロッサル地方には4聖の旋風が巻き起こることになるぜ」
「魔王を倒すのはあいつらかもしれねぇな」
【黒魔導師】のゾームは人々の視線を一身に受けてご満悦だった。
「へへへ。みんな僕達のこと見てるぜ」
「まあ、当然だろ。俺達に敵う奴らなんていねぇよ」
「ったく、遠巻きにざわつきやがって鬱陶しい奴らだな」
【鉄壁】のブリックはそう言いつつもまんざらでもなさそうだった。
「まあ、そう言ってやるなよ。皆さん、心配なのさ。自分達の領土が取られやしないか……」
その時、さらに大きな騒めきが会場を襲う。
(なんだ?)
「来たぜ。4聖の上を行くスーパールーキーが」
「う、うおお」
「アークロイを統一し、城5つを手にしたノア・フォン・アークロイ!」
「背が高いな」
「おまけに美人だ」
「バカ。あれは僻地の女将軍オフィーリアだ」
「マグレじゃないのか? いきなり城5つだなんて」
「ただの【鑑定士】がいったいどうやって城を5つも手に入れたんだ」
「なんでもオフィーリアが老将ゴドルフィンを討ち取り、【剛腕】のヘカトンを討ち取り、ルーク砦を攻略して、知将クラウスを倒したらしいぜ」
「……それって、オフィーリアが凄いだけじゃ」
「いや、しかし、成長スピードは侮れんぜ」
「要チェックやな」
人々は突然現れた超新星に対して様々な憶測を巡らせる。
4聖はすっかり置いてけぼりにされていた。
「なんなのあいつら」
「大公の息子だよ。うつけとして僻地に追放された」
「だが、大したもんだぜ。【鑑定士】でありながら僻地アークロイを統一した」
「ちっ。気に入らねぇな」
「ろくに戦闘もできない【鑑定士】のくせになんだあの持ち上げられようは?」
「まあ、そう言うな。今のうち、デカい面させておけ」
「マグレならすぐに脱落するだろうし……」
「本物なら、やがて我らと相見えることになる……か」