第50話 諸侯会議
「くそっ。なぜだ」
ルドルフは帰ってきた手紙を見てもどかしそうに机を叩く。
「なぜ、どの国も条約を結ぼうとしないんだ」
こちらから歩み寄れば、周辺国は諸手を挙げて条約同盟を結びたがるはず。
そんな希望的観測を基に計画を立てていたルドルフだが、いざ蓋を開けてみれば、ほとんどの国が及び腰で二の足を踏み、曖昧な返答を繰り返すばかりだった。
ルドルフは苛立ちを隠しきれず地団駄を踏んだ。
「慎重に検討したい? 周辺国を刺激するべきではない? 他の領主との付き合いもあるから? はぁあ? 何言ってんだよ、こいつら。こっちはユーベル大公国だぞ。わかってんのか? ウチを差し置いて、他の国の事情を優先させるってのか? アークロイ方面の国々に至っては、こいつらっ……、アークロイ公との関係もあるからだと? 言うに事欠いてユーベルよりアークロイを優先させるってのか?」
唯一乗り気なのはマギア地方のナイゼル公国とジーフ公国だったが、それもノルン公国姫婚約の件について自分の味方に立ってくれれば、という条件付きでのことだった。
ルドルフは手紙をぐしゃりと握り潰す。
(こうなったら、諸侯会議の場で我がユーベル大公国の存在感を示し、周辺諸国への発言力を高めるしかない)
一方その頃、ドロシーは手下のインコが収集してきた情報に耳を澄ませていた。
このインコはノルンの宮廷から帰ってきたところだ。
「アークロイコウトノ ドウメイハ ドウナッテイル?」
「ワカッテイルワネ。カナラズ セイコウサセナケレバナラナイ」
「タダシ アノケンダケハ ゼッタイニ ガイブニ モレナイヨウニ」
「オークスハ ヒキツヅキ アークロイコウニ ハリツイテオクヨウニ」
「アークロイコウモ ユーベルタイコウモ ショコウカイギニ クルハズ」
(やはりノルン公は何か企んでおるな。噂レベルでは色々あるが……うーむ)
ドロシーは新たにノルンの財政が逼迫していること、ナイゼルから食糧を輸入しているがその価格に不満を持っていること、といった情報も掴んでいたが、ジアーナ・オークスに問い詰めるとあっさりとこれらの事実を認めた。
ノルン公の隠していることはまだ別にあるようだ。
ドロシーが窓を開けると木枯らしがピューピューと吹いている。
「……大気が嘆きの声で満ちている。厄災は近い……ということか」
(これ以上は諸侯会議で情報収集するしかないの)
ドロシーはそう考えるのであった。
諸侯会議。
それは大陸各地の諸侯・領主が一堂に会し、討議する、ギフティア大陸最大の国際会議である。
会議は各国が戦争をやめる冬の間に開催される。
冬は魔族軍ですらその動きを止めて活動を停止するのだ。
今年はどことも戦争を抱えていないマギア地方のピアーゼ領において開催されることになっている。
一国では解決することのできない国際問題について会議されるが、その一方で普段会わない国同士が外交を展開する場でもあり、世界各地の来年の情勢を占う場とも言われている。
どの領主とどの領主が会合を重ねていたかは、来年の勢力図を決めるのである。
各国領主達は外交成果を国元へ持ち帰ろうと張り切る一方で、敵対している国の重要人物同士がこっそり会合していないか神経を尖らせている。ノアはオフィーリアとエルザ、ドロシー、それに家来100名ほどを帯同してピアーゼに向かい出立した。
他にもノルン公国からの使者ジアーナと、まずないだろうとは思うが裏切りを警戒して旧ルーク領主、旧キーゼル領主、旧ヴィーク領主達も人質として随行させた。
留守は守将ランバートに一任する。
ルーシーは興味がないと言って留守を選んだ。
聖女アエミリアは教会関係の付き合いもあって、別途行くとのことだった。
ヒラヒラと雪が舞い散る中、ノア達はジアーナの勧めに従って、ノルン公の滞在する予定の宿屋にチェックインした。
エルザはアークロイを出るのが初めてなこともあって、キョロキョロと道行く人々や建物、景色をすべて物珍しそうに見ていた。
「申し訳ありませんアークロイ公。姫様はまだ宿屋に到着されていないようです」
受付で何事か話していたジアーナが言った。
「どうも途中の道程でトラブルがあったらしく」
「そっか、それじゃ仕方ないな」
ノア達は明日から始まる諸侯会議についてみんなで打ち合わせすることにした。
「皆様、諸侯会議は初めてですわよね?」
ジアーナが眼鏡をくいっと上げながら聞いた。
「ああ。この中で出席したことのある奴は1人もいない。アークロイの領主達はここ数年参加していないからな」
ノアの家来としてやってきたアークロイ領の元領主達も初めての国際会議にソワソワするばかりだった。
「まあ、そこまで大層なことをするわけではありませんわ。特定の議題に関して一定時間内にコメントするだけです。むしろ本番はその後。会議の裏で領主達が普段会うことのできない領主達と会談を重ねる機会があります。ノア様はもうどの領主と会談するか決めておられます?」
「うん。そちらのノルン公との会合と、あとは北方のユーベル方面の国々と話す予定。ドロシーがセッティング済み」
「なるほど。ユーベル方面の国々ですか。彼らは中立ではあるものの、ユーベル大公との緩衝地帯にある国々。確かに今後のことを考えると一番重要な地域ですわね。大公様との兼ね合いもありますし。かしこまりました。その時間帯は姫様には別の方と会合するようこちらでも調整しておきますわ」
「おお。助かるよ」
流石に外交官を務めるだけあって気の利く人だった。
「会議には各領主、3名までお供を連れていくことが許されています。ノア様はもうすでに誰を連れていくかお決めになって?」
「うん。オフィーリアとエルザ、それにドロシー」
「なるほど。では、我が姫様とお会いになる際は……」
こうしてノアはジアーナと綿密な打ち合わせをして、諸侯会議に備えた。
会議経験者の彼女が色々と助言したり、手を回したりしてくれるのは嬉しかったが、その一方でここまでしてノアと同盟を結びたがるノルン公とは、いったいどのような人物なのだろうか、といよいよ興味が掻き立てられるのであった。
翌日、ノアはオフィーリア達を伴って会場入りする。
「うわー。すごい大きな建物ですね」
エルザが感動したように言った。
「流石に100名以上の領主が一堂に会するだけあって壮観だな」
オフィーリアも感心したように言った。
会場は宮殿のように壮麗だった。
大理石でできた階段の向こうに大きな門が口を開けて待ち構えている。
世界各国の領主とそのお供達が会議に参加しようと乗り込んでいた。
中にはエルフや竜人などの亜人も多々いる。
「ノルン公は、間に合わなかったのですか?」
ドロシーが尋ねてくる(知らない人がいっぱいいるので普通の喋り方である)。
「ああ。思った以上にトラブルが長引いたみたいでな。会議1日目は欠席するんだって」
そのため、ジアーナも随伴できず宿屋で待機である。
「ちょっともったいないですね。せっかくの会議なのに」
エルザが残念そうに言った。
「まあ、来れないものは仕方ないさ」
建物入り口では、すでに顔見知りの領主同士が挨拶を交わしていた。
「おお、エアトン公ではないか。元気であったか?」
「そちらこそまだくたばっていなかったようだな」
「はっはっは。あと一つ城を取るまでは死ぬに死ねんよ」
「おお、ファーベル公。先の戦では世話になったな」
「いえ、トイフル大公のためとあらばこのファーベル全力で駆けつけさせていただきます」
ノアは自分にも知り合いはいないだろうかと辺りを見回した。
ノルン公イングリッドと一緒に会場に行く予定だったのが先方のトラブルでなしになってしまったために、同伴する領主格の人間が誰もいなかった。
そんなことを思いながら、入り口の方に向かっていると、バッタリと懐かしい人物と出会ってしまう。
ユーベル大公フリードだった。