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第5話 忠誠の理由

 ノアは改めてオフィーリアのステータスを鑑定する。



 オフィーリア

 統率:C→S

 武略:C→A

 近接:C→A

 野戦:C→A

 忠誠:C→S



(こいつ……キル◯アイスか?)


 統率、武略、近接戦闘、野戦の将来値がいずれもA以上。


 統率Cの奴は100人の部隊を即興で難なく率いていた。


 なら、統率Sってどのくらい率いることができるんだ?


 1000人?


 1万人?


 それとも10万人?


 武略もA。10万の兵を率い、自分で戦略を考え、行動することができるとなれば、まさしく万夫不当の勇!


 大陸中の軍が集まり、立ちはだかったとしても彼女を止められないかもしれない。


 これだけでも稀代の大将軍になれる資質だったが、それに加えて忠誠の将来値もS。


 どれだけ有能な将でもネックになるのが裏切る可能性だ。


 裏切りを恐れた結果、君主と将軍の間で疑心暗鬼になり、遠征が失敗した事例は歴史上枚挙にいとまがない。


 だが、もし彼女をカンストした状態で将軍にすることができれば?


 従順な韓信、クーデターを起こさないナポレオン。


 戦争はすべて将軍に任せて、君主は政治に専念することができるかもしれない。


 ワンチャン銀河の歴史にまた1ページ刻めるやも。


「どうされました?」


 オフィーリアは自分を見て目を丸くしているノアを不思議そうに眺める。


「いや、なんでもないよ」


 俺と一緒に大陸に覇を唱えてみないか?


 そう言いかけたところで、ノアは口をつぐんだ。


(今はまだ言うべきじゃない)


 オフィーリアが将軍になることを望んでいるとは思えない。


 また、側室4男であるノアに父大公フリードが一軍の将を任せてくれるとは思えない。


 少なくとも今はノアの独りよがりで彼女に将軍になれなどと言うべきではない。


「ところでさ……」


「はい。なんでしょう」


「オフィーリアって何歳なの?」


「14歳です」


(同い年かよ……)


 すでに身長180センチを越えている彼女は、どこからどう見ても年上のお姉さんだと思っていたが。


(今の時点でその身長だと、将来どんだけデカくなるんだ)


 結局、彼女は身長190センチを超える大女になった。




 鑑定スキルの進化により、今世と前世の言語翻訳が滑らかにできるようになった頃、ノアはほとんど頭痛を感じなくなっていた。


 ただ、スキルの誤作動から人よりも文字に接することが多い生活は、なかなかに疲れるものだった。


「オフィーリア、本を読んでおくれ」


「またですか?」


「文字を読むと疲れるんだ。君が読んでくれ」


「かしこまりました。どの本をお読みしましょうか?」


「ギフティア大陸の歴史を」


「かしこまりました」


 オフィーリアは分厚い本を広げた。


 かなり厚みのある本にもかかわらず、背の高い彼女が抱えるとまるでおもちゃのように見える。


「かつてこの大陸ギフティアは強大な神聖王国によってそのほとんど全土を治められていました。諸侯や領主、騎士達は王に対して忠誠を誓い、臣従の契約を交わして王のために働きました。王もまた家来達の働きに報い、惜しむことなく褒美を与えていました。しかし、その仕組みが崩れる事件が起きました。魔族による侵攻です。強力な魔王の下、一丸となって進軍してきた魔族軍に神聖王国は敗北。その面目と領土の多くを失いました。なす術もなく破れる神聖王国の前に諸侯は、自主防衛の必要に迫られました。神聖王国に無断で軍を編成したり、神聖王国の利益よりも自国の利益を優先したりするようになりました。また、各地の教会聖堂が魔族に破壊されるに従い、法王も神聖王国を見限るようになりました。ギフトの解禁です。それまで神聖王国の王族にしかもたらされなかったギフト判定が、各諸侯にも適用されるようになりました。やがてそれが領主、騎士にも適用されるようになるまでそう長い時間はかかりませんでした。結果、聖騎士や大賢者のギフトを持つ者が王族以外にもいることが分かり、諸侯の神聖王国離れは加速しました。ギフトの解禁により一時的に魔族の侵攻を跳ね除けた人類でしたが、その一方で神聖王国の権威失墜は歯止めが効かなくなりました。魔族軍との戦いに際して活躍した諸侯や領主、騎士に対して神聖王国は充分な褒賞を与えることができなかったのです。諸侯や領主は独立の機運を見せ、法王もそれを承認しました。神聖王国は事実上解体され、諸侯は領主や騎士が独立し、場合によっては下剋上を起こすのを止めることができませんでした。法王も領主や騎士が公を名乗ることを承認。そして現在、世は乱世。誰もが力ある者を頼りにする時代です。法王は言いました。『力ある者が領主を名乗れる』。古い権威は次々と倒され、新たな実力者が日々生まれています」


 オフィーリアはため息をついて本を閉じた。


「魔族領との国境最前線では、女子供でも剣をとって戦っていると聞きます。坊っちゃまも貴族の子弟とはいえ、その地位は安泰とは限りません。強くならなければなりませんよ」


 そう言いながらもオフィーリアはノアの頭を撫でてくれる。




 ある日、ノアが剣の稽古に出かけた時、途中休憩をしていると、オフィーリアが悲しげに稽古場を見ているのに気付いた。


(オフィーリアは剣を振らないのか?)


 近接の将来値Aであるオフィーリアは、鍛えれば剣豪にもなれるだろう。


 というか、昔はノア達同年代の男子に混じって剣の稽古に参加していた気がする。


 彼女は当時から背が高くパワーもあったので、剣の稽古でも無類の強さを誇り同年代の男子達を圧倒していた。


 ノアはオフィーリアに近付いて話しかける。


「オフィーリア、君は剣を振らないのか?」


「はい。興味はあるのですが。私は両親共に騎士だったので」


 オフィーリアは悲しげにうつむく。


(そうだった。彼女はすでに両親とも……)


 オフィーリアの両親はいずれもユーベル家に仕える騎士だったが、先の戦争で出陣し、帰らぬ人となってしまっていた。


 彼女が殊更ノアに同情してくれるのも自分に似た境遇を持っているからなのかもしれない。

「大公様に懇願してはみたのです。私もユーベル家に仕える騎士になりたいと。ただ、『親のいないお前が他人に忠誠を誓えると思っているのか?』と冷たくあしらわれてしまって」


(マジか。ひでぇな親父)


 とはいえこの世界ではそこまでおかしなことではなかった。


 前世の世界と違って魔法が存在するファンタジー世界ではあるが、まだ中世の様相を色濃く残す封建社会でもあった。


 親のいるいないはその人物の社会的ステータスや信頼を大きく左右する。


 ただ、その一方でこうも思う。


 国のために戦って死んだ騎士、その騎士の娘に対する仕打ちとしてはいかがなものだろうか。


 大公はすでにオフィーリアの両親のことを忘れているのかもしれない。


 薄情なことだが、あの父親であれば十分あり得そうなことだった。


 ノアは朧げながら残っている前世の記憶を遡ってみた。


 生まれたのはそれなりに裕福な家庭だったが、あまりいい人生ではなかった。


 前世は、ただただ親の言うことに従うだけの人生だった。


 前世の父親は彼にいい大学を出てエリートになることを望んだ。


 母親は楽器が上手に弾ける息子を望んだ。


 なんとなく自分の人生を生きていない感覚はあったが、親のためと思って我慢していた。


 結果的にどちらも時の浪費に終わった。


 学業も音楽もあまり向いていなかったのだ。


 高校に入る頃には、すでに限界が見えていたが、両親はなかなか諦めず投資し続けたし、彼にも努力することを求めた。


 だが、残念ながら報われることはなかった。


 息子に失望した両親は離婚を決めた。


 その後の人生はあまりいいことはなかった気がする。


 灰色の毎日を歩む日々。


 試行錯誤はそれなりにしたが、失った時間と家族のあり方を取り戻すことはできず、ただただ失意のままに人生を終えたようだ。


 前世で学んだことは、親の言うことを聞いても報われるとは限らないということだ。


 親は子育てに失敗しても、子供の人生に責任は取ってくれないし、取れないのである。


 今回の人生はどうだろう。


 大公フリードがノアに求めているのは、4男として他の3兄弟に甘んじ、大人しく生きていくことだ。


 果たしてあの父親の望む通りに生きて、よい人生を全うできるのだろうか。


「よし。決めた」


「ぼっちゃま?」


 ノアは(おもむろ)に立ち上がり自分の持っている短剣を腰から外す。


「オフィーリア。君にこの剣を与える」


「!?」


「この剣に誓って私の騎士となれ」


 オフィーリアは一瞬魅了されたように剣を見つめるが、すぐに気後れしたようにうなだれる。


「ご冗談はおやめください。ぼっちゃまもまだ未成年。騎士を任命することなど」


「うん。だから今はこの短剣で我慢してくれ。成人した暁にはもっと立派な剣と役職を君に与えよう」


「そうはいっても私は騎士にはなれません。坊っちゃまに対して何も返すことができません」


「それも成人してからでいい。今はただ剣の腕だけ磨いてくれればそれでいい」


「ですが、お父上が……」


「もし、父上が邪魔立てしようと言うのなら、俺は父上と戦うよ」


「坊っちゃま……」


「君にはこの剣を受け取り、騎士になる資格がある。父上がなんと言おうともだ」


 オフィーリアにはその瞬間、ノアが大公を超える器に見えた。


「ノア・フォン・ユーベルの名において命じる。騎士オフィーリアよ。私に永遠の忠誠を誓いなさい」


(永遠の忠誠)


 オフィーリアは自然とノアの前に跪き、剣を受け取っていた。


 それから吹っ切れたオフィーリアはひたすら剣の鍛錬に打ち込んだ。


 ユーベル家お抱えの練兵場に潜り込み(諸々の手配と根回しはノアがやってくれた)、剣の鍛錬に励む。


 普段はおっとりした態度でノアを安心させるオフィーリアだったが、剣を握ればまるで別人のように豹変した。


 血が騒ぐようで、いつもの彼女からは想像もできないような気迫と剣捌きで練兵場の男達を薙ぎ倒していく。


 リーチの長さと馬力、瞬発力から繰り出される豪剣。


 読みの鋭さも相まって1ヶ月も経つ頃には、その練兵場で彼女の相手になる者はいなくなっていた。


 実戦にも参加するようになった。


 ノアの口利きでその時期すでに初陣を飾っていた長兄アルベルトの護衛として遣わされたのだ。


 そこで彼女は実際の戦争を見て、人も殺めた。


 初めは訝しげにしていたアルベルトもすぐに彼女の剣の腕前を認め、戦争に参加する際は必ず連れて行くようになる。


 アルベルトは彼女が戦果を上げるたびに褒美を出そうとしたが、彼女は固辞した。


 すでに彼女の中ではノアが唯一の主人と心に決めており、ノア以外の人間からは一銭も受け取るつもりはなかった。


 アルベルトは彼女の慎ましさに感動した。


 作戦の立案にも関わろうとしたが、流石にそれは(たしな)められた。


 召使いの出る幕ではない、と。


 ただ、アルベルトの周りに控えることは許されたので、作戦会議の場に同席することは許された。


 そして、アルベルトとその側近の軍議が、驚くほど杜撰(ずさん)なことに衝撃を受ける。




 ある日、オフィーリアは尋ねた。


「坊っちゃま。なぜ、私をここまで取り立ててくださるのです?」


「君の忠義に報いるためさ。君のことを買っているから」


「しかし、それにしても……」


 オフィーリアは居心地の悪さを感じた。


 メイド仲間の間ではよからぬ噂が立てられていた。


 ノアを利用して、アルベルトの愛人の座を狙っているのではないかとまことしやかに囁かれているのだ。


「オフィーリア、長兄の軍議に参加してどう思った?」


「えっ? そ、それはその……」


 オフィーリアは言い淀んだ。


 内心、話にならないと思っていたが、主人の兄のことを悪く言うのは憚られた。


「君にだけは言っておこうと思うのだが……、俺はこの家から独立するつもりだ」


「独立!?」


 父親の施策およびこの領内のやり方は明らかに遅れている。


 ノアは軍事だけでなく様々な観点からこの領内の問題点を指摘した。


 諸外国が富国強兵策に取り組む中、これではいずれ立ち行かなくなる。


 諸外国に対抗する施策を導入するには、一刻も速くこの家から独立する必要がある。


(なんて志の高い方だろう)


 オフィーリアは感銘を受けずにはいられなかった。


 曲がりなりにも貴族の子弟。


 ただただ親の脛を齧って生きていけば、安穏に暮らすこともできように。


 実際、大公の息子達は父親に取り入って、将来もらえるであろう地位と領土を安堵してもらうことしか考えていない。


 なのにノアはすでに成人する前からこの領主に見切りをつけて独立しようとしているのだ。


「そこまで考えられておられるとは恐れ入りました。流石はノア様。ノア様の独立にぜひ私もお供させてください」


 それから2人は内緒でこの家から独立し、理想国家を建設する算段を付け始めた。


 独立するからには父の干渉が入らない土地がいい。


 2人は僻地アークロイに目を付けた。


 ここなら飛び地だし、半ば放棄された土地だからまず大公の干渉を受けないだろう。


 また広々とした平野が広がっており、オフィーリアの得意な野戦が頻繁に起こることが予想された。


 2人は様々な人間の口を使って、3男ルドルフにノアを僻地アークロイに飛ばせば、兄弟達のうちから1人ライバルを減らすことができるだろうと吹き込んだ。


 ノアはオフィーリアに対して、以下のようにも言った。


 もし、もっと新施策を導入していれば、この領地のために死んでいった者達。


 戦い散っていった者達も死なずに済んでいたはずだ。


 オフィーリアの両親も。


 実際、ノアの母ニーナに仕えていたオフィーリアの両親は、大公がニーナを寵愛している間は大事に扱われていたが、大公がニーナへの興を失うにつれて粗末に扱われ、危険な戦地に派遣されるようになっていった。


 オフィーリアは両親の死を悼んでくれるノアに深く感じ入るとともに、現在仕えている領主に対してだんだん疑問を持つようになっていった。


 心のどこかで燻っていた(わだかま)りや不満が言語化された感じだった。


 そもそも大公のニーナに対する態度もどうかと思う。


 ただただ大公に追従する家来や召使い、ノアの兄達のことも軽蔑するようになった。


(やはり、この家で私が真に仕える価値があるのはノア様を置いて他にない。ノア様が成人して独立するまで私が守り切らなければ)


 それからオフィーリアはより一層、剣と武略、統率力を磨くことに励んだ。


「約束だよ。オフィーリア。理想の国を建設する。身分の貴賤を問わず誰もが公平にその能力に合わせて取り立てられる。そんな国の建設を」


「ノア様のような方でも蔑ろにされない国ですか?」


「うん。そして、君のような()でも涙を流さなくて済む国だ」


 ノアは彼女が時折、両親のいない心細さから屋敷の片隅で涙を流しているのを知っていた。


 オフィーリアはますますノアへの忠誠心を高めた。


 そうして今、彼女はノアの騎士として彼の前に跪いている。


(ああ。いよいよだ。これでようやく本当の意味でノア様に仕えることができる)


 臣従の儀式を済ませたオフィーリアは恍惚としてノアのことを見つめていた。


 ノアは今、神官によって僻地アークロイの土地を受け継ぐ儀式を受けていた。


「ノアよ。今、あなたはアークロイを受け継ぐことが決まりました。あなたは神の意志によりこの土地の領主となって民を治め、神に誓って外敵からこの地を守らなければなりません。神に代わりこの地を守るため、その身を捧げることを誓いますか?」


「はい。誓います」

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