第47話 黒竜と暗黒微笑
魔石銃をバラして仕組みを解析し終えたエルザは、ノアに報告をあげていた。
「領主様。魔石銃の解体と解析終わりました」
「おお、どうだった?」
「銃自体は我がアークロイ領でも作れそうです。これよりも高性能なものが。ただ、魔石だけは外部から輸入しなければならないかと」
「ふむ。耐久についてはどう思う?」
「わざと脆くしたような形跡は見当たりませんね。単に威力向上を優先して、耐久は後回しにしただけではないかと」
(粗悪品売りつけたいってわけじゃないのか。てことは魔石を売って儲けるのが狙いか?)
「そうか。よし。よくやった。じゃ、早速アークロイ製魔石銃の開発に取り組んでみてくれ」
「は。かしこまりました」
エルザはおでこの上にぴょこんと手を立てて敬礼する。
(エルザで調べられるのはここまでか。やはりノルン公の真意を探るにはあいつの、ドロシーの力が必要だな)
ノアとオフィーリアは数人の供回りだけ連れて、城の裏手に広がる丘に来ていた。
ドロシーから返って来た手紙によると、ここで待っていろとのことだった。
「ノア様。本当にここでよいのでしょうか」
オフィーリアは訝しげに尋ねる。
「ああ。ドロシーからの手紙によるとここで間違いない」
「しかし、こんなところにどうやって……」
「しっ。来たみたいだ」
「!?」
カラスがギャアギャアと鳴きながら集まってきたかと思うと、空が真っ黒に染まるほどノア達の頭上を覆い隠す。
そしてさらにその中からこれまた漆黒の翼と鱗を備えた黒竜が現れて、ゆっくりと丘に降り立った。
その硬そうな鱗と鋭い爪、口からのぞく牙はいかにも禍々しい。
そしてこれまた漆黒のドレスを見に纏った若い娘がひらりと竜の背中から舞い降りる。
眼帯をつけて、口元には暗黒微笑を浮かべている。
「久しぶりだな。ドロシー。元気にしてたか?」
「私を呼んだのは貴様か。魔王の依代、ノア」
「魔王の依代?」
「ふっ。まだ気づいておらぬようだな。己が宿命に」
ドロシーはニヤリと笑う。
(ああ。なるほど。そういう設定になったのか)
「なっ、宿命だと? お前、俺の何を知っているんだ?」
「くっくっく。やはり気付いておらぬか。おかしいと思わなかったか? 大した戦闘力も持たぬお主が、歴戦の強者供をことごとく退け、このアークロイを平定した。都合よく精強なる兵士共がお主の下に集まり、お主のために理由もなく奮戦してくれるのを」
「なにっ!? あいつらが俺のために働いてくれるのは魔王の、俺が魔王の依代だからだというのか?」
「なるほど。そう捉えるか。まあ、今はその理解でよい。まだその時ではないからな。ただ、覚えておけよ。お主の使っているその力、それはお主に宿る力のほんの一部に過ぎぬ。お主の本当の力が現れた時、時の監視者たる私が……」
「あっ、この人ですか? ノア様の新しい家来って」
エルザが割って入る。
「!?」
「こんにちはー。私はエルザと申します。ドロシーさんも大公領出身の方ですか?」
「あっ、あびゃぁぁぁあー」
ドロシーは突然、謎の奇声をあげたかと思うと、顔を真っ赤にして、黒竜の影に隠れ、その翼で自分を包むよう命じる。
「かっ、隠して。あなたの翼で私を世界から隠してぇぇぇー」
黒竜はそれまで不動の姿勢で周囲を圧倒していたが、突然の主人の乱心にオロオロしながらどうにかその翼でドロシーを覆い隠す。
エルザはポカンとしながらその様を見る。
「エルザ。そう彼女のことを変な目で見ないでやってくれ」
オフィーリアが庇うように言った。
「彼女はなんというか、極度の妄想癖で、我々ごく近しい者の前ではその妄想に浸った演技をするのだが、その演技中、見知らぬ人間に普通のトーンで話しかけられると、あんな風に人見知りを発症してしまうんだ」
(つまり厨二病だな)
ノアは心の中で呟いた。
「は、はぁ」
(なんか……、また変な人が来ちゃった)
「先ほどは失礼しました」
落ち着きを取り戻したドロシーは、あらためてエルザに挨拶する。
「まさか、ノア様とオフィーリア様以外があの場にいるとは思いもよらず、古いトラウマが蘇ってしまって……」
「あっ、いえ、こちらこそ領主様とのお話を邪魔してしまって……」
(普通の喋り方だ)
「ところで、あなたは随分ノア様に信頼されているようにお見受けしますが……、やはり忠誠を誓った騎士の方なのですか?」
ドロシーが探るような目を向けてくる。
「あ、はい。ノア様の側近としてお仕えさせていただいています」
「そうか。そうでしたか」
すると、ドロシーは再び暗黒微笑を浮かべた。
「くっくっくっ。貴様も闇の力に導かれし哀れな子羊か」
(あ、また喋り方戻った)
「適当に流しといていいぞ。相手にしていたらキリがないからな」
オフィーリアが言った。
「くっくっくっ。貴様も今に気づくだろう。すでに底なし沼より深い闇の契約に肩までどっぷり浸かっていることにな。だが、気づいた時にはもう手遅れよ。その血塗られた手でご主人様のために働き、最後には身も心も捧げることになるのだ」
「は、はぁ」
「して、アークロイ公よ。我が力を借りたいとのことだが、いったいどのような用件で?」
「ああ。それなんだが、周辺国との外交に悩んでいてな。というのも、どうやらルドルフがアークロイ含め、周辺国と積極的に外交を展開しようとしているみたいなんだ……」
「何っ!? あの青二才がっ!? まさか、奴らごときが魔王の依り代たるお主の『領域』に踏み込もうと言うのかっ!?」
「あー、うむ。そうなんだ。あいつらのせいで俺の心の中に潜む何かが蠢いているんだよ」
「くっくっく。愚かな奴らよの。まさか自分達の方から地獄の扉を開けて、死期を早めようとは」
「まあ、そういうわけでどうにかならない?」
「ふっ、いいだろう。奴らの浅知恵など、覚醒した貴公の前では児戯に等しい。……が、私としてもお主の覚醒を速めるのは本意ではない。ここはお主の影であるこの私が、お主に代わり、あの青二才どもの浅はかな策謀を、打ち砕いてやるとしよう」
「おお、そう言ってくれると心強いよ。で、具体的な情勢なんだけど……」
ノアはドロシーにアークロイ公国の領土と、ユーベル大公領の領土、その間に挟まれている隣国5つの分かる地図を見せる。
「こんな感じ。で、ルドルフがどの程度進めているのかはまだよくわからなくって、それも含めて探って欲しいんだけど……」
「フフ……なるほど。わかったぞ。お主の真意が! アークロイ領と大公領の間に点在する国々。奴らと裏で血の盟約を結び、密かに闇の眷属にして、地獄の番犬とする。そうしてあの青二才共の浅い策謀を無に帰してしまう。そう言いたいのだな?」
(血の盟約? 闇の眷属? 地獄の番犬? どういうことだ?)
オフィーリアは首を傾げる。
「そうだな。この間の国々を味方に付けて、大公領の動向を探り、場合によっては裏で密かに盟約を結んで、ルドルフの外交努力を無に帰すことができれば理想だな」
「!?」
「くっくっくっ。甘い汁と恐怖心で味方をつくり、友好国さえ徹底的に利用する。幾重にも張り巡らせた罠を仕掛けて、敵を陥れようとするとは。その冷徹さ、末恐ろしい男よ」
「お褒めに預かり光栄だよ」
(会話が成立している。なぜ、今の話し方でそこまで分かるんだ)
「して、闇の公王よ。魔法文化圏マギア地方との外交はどうするつもりだ? マギア地方は大陸各地から魔法を学びに留学生が集まってくる国際色の強い地域。これからアークロイ外に進出するなら、マギア地方への布石は早めに打っておくのが良策ぞ」
「それについても、ノルン公国との通商同盟をどうしようか迷っていてな」
「ほう。ノルン公国に目を付けるとは流石だな。あの国を支配するは、魔法圏でも評判の賢姫イングリッド。また魔法圏でも最大の研究所と最先端魔法技術が蓄積されており、天然の良港も備えてある。さらに魔石の一大産地でもあり、魔石加工においても最先端の技術を持っている国じゃ。魔石銃用の魔石を製造できるのはノルン公国だけじゃし、ゴーレムと魔法兵の多さでも群を抜いておる。マギア地方のどの国もノルンの技術なしには魔石銃やゴーレムを運用すること能わぬ」
「それじゃあ、君から見てもノルン公国との同盟はプラスになると?」
「通商を結ぶのにはな。政治的な話となるとまた別じゃが」
ドロシーはニヤリと意味深な笑みを見せる。
「というと?」
「前述のようにノルンは最先端の魔法技術を備える国。マギア地方の国であれば、どこもノルンの技術は喉から手が出るほど欲しいはずじゃ。そこに余所者であるアークロイ公が割り込むとなれば、係争は必至。しかもノルンは近年、大国ナイゼル公国とジーフ公国との間に領土と通商を巡ってゴタゴタを抱えていての。ノルン国内でもその対処を巡って揉めておるところじゃ」
「茨の道ってわけか」
「他国からの横槍は避けられないでしょうね。ノルン国内からの反発も」
「最も野心的な選択肢と言えるな。……というか、お主らそんなことも知らずにノルンと手を結ぼうとしておるのか?」
「俺が結ぼうとしたというより、向こうから来たんだ。で、よく分かんないから君に聞こうと思ったんだけど」
「む。そうなのか」
ドロシーは少しの間、暗黒微笑をやめて何事か考え込む。
「? 何か気になることでもあるのか?」
「ドロシー、ノア様もノルン公が何か企みをもって近付いていることはわかっている。それを探りたくて君にこの案件を振っているんだ」
「……」
ドロシーはノアとオフィーリアの質問にも答えず、腕を組んで考え込んでいたが、すぐに暗黒微笑を取り戻す。
「ふっ。ノルンの賢姫が策謀を巡らせているとなれば、少々手強いが、所詮は人間の考えることよ。魔王の依代たるお主の敵ではないわ」
「よし。んじゃ緩衝国の調略とノルン公国の探り、お前に任せるぞ」
「心得た! 少々骨の折れる仕事ではあるが、お主の内なる覇王の覚醒を少しでも遅らせるためには致し方ない」
早速、ドロシーは配下のカラス達とアークロイ領に拠点を置く商人達を使って、周辺国の情報を集めようと動き出す。
「大丈夫なのでしょうか、あの人。ちょっと変わった方でしたが」
エルザはオフィーリアに耳打ちする。
「ああ。だが、ノア様のお眼鏡にかなった人材。おそらく、ノア様にも何か考えがおありなんだろう」
ノアはドロシーがカラス達に何事か指示を与えているのを眺めながら、彼女と出会った時のことを思い出していた。