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第46話 大公の承認

「ノア様。あのジアーナ・オークスという者。信用に値するのでしょうか」


 ジアーナが下がった後、オフィーリアはノアに耳打ちする。


「お前の言いたいことはわかってるよオフィーリア。あいつは何か狙いがあって、こちらに近づいている」


「……それを分かっていて、あえて手を結ぶと?」


「現状、アークロイは孤立しているからな」


 周辺国はノアに一目置きつつも、出方を窺っている状態だった。


 ユーベル大公の出方次第でいかようにも態度を変えてくるだろう。


「味方は1人でも多い方がいいだろ。それにどんな奴か気になるじゃん。わざわざ遠方のこのアークロイ公国と同盟条約を結びたがる姫ってのがどんな奴か」


 オフィーリアは嘆息した。


「しかし、我が国も難しくなってきましたね。外交関係はどうにも……」


 戦に関しては無類の強さを誇るオフィーリアも複雑な国際情勢となると、さっぱりだった。


「なに。大丈夫さ。すでにあの魔石銃の弱点は見つけた。魔法国ノルンが策略を巡らせたとしても上手く乗り切れるさ」


 そんなことを2人が話していると、またしても文官が来訪者の名を告げた。


「ユーベル大公領からの使者、騎士ヴァーノン様のご来訪です」


 その途端、宮廷内がシンと冷ややかな空気に包まれる。


「謁見の間に通してやれ」




 謁見の間に通された騎士ヴァーノンは、ノアの宮廷の様変わりした様子を目の当たりにする。


 少し見ないうちに随分と宮廷らしくなったものだ。


 文官が働いているし、各国からの使いも頻繁に出入りしている。


 宮廷の規模だけでいえば、充分大公領に匹敵するかもしれない。


 そして顔ぶれも変わっている。


 ノアの家臣の席には、あの知将クラウスが煙管(キセル)を咥えながら控えている。


 旧ルーク公、キーゼル公、ヴィーク公ら元辺境領主達も居心地悪そうにしながらも末席に加えられている。


 これらのことはノアが僻地アークロイの覇権を賭けた闘争に勝利した何よりの証だった。


 そして、成長と変化を続けている何よりの証である。


 そのように宮廷らしくはなっているものの、いまだ武断的な気風も色濃く残っている。


 ノアの最も側近くにはオフィーリアが控えているし、その次席には守将ランバートやエルザ、そして首席小隊長達が座を占めている。


 武人以外で彼らと対等な席を用意されているのは、ルーシーだけである。


 聖女アエミリアの席はルーシーの隣に置かれている(聖女なのにいいんだろうか。こんなにノアの宮廷に馴染んでしまって)。


 何にせよこれらの席次はまだノアが領土を軍事によって拡大する野心があることの表れであろう。


 また、廊下ですれ違った秘書姿の騎士オークスにも驚いた。


(あれは魔法文化圏マギア地方の者か?)


 彼女のことは知らないが、魔法文化圏特有の衣服を着ていることはわかる。


(やれやれ。今や魔法文化圏の君主もアークロイ公の動向が気になるか)


 また大公の嫉妬する要素が1つ増えてしまったな、とヴァーノンは肩をすくめるのであった。


 この(みなぎ)るような覇気に大公領で太刀打ちできる者など1人もいまい。


 ヴァーノンが謁見の間に入った途端、すぐに刺すような冷ややかな視線が注がれる。


 オフィーリアに至っては目も合わせようとしない。


 歓迎されていないのがよく分かった。


(……すっかり嫌われ者になってしまったな)


 居心地はすこぶる悪かったが、仕事である以上は仕方がない。


「よく来たな。騎士ヴァーノン」


 ノアが鷹揚に声をかける。


 ヴァーノンはいささか救われたような気分になる。


 ノアは変わりなくおおらかだった。


「ご機嫌麗しゅうございますアークロイ公」


 ヴァーノンは片膝をついて挨拶した。


「それで。今日はどういった用件だ?」


「大公様からの伝言です」


 ピリッと神経質な空気が謁見の間全体に流れる。


「申してみよ」


「は。『アークロイの統一、大義である。心よりお祝い申し上げる』とのことです」


「「「「「!?」」」」」


 宮廷の者達はヴァーノンからの意外な言伝に一様に目をぱちくりさせる。


「ほう。つまり、父上は私がアークロイ全土を統治することを承認する。そういうことでいいのかな?」


「……とにかくお祝い申し上げる、とのことです」


 ノアの宮廷はワッと湧いた。


「ついに大公様が認めてくださったのですね」


「おめでとうございます、ノア様」


 大公が自分達の働きと主人のことを認めてくれた。


 そう感じた家臣達は喜びに湧き上がるのであった。


 オフィーリアだけが面白くなさそうにしている。


「では、父上はクルックとは、断絶した。そういうことでいいのかな?」


「それにつきましては……、私の口からはなんとも……」


 突然、ヴァーノンの口調がトーンダウンする。


(((((ん?)))))


 少なくない者が違和感を感じて首を傾げる。


 ノアのアークロイ統一を認めるのに、ノアと旧クルック領を巡って係争している相手と付き合うとはどういうことだろう?


(ま、そんなこったろうと思ったよ)


 ノアは内心でため息をつく。


「つきましては大公様はアークロイ公国と通商条約および軍事協定を結びたい、と仰せです」


「通商条約と軍事協定?」


(なるほど。そうきたか。ちょっと巧妙な手だな)


「ヴァーノン、通商条約と軍事協定と言うが、いったいどのようなものだ? 遠く離れたアークロイと大公領では連携もそうそう上手くいかないと思うが?」


「それにつきましては後日、詳細を担当の者が詰めたいと思います。今回は打診のみに留めて……」


「ヴァーノン、此度の用件、裏で糸を引いてるのはルドルフだな?」


 ヴァーノンは目に見えてギクリと顔を強張らせる。


(この反応、やはりそうか)


 ヴァーノンはどうにかその場を凌いで退室する。


 ルドルフからはまだ余計な情報開示をしないようにとの命令を受けていた。


 今はまだ各国の出方を窺う段階。


 他の国にも条約や同盟を打診していることを悟られないようにしろ、と。




「今回の騎士ヴァーノンの提案、ルドルフ様が仕切っているというのは、本当なのですか?」


 オフィーリアはノアと2人きりになったところであらためて聞いた。


「おそらくな。この雑な感じ、おそらくルドルフだ」


(ルドルフか。どうもあの人は信用できないんだよな)


 オフィーリアはルドルフのことを思い出す。


 機を見るに敏で才覚は確かにあるが、その一方で言うことや態度がコロコロ変わる風見鶏なところがあるから、イマイチ信用できない人間だった。


 最初はノアと同い年ということもあって、2人は仲がよく、何かと2人で行動することが多かったが、大公がノアの母親を遠ざけるようになってからは露骨に見下すような発言が多くなった。


 他にも大公領時代、様々な点で彼のコロコロ変わる態度に振り回され、ノアとオフィーリアは迷惑を(こうむ)っていた。


 オフィーリアがメイドの仲間内で孤立しがちだったのもルドルフの振り撒くいい加減な言説に振り回されたからだった。


「あのようにコロコロ態度の変わる人に外交など務めることができるのでしょうか」


「さぁな。ただ、親父はルドルフに外交を任せたがっていたし、今回の仕掛け人もあいつと見て間違いないだろう」


「となれば、やはり今回の条約と同盟、何か裏があると?」


「おそらくな。まあ、概ね何を考えているかは想像がつく」


 ノアは地図に目をやる。


「アークロイと融和しつつ、通商を結び、経済力を取り込もうって腹だろ」


「なるほど。……ルドルフ様の考えそうなことですね。それで、ノア様はこの話に乗るつもりなのですか?」


「まさか。ただ、紛いなりにも平和的な呼びかけをしているのに無下にするわけにもいくまい」


「しかし、それでは……」


「気になるのは、他の国に対しても同じことをしているのかどうかということだ」


「他の国?」


「外交というのは多国間の関係と国際情勢を見据えたものになりがちだ。ヴァーノンの反応からしてもまだ何か隠していることがある。もし、あいつがアークロイとユーベル大公国の間の国々や周辺国すべてを味方につけようとしているとしたら、少々厄介なことになる」


「まさか。あの軽薄者が……あ、失礼しました。ルドルフ様がそこまで考えているとは……」


「あいつは結構口の巧さで人を巻き込むところがあるからな。デカい構想を掲げて親父や兄貴達を誑かしているとしても不思議ではない」


「あ、そうか。そう言えば、ホラ吹きの気もありましたねルドルフ様には」


 オフィーリアは苦々しげに言った。


「周辺国もいたずらに巻き込んで勢力を広げようとしているかも」


「なるほど。そうなると少々厄介ですね」


「ああ。下手に条約を結ぶと巻き込まれる恐れがある」


「うーん。外交は難しいですな」


 オフィーリアは渋い顔をする。


「どうも私には手に負いかねます」


「そうだな。多国間の外交を担うには多角的に考えられて、情報収集できる人間が必要になる」


「多角的に情報収集……、はっ、まさか」


「そう。あいつを呼び寄せる必要がある」




 マギア地方の公国の1つワルティエ。


 そのワルティエの学院の講堂では、授業を終えた学生達が帰ろうとしていた。


 窓辺に1人で座るその女学生ドロシーも本をカバンにしまい、帰り支度をしようとしているところだった。


 すると彼女の傍に一羽のカラスが舞い降りた。


 その足には紙束が結び付けられている。


 ドロシーは紙束を解いて、そこに(したた)められた文章に目を通す。


『思ったより早くアークロイを統一した。外交が必要になったから僻地まで来い


 ノアより』


「ノア、魔王の依代に選ばれし者……」


 ドロシーは黄昏に染まる学院のキャンパスを神妙に眺める。


「夕陽の色がいつもより(くら)い。審判の日は近い、ということか」

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