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第44話 魔法国からの使者

 ルドルフが大公領の外交を牛耳り始めている頃、魔法文化圏マギア地方の弱小国ノルン公国も外交の方針について決断を迫られていた。


「ノルン公イングリッド姫よ」


 1人の貴族が玉座の前に進み出て跪く。


「我が国の財政は逼迫しております。償還間近の国債は山のように積み重なり、払う目処もありません。姫、どうかご決断ください。ここは我が国の筆頭債権者たるナイゼル公国との結びつきを強めるべきです。ナイゼル公の嫡男ベルナルド第一王子とのご婚約を進めるべきです」


「お待ちください」


 もう1人の貴族が進み出て異議を唱える。


「確かにナイゼル公は我が国の筆頭債権者にして、このマギア地方で最も豊かな土地を持つ公国です。しかし、喫緊の課題を忘れてはなりません。我が国は現在、ジーフ公国によって軍事的に圧迫されています。その圧力は年々増すばかり。ナイゼル公とジーフ公が犬猿の仲なのは周知の事実。姫がナイゼル公にこれ以上近づけば、現在、続いている和平交渉も暗礁に乗ることは間違いないでしょう。ここはまずジーフ公と友好関係を結ぶべきです」


「黙れ! 貴様、ナイゼル公を蔑ろにするつもりかっ」


「貴様こそ黙れ! ジーフ公との和平が地域の安定繋がることが分からんのかっ」


「双方、言い争いをやめよ。姫はすでにどの国と友好条約を結ぶのか決めておる」


 姫の側近くに立つ大臣が言った。


「なんと姫はどちらの国と結ぶおつもりで?」


「ナイゼル公との友好条約ですよね?」


「いや、ジーフ公との和平条約だ」


「やめよ。姫はそのどちらとも条約は結ばぬ」


「なんですと!?」


「私はナイゼル公ともジーフ公とも友好条約を結ぶつもりはありません」


 姫は厳かに言った。


「我が国の通商を阻害するナイゼル公国。我が国を騙し討ちして土地を掠め取ったジーフ公国。私はこの両国どちらにも我がノルン公国が積み上げてきた魔法技術と領地を引き渡すつもりはありません。ナイゼル公国が通商破壊をやめるまで、そしてジーフ公国が掠め取った土地を返還するまで、私は彼らと友好を結ぶつもりはありません」


「しかし、では、どこと……」


「アークロイ公国……」


「「!?」」


「私はアークロイ公国と結び付きを強めるべく使者を派遣することを決めました」


 広間全体に騒めきが広がる。


「アークロイ……」


「あの僻地の暴れん坊か」


「最近統一されたという……」


「うつけと聞いているが」


「これは姫による決定事項だ」


「アークロイに騎士ジアーナ・オークスを派遣します。大臣は親書の手続きを」


 こうして公主の一言により御前会議は終わった。


 だが、家臣達は謁見の間を離れながらも、ナイゼル公に近しい家臣もジーフ公に近しい家臣も失望の色を隠さずに首を振り、次なる謀議を巡らせるべくチラチラと互いに味方同士で目配せを始めるのであった。


 姫はそんな家臣達のやり取りに気づかないふりをしながら、奥へと引っ込む。




 新たに5つの城を持ったノアの下には周辺国からひっきりなしに使者が訪れていた。


 アークロイを統一したノアの領地は東西南北で新たな地域と境を接するようになっていた。


 西端旧キーゼル領においては鬼人の棲むホーンズの森と新たな境を接するようになり、南端旧ヴィーク領においては細い道ではあるが魔族領と境を接するようになり、東端旧ファイネン領においては魔法国家圏マギア地方と境を接するようになる。


 北西端旧クルック領には大国ニーグル大公国が控えており、まだ逃げ落ちた旧クルック領主が亡命している。


 さらに北東端では、ユーベル大公領に友好的な小国がいくつも点在していた。


 そんな情勢下において、誰も彼もノアが今後、どのように国を運営していくのか気になる様子だった。


 それもそのはずだろう。


 アークロイから周辺国を武力で切り取り、城5つ持ちになった領主。


 今後、自分達の領土に攻めてくるのか、更なる領土拡大の野心があるのか、それとも当面は内政を重視して領地の基盤固めに専念するのか。


 誰もが気になるところだった。


「ふぅ。疲れたな。この後の予定は?」


 ノアは傍に仕えている秘書に尋ねた。


「新たに編成された旧キーゼル領軍の視察とビアード公の使者との面会が予定されております」


「それだけか。じゃあ一息つけるな。昼飯にするか」


「領主様。ノルン公の使者、騎士ジアーナ・オークスが面会したいと申し出ております」


 駆け込んできた書記官がそう言った。


「……」


 ノアは昼食を食べながら、騎士オークスと面会することになった。




「ノア様、お忙しそうですね」


「また、面会希望者が現れたようですよ。今度はノルン公の使者のようです」


 エルザとルーシーが言った。


 彼女らはオフィーリアと一緒に昼食をとっているところだった。


 彼女ら3人は今やノアの重臣であり、宮廷への出入りを自由に許されていて、面会者との会話にも耳を挟むことができた。


「まあ、当然だろう。今やノア様はこのアークロイ周辺では並ぶ者のいない実力者だ。無視することなどできないさ」


「毎日、お客様が来て賑やかで楽しいです」


 エルザは愉快そうに言った。


「ですが、皆さん、大公様との仲ばかり気にされますね」


 ルーシーがパンを頬張りながら言った。


 使者達は様々な用件でノアの宮廷を訪れていたが、必ずといってよいほどユーベル大公との関係について探りを入れてきた。


「彼らの気持ちもわからないではないさ」


 オフィーリアはややうんざりした様子を見せながらもそう言った。


「ノア様は大公領を追放された身だ。だが、その一方で大公様のご子息でもあられる。いざという時、両国がどのような反応を見せるのか。皆、気になるのさ。特にユーベル大公領とアークロイの間に挟まっている国の連中はな」


「ふんっ。大公様なんて嫌いです」


 エルザが頬を膨らませてそっぽを向きながら言った。


(ほう。意外だな)


 大公領の実態を知っているオフィーリアやルーシーと違って、エルザはアークロイの地元民。


 まだまだユーベル大公の権威が残っているアークロイにおいて、まさかここまで露骨に嫌悪感を見せるとは。


「意外だな。まさか君が大公様のことを嫌っていようとは」


「当然ですよ。ノア様の手前遠慮していますが、みんな裏では大公様への陰口を叩いていますよ。アークロイで無益な戦争が繰り返されたのは大公様がノア様の功績を認めないからだって」


「ふーん。そうか」


(いい傾向だな)


 オフィーリアはそんな風に思った。


 彼女とノアの第一目標は、大公領からの完全独立。


 いざ、大公領と境を接し領土争いが勃発した時、地元民からの反発を受けるのではないかと恐れていたが……。


(地元民も大公に反感を募らせている。いい傾向だ。これなら地元民も、ノア様の味方について大公領からの完全独立を支持してくれるだろう)


 オフィーリアは内心でほくそ笑むのであった。


「あっ、すみません。オフィーリア様も大公領出身でしたよね」


 エルザは慌てて口をつぐむ。


「いや、気にするな。私も大公様には腹を据えかねていたところだ。どんどん陰口を叩いていいぞ。はっはっは」


「は、はあ」


「あ、昼食に招かれたお客様が来られたようですよ」


 ノルン公の使者、騎士ジアーナ・オークスがノアのいる席まで歩いていく。


 アークロイ周辺ではあまり見かけないスーツ風の衣服を着た秘書官のような女性だった。


 カツカツとヒールの音を響かせながらノアの下へと歩いていく。


 オフィーリア達3人は会話をやめて、耳をそば立たせる。

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