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第43話 ルドルフの外交

「まずはこれを見てください」


 ルドルフは書類を2人に対して見せる。


「これは?」


「ノアの領地内の経済状況です」


「何だと!?」


 イアンは驚愕に眼鏡の奥の目を見開く。


「? これがどうしたというんだ?」


「分からないのですか兄上」


 イアンは苛立たしげに書類を指差す。


「この商取引の数! 我が大公領に匹敵する取引量ですよ。いえ、それだけではありません。この大陸なら誰でも知っている大商会が進出しています」


「あっ、確かに。このリカール商会といえば、先日、大公領から屋敷を引き上げたところじゃないか」


 アルベルトも遅ればせながら、ルドルフのもたらした情報の重要性に気づく。


「私の派遣した調査員によると、それはもう大層な賑わいだそうですよ。城下には大商人の屋敷が軒を連ね、市場では毎日のように大量の品物が高値で捌かれている。つまり、アークロイ領の急成長の秘密はこの経済力にある、というわけです」


「そ、そうだったのか」


「リサーチ不足は悪い癖ですよ。イアンの兄上」


「くっ。まさか、アークロイ領がこれほどの経済力を身に付けていたとは」


「だが、そんなことがわかったからといって何になる。むしろノアの地位がより盤石だとわかっただけじゃないか」


「確かに盤石ですね。この経済力を他国が認めればの話ですがね」


「何?」


「古来より、国力にそぐわぬ経済力を身に付けた国は他国のやっかみを買い滅びる運命にあります」


「つまり、アークロイ領の繁栄は、砂上の楼閣だと。あなたはそう言いたいわけですか? 周辺国がアークロイ領を承認しないばかりに?」


「まさしくその通りですよ、兄上。特に交易に依存している国は周辺国との関係が命取りになりやすい。それを考えると、これまでの我が国の立ち回りは決して悪いことばかりではない。ノアのアークロイ統一を承認せず、一定の距離を置き、トラブルに巻き込まれないようにする」


「だが、それでどうなるというんだ。ノアの凋落が決まってるからといって、我々のこの窮状はどうしようもないじゃないか」


「それがそうでもないんですよ」


「何?」


「ルドルフ、そうもったいぶった言い回しをするな。さっさと話を進めろ。私も長兄も暇ではないんだ」


(まったく、兄上らのせっかちにも困ったものだな)


「仕方ありませんね。さっさと結論にいきましょう。兄上はこの小国アングリンの砦を落とすのに随分手間取られているようだが、何も戦で攻め滅ぼす必要もない。外交で攻略すればよいのです」


「外交で攻略する?」


 アルベルトは首を傾げる。


「これを見てください」


 ルドルフは大公領およびその周辺地図を見せる。


 白地の地図に大公領だけ赤い線で囲まれている。


「これは大公領の地図です。そしてその周辺にはこれだけの小国が点在しています」


 ルドルフは周辺の小国を黄色い線で囲んでいく。


 すると、大公領の2倍の領域が線で結ばれた。


「これが外交によって得られるであろう我が国の勢力圏です」


「なに!? こんなに領土が増えるのか?」


「領土が増えるわけではありませんよ。あくまでも勢力圏です。ただ、現状の不毛な戦争を続けるよりははるかに建設的でしょう。これらの領域にある国々と和平・通商・国交を結び、勢力圏に組み込む。さらに……」


 ルドルフは僻地アークロイも黄色い線で囲う。


「アークロイ領も我々の勢力圏に組み込めばよいでしょう」


「なに!? アークロイ領も!?」


「ルドルフ、簡単に外交で勢力圏に組み込むと言いますがね」


 イアンが少し落ち着きを取り戻しながら言った。


「他国を自国の属国にする以上、戦争で屈服させるか、何らかのエサで釣り依存関係にする必要がある。周辺国とはいずれも領土争いや商圏の主導権争いを抱えている。簡単にはわだかまりは解けませんよ。それとも、まさかあなたは周辺国に領土を差し出すとでも言うのですか?」


「それこそ我が国の沽券に関わるぞ」


「すでに方策は考えていますよ。ノアがどのようにしてあれほどの商人の支持を得たかご存知ですか? これですよ」


 ルドルフは関税について記載された部分をトントンと指で叩く。


「関税ゼロ。これがアークロイに商人どもが大挙して押し寄せる理由です」


「関税ゼロ!?」


「しかし、それでは商人達から税金が取れないのでは?」


「やれやれ。兄上達はまだこの政策の本質が分かっておられないようですね」


 ルドルフは肩をすくめてみせる。


「今回の外交政策の目的は、税収を上げることではありません。この線。この範囲まで我が国の勢力を拡大することです」


 ルドルフは再び地図上の黄色い線をトントンと叩いてみせる。


 そこにはアークロイ領も含まれている。


「一度、通商条約を結び、経済的に依存することになれば、そうやすやすと関係を破棄することはできません。つまり、これらの国は我々の言いなりにならざるを得ないのです。商人達から関税を取れないからといってなんです? そのくらいの利益、くれてやればいいでしょう。その代わりに我々はより強大な勢力圏を築き上げる。たとえば、長兄が手こずっているこのアングリンの砦」


 ルドルフは地図上に凸形の赤い積み木を置く。


 アングリンの砦に対して向かう大公領アルベルト第一軍を模したものだ。


「この国が反抗的な態度をとったとしましょう。すると我々はこの国にだけ関税を上げ、経済制裁をかける。それと同時にこの隣国ネイピアに軍事的協力を求める」


 ルドルフは黄色い線内にあるアングリンの隣国ネイピアにも凸形の黄色い積み木を置く。


 友軍を示すものだ。


「するとどうなります?」


「そうか! 我が軍とネイピアの軍でアングリンを挟み撃ちにできる!」


 アルベルトがハッとしながら言った。


「商人の協力が得られれば、兵站の確保も容易でしょうしね」


 イアンも興味深げに地図を眺める。


「敵は二正面作戦を強いられ、なす術もなく敗退することになるじゃないか」


「そう。いとも簡単にアングリンを陥すことができるというわけです。また、リールシュと軍事同盟を結べばどうなるでしょう?」


 ルドルフは今度はネイピアとは逆方向の隣国リールシュに赤い積み木を置く。


 他国に進駐している自国軍を表している。


「このように軍事同盟の体を取れば、容易に他国に我が軍を進駐させることができる。するとどうなります?」


「挟み撃ちどころか3方面から攻め込めるじゃないか」


「そうして我々の力を見せれば、ますますこの勢力圏に入りたいという国は現れるはず。労せずして我々は勢力を伸ばせるというわけです。アークロイ領の大商人達も我々の味方につき、ノアも我々に(こうべ)を垂れざるを得なくなり、オフィーリアも長兄の軍団に協力せざるを得なくなるでしょう」


「よし。今すぐ、この外交政策をとるべきだ!」


「うーん。なかなか夢のある構想ですが、少々、楽観的すぎやしませんかね?」


 イアンが腕を組みながら慎重な態度をみせる。


「まず、領土紛争を抱えている他国とそんなに簡単に話がまとまるのでしょうか? よしんば、条約の締結にこぎつけたとして、それを領土紛争を抱えている他国が守ってくれるのでしょうか? さらにもし守ってくれたとしても、軍事同盟など結べば今度は我々の側に他国を守る義務が生じるのでは?」


「イアン。それはさっきもルドルフが言っただろう? 我々が手を差し伸べれば、他国は我々と手を結ばずにはいられない。この周辺国のいったいどこに我々以上に魅力的な国がある? どこの国だって、経済の低迷と軍事力の増強には頭を悩ませているはずだ。我々の力をもってすれば、首を縦に振らない国などあろうはずがない!」


 アルベルトはやや苛立たしげに捲し立てた。


「イアン次兄の心配はごもっともです。ただ、まあ、ここは1つ、私に任せてくださいよ。上手くやりますから」


 ルドルフはその顔に不敵な笑みを浮かべながら言った。


「頼むぞ。ルドルフ。この国の将来はひとえにお前の外交能力にかかっている」


 アルベルトはルドルフの両肩に手を置いて、期待を込めるようにグッと握りしめた。


「……」


 イアンはルドルフの推す外交政策に危ういものを感じた。


 ルドルフは家中一の才覚者であり、また国際都市であるピアーゼに留学していたこともあり外交通、国際通で通っていた。


 生来の口の(うま)さもあり、その提案には魅力を感じることも多い。


 しかし、一方で穴の空いた大風呂敷であることが多く、細かい点で落とし穴に足をかけることも多かった。


 そして、これまた厄介なことにミスを誤魔化すのも(うま)かった。


(どうにもこいつの提案は好きになれないんだよな)


 しかし、どれだけ気が進まなくてもルドルフの提案に乗らないわけにもいかなかった。


 アルベルトもイアンも失点をあげて、父からの不興を買っている真っ最中だ。


 一方、ルドルフは末っ子ということで大公も甘い。


 ノアを冷遇するようになってから、大公はますますルドルフのことを可愛がるようになった。


 ルドルフなら大公の機嫌が悪くなっている今でも、話を通しやすいに違いない。


(ま、お手並み拝見といくか)


 騎士ヴァーノンもイアンとは異なる点でルドルフの方策に不安を覚えていた。


 ルドルフのためにアークロイ領を調査し、報告書をまとめた人物。


 というのも今回のルドルフの政策の元となった調査報告書。


 アークロイ領を調査し、報告書を作成して纏めた人物。


 それは何を隠そう騎士ヴァーノンだった。


 ルドルフはヴァーノンに対し、「なぜノアはここまで快進撃を続けることができたのか」を聞いてきた唯一の人物だった。


 ヴァーノンに調査報告させ、今回の外交政策を企図したのは流石だったが、その一方で肝心な情報が抜け落ちている。


 魔女ルーシーの存在だった。


 いったいどうやってあれだけの品物を僻地であるアークロイに輸送しているのかは謎だが、それにはルーシーが関与しているとヴァーノンは睨んでいた。


 そして、そのことは報告書に特記事項としてきっちり記載していたのだが、今の話ぶりを見るにルーシーの部分はそっくりそのまま無視されたようだった。


 ルーシーの莫大な輸送力がないまま、いたずらに他国と通商条約を結んで交易を促進しても、果たして商人を味方につけることができるのか。


 (はなは)だ疑問だったが、ヴァーノンが提言してもおそらく機嫌を損ねるだけだろうことは想像に難くない。


 ヴァーノンは余計なことは言わず黙っておくことにした。


 その後、ルドルフは大公に外交政策を奏上する。


 大公はやや難色を示したものの、可愛い3男の申し出ということもあり、また長男・次男が揃って下手を踏んだあとだけに、何か前向きな展望が欲しかったのもあって、ルドルフの進言を受け入れた。

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