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第38話 万軍の将

 その後もクラウスの部隊はオフィーリアの追撃に晒されていた。


(くそっ。まだ撒けない)


 背後から足音と人の声が一向に消えなかった。


(敵は飲まず食わずで走ってるのか?)


 クラウスはちらりと自分の部隊の人数を確認した。


 2000人ほどいた兵士達は1500人まで減っていた。


 それも戦闘でやられたのではなく、足が攣ったり、空腹で動けなくなったり、恐怖からパニックに陥ったりといった理由で脱落していた。


 クラウス自身も限界が近かった。


 常に極限状態に晒され、数日しか経っていないのに頬はげっそりとやつれ、目元には濃いクマができている。


 ここ数日生きた心地がしなかった。


 日が昇っている間は常に追い続けられている。


 伏兵は全て見破られている。


 簡単に撒けると思っていた敵兵はむしろ追撃の鋭さを増すばかりだった。


「あの地点まで行けば助かるはずだ」


「次こそは敵を撒けるはずだ」


 そう言い続けてどうにか兵士達を鼓舞し続けていたが、目標地点を言い渡してはすぐにそれでは逃げ足りないとわかり、さらに遠くの目標地点を設定する。


 その繰り返しだった。


 兵士達も疲弊していたが、クラウスも気がどうにかなりそうだった。


 実際、逃げ始めてから今、何日目かも思い出せない日があった。


 土地勘のおかげでどうにか今、自分達がどの辺りにいておそらく何日目だというのが辛うじてわかるくらいだった。


 自領の難路を少ない人数で撤退していけば戦闘を有利に進められるはず。


 そんな甘い目論見は打ち砕かれつつあった。


(とにかく時間を稼ぐんだ。時間さえ稼げば他の2国がなんとかしてくれるはずっ)


 クラウスは血走った目で背後から聞こえてくる軍馬の足音から必死で逃げるのであった。




 敵を追撃して5日目。


 オフィーリアは敵将に感心していた。


(これだけ追いかけて捕捉できないとは。なかなかやるな)


 足止めに配置された伏兵。


 2000人という自身の力量を踏まえた兵数。


 逃げやすいように鎧を取り外した軽装歩兵。


 あえて平地を避け、山道や森林など会戦を仕掛けにくい難路を選んでの行軍。


(これではいくらこちらの足が速いといえども追いつけない。弓兵の射程圏に捉えるのも困難。こちらの長所を潰し、自分の長所を活かす。よく考えられた編成と作戦だ。知将クラウスか。遊撃隊長としても使えそうだな)


 オフィーリアは馬に乗りながらノアからもらったクッキーを口に含む。


(あ、このクッキー美味しい。ノア様……)


 戦地で離れ離れになっても感じられるノアとのつながりに、オフィーリアは口元を綻ばせた。


 しかし、次の瞬間にはキッと表情を引き締める。


 ── 知将クラウス、こいつは、オフィーリア、お前がやれ。──


(ノア様の命令は絶対……)


「知将クラウスの首、今日こそは討ち取るぞ。手筈は整っているだろうな?」


 オフィーリアがそう言って檄を飛ばすと、将兵達に戦慄が走った。


 この日のうちにクラウスの首を討ち取れなければ、どれだけオフィーリアが不機嫌になるかわかったものではない。


 オフィーリアが今日と言ったら今日なのだ。


 兵士達は敵よりもオフィーリアの方がずっと怖かった。


(さすがはBクラスの統率力と武略。だが所詮はBクラス……)


 オフィーリアはすでに数日前から軍を3つに分けて、手を打っていた。




 クラウスは背後からのプレッシャーが少し和らいだのに気づいた。


(やけに静かだな)


 訝しがっていると、先行していた斥候からの報告が入ってくる。


「申し上げます。敵兵2000がこの先、前方に待ち構えております」


「なんだと!?」


 オフィーリアは全軍で後ろから追いかけていると見せかけて、こっそり別動隊を先行させていた。


 夜に強い者達を選抜し、昼夜を分たぬ強行軍で回り込ませていたのだ。


 こうして挟み撃ちの態勢は整った。


(くっ、万事休すか)


「なんてね」


 クラウスはこの報告を聞いてむしろ幾分かホッとした。


 一見挟み撃ちの態勢を取られたかのように思われるが、実は途中に地元の人間しか知らない細い小道があった。


 人一人しか通れない上、パッと見では気づきにくい小道だった。


(さすがのオフィーリアもこの道には気づかなかったと見える)


 この先で待ち構えているということは細い道に逃げれば、オフィーリアの狙いをかわしたということだ。


 さすがの彼女も少し混乱してこちらの動きを見失うだろう。


 そのうちにファイネン領の本隊8千と合流すれば、さらに時間が稼げる。


 クラウスは細い小道に急いで駆け込んで背後を振り返り、追撃が来ないのを確認して胸を撫で下ろす。


(よし。ここを抜ければだだっ広い平地に出れる。ん? だだっ広い平地?)


 クラウスはふと自分の心の中に入り込んだワードに違和感を覚える。


 だだっ広い平地。


 それはオフィーリアが会戦を仕掛けるのに都合のいい地形ではないか?


 しかし、すでにクラウスはこの小道を抜けるよう命じてしまった。


 部隊は止まらない。


 そうして、小道を抜けてようやく一息ついた兵士達が眼前にしたのは、だだっ広い平地とオフィーリアが密かに回しておいた部隊だった。


 しかも、弓兵主体である。


 エルザはすでに平野一帯をその射程内にカバーできるよう弓兵部隊を展開済みだった。


「ひっ」


 クラウスの部隊は軽装歩兵。


 展開して待ち構えた弓兵による射撃に耐えられるはずもなかった。


 クラウスの脳裏に過去の出来事がよぎる。


 それはボルダ戦役でクラウスが奇襲を成功させた際のことだった。




「はっはっは。命拾いしたな我々は。敵軍に魔将軍ゼキエルがいなくて」


 クラウスの上官はそう言った。


「魔将軍ゼキエル? 誰ですそれは?」


「10年以上前、我々人類圏を脅かした魔族軍の将軍だよ。10万の兵を率い、3つに分けて自在に操り、人類軍を蹂躙し、我々の領土の2割を削り取った。あまりにも強すぎるため、魔王すら恐れをなして投獄したとされる伝説の魔将軍だよ」


「ご冗談でしょう? 10万の兵をそんな風に操れるなんて。そんな将軍いるはずがありません」


「それがいるんだな。まあ、とにかく我々は助かった。奴がいればお主の奇襲作戦も立ち所に見破られ、逆に今ごろお主の命はなかったであろうな」


 クラウスは年寄りの戯言(たわごと)として、話半分に聞いておいた。




 クラウスは今、目の前でその戯言を目撃している。


(まさか本当に実在したとは。万軍を自在に操る統率力と武略。魔将軍ゼキエルと同等の力。これが(最強)クラスの……)


 弓兵から矢が放たれる。


「伏せろっ」


 クラウスの軍は地べたに伏せることでどうにか第1射をやり過ごすも、背後から聞こえてきた大勢の足音で敗北を悟る。


 地に伏せた状態で背後から騎兵がくれば踏み潰される他ない。


 どう足掻いても勝ち目はなかった。


 クラウスは降伏した。

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