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第37話 斥候と伏兵

 夜、オフィーリアが領主の隣でスヤスヤ眠っていると、突然、角笛の音が聞こえてきた。


 オフィーリアはベッドから飛び起きて、戦装束に身を包み物見の塔へと急いだ。




 物見の塔にたどり着いたオフィーリアは、星の位置から時刻を0時頃と推測した。


 西の方角に火の手が上がっている。


 ファイネン領の方角だった。


 他の方角は特に異変がない。


(やはり仕掛けてきたのはファイネン公か)


 事前に予測していた通り、バラバラに仕掛けてくるつもりだろう。


 おそらくオフィーリアが出撃した後にあとの2国も攻撃してくるはずだ。


「こんな夜中に敵襲か?」


 少し遅れてノアがあくびをしながら現れる。


「どこのどいつだ? 仕掛けてきたのは」


「今のところ火の手が上がっているのはファイネン領の方角だけです。他の2国に動きはありません」


「そうか。やはりバラバラに来るつもりか」


 ノアは(まぶた)をこすってどうにか眠気を覚まそうとする。


 オフィーリアはその様子にクスリと笑う。


「眠っていて構いませんよ。この様子だとここまで攻めてくることはありません。私を誘き寄せるつもりでしょう。本当の勝負は明日からです」


「そうか。じゃ寝るわ」


「ええ、おやすみなさい」


 ノアは再び自分の寝室へと戻っていった。


 オフィーリアも少しの間、夜空に煌々と燃えるオレンジ色の光を見ていたが、やがて寝室へと戻る。


 城内の守備兵達は2人の放胆さに呆れるばかりだったが、主人が眠っている以上起きていても仕方がない。


 守備兵達も夜勤の者以外、眠りについて英気を養うことにした。




 翌朝、日が昇り始めると同時にオフィーリアは飛び起きて、手早く食事をとると、馬に乗って出撃した。


 彼女の出撃の知らせが飛び交うと、城内の兵士達はあたりに散らばり、各農村で準備していた農民兵達をかき集め、彼女の後ろに続いた。


 やがてオフィーリアの軍勢は1万5千にまで膨れ上がり、国境付近まで駆けつける。


 その後、城下にも開戦の噂が駆け巡ると、案の定、ノアの下に大商人達から苦情が殺到した。


「戦争が始まるなんて聞いてない」


「我々の財産を守ってくれないと困る」


「なぜ早く敵を撃退しないのです?」


 これらの商人達の問い合わせにノアはいちいち対応して、彼らを落ち着けるとともに勇気づけた。


 すでにオフィーリアが出撃して敵を撃退しに国境付近へと向かったところだ。


 城下が戦火に塗れることはない。


 君達は安心して商業活動に励みたまえ。


 ただ、国境付近で商品を運ぶと敵に襲われかねないから注意すること。


 また、街道は兵士達が移動するから、邪魔にならないよう大規模な荷車の運搬は控えること。


 もし、これらのために邪魔になろうものなら、君達の商品の安全は保障できない。


 そうやって商人達に対応しているうちに1日が終わっていた。


 あと聖女は逃げた。


 翌日、ノアが他2国への対応のために担当の小隊長達に指示を出していると、オフィーリアが国境を越えて、ファイネン領に侵入したという知らせが届いた。




 アークロイ領に侵攻したクラウスは、畑や集落を焼き討ちしながら、大商人の所有していると思しき荷車や倉庫を略奪していった。


 大商人を味方につけたノアにとって、彼らの損害を見て見ぬふりすることはできないだろう。


 なので、こうして商人の利益を脅かしながら進めば、オフィーリアを誘き寄せることができるはず。


 そうして、一夜を通して略奪を働いたクラウスだったが、オフィーリアはなかなか来なかった。


 もっと領内奥深くまで侵攻しようかと悩んでいると、クルック城の方向に人馬とオフィーリア麾下の旗印が見えたと斥候から連絡が来た。


 しかもクラウスの背後に回り込んでいる。


 犠牲覚悟で背後を遮断して逃げ道を塞ぎ、撃滅しようという狙いに違いなかった。


(ここまでだな)


 クラウスは軍を急転回させて、国境へと蜻蛉返りした。


 オフィーリアの別動隊に危うく追いつかれそうになるところを辛うじてかわし、ファイネン領へと逃げ延びる。


 国境に侵入してきたのがクラウスだと知ったオフィーリアは、馬に鞭を打って自軍を加速させた。


(きたなオフィーリア。これでひとまず第一段階は成功だ)


 背中からかつてないほどのプレッシャーを感じる。


 虎との追いかけっこの始まりだった。


 クラウスはオフィーリアの神速を知っていたので、配下の兵士達に重い鎧を破棄して全速力で所定の位置まで駆け抜けるよう指示した。


(あとは他の2国次第だ。頼むぞ)


 クラウスは祈るような気持ちで細い道に足を踏み入れた。


 この先には伏兵500名が配置してあり、オフィーリア軍に奇襲して足止めしてくれる手筈になっていた。




 正午を過ぎた頃、クラウスはいったん休みをいれようとした。


(少しは距離を稼げたかな?)


 鎧を脱ぎ捨てて全速力で走ってきたのだ。


 しかもこちらの軍勢は実は2千人程度だった。


 1万人以上で追いかけてきたオフィーリアに捕捉できるはずがなかった。


 加えて伏兵によって多少なりとも痛手を受けたはず。


 出鼻を挫かれたオフィーリアは警戒しながらおっかなびっくり兵を進めているに違いなかった。


 しかし、いつまで経っても伏兵に襲われて混乱するオフィーリア軍の戦闘音が聞こえてこない。


(少し早く逃げすぎたかな?)


 あまりに早く逃げ過ぎて、オフィーリアが帰ってしまっても困る。


 クラウスは一応斥候を背後にやった。


 すると、10分もしないうちに血相変えて帰ってきた。


 オフィーリアの軍が真後ろまで迫っているとのことだった。


「何っ!?」


 仰天したクラウスは、昼飯を中断して、再び全速力で逃げ出した。


(バカな。兵力は向こうの方が圧倒的に上。なぜここまで速く動ける? それに伏兵達は何をしているんだ?)


 オフィーリアは地形から伏兵を見抜き、騎兵部隊を先行させながら軍を進めていた。


 オフィーリアの騎兵部隊は、ノアによってあらかじめ選抜されたスキル斥候の持ち主達だった。


 斥候のスキルを持っている騎兵は、伏兵を高確率で見破ることができる。


 そうして、茂みに隠れた敵の伏兵を見つけ出すや矢を射かけたり、槍で突いたりして排除したのだ。


 そして、また全速力でクラウスの本隊を追いかけた。


 今、先頭の騎兵がクラウス軍の最後尾に目と鼻の先まで詰め寄っていた。


 クラウスの耳にも馬の(いなな)きと足音が聞こえている。


(やばい。戦闘を仕掛ける気か?)


 クラウスは青ざめた。


 今、戦闘になれば勝ち目はない。


 向こうの兵力はおよそ5倍以上。


 しかもこちらは身軽になるために鎧を脱ぎ捨てている。


 せめてどうにか次の伏兵ポイントまでは逃げ切らなければ。


殿(しんがり)を犠牲にして逃げるべきか?)


 クラウスが迷っていると、足元がぬかるんでいることに気づく。


 クラウスはホッとした。


 これで敵騎兵の速度は落ちるはずだ。


 いくらオフィーリアの騎兵といえどぬかるみの中を全速力で走ることはできまい。


 その日は、辛くも伏兵のいるポイントまで逃げ切ってどうにか夕暮れを迎える。


 流石にオフィーリアといえど見慣れぬ土地で夜の暗闇の中、仕掛けようとは思わなかったようだ。


 背後から感じるプレッシャーが弱まり、クラウスはようやく生きた心地がする。


 クラウスは足腰よりも肩にドッと疲れを感じながら浅い眠りについた。


 それほどオフィーリアに追撃されるのは精神を消耗させるのだ。


 朝が白み始めた頃、容赦のない命懸けの追いかけっこが再び始まった。

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