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第36話 クラウスの計略

 知将クラウス。


 魔族軍との一大会戦、ボルダ戦役にも参加したことのある実戦経験も豊富な騎士である。


 その知謀によって、数々の戦争において自軍を勝利に導いてきた。


 アークロイの外での戦にも精通しており、この僻地においては珍しい男であった。


 オフィーリアがアークロイに来るまでは、ここら一帯で随一の戦略家として名を馳せており、本来40歳以上でなければ参加できない重臣会議に、若くして参加することを許されている唯一の男でもある。


 変わり者としても有名であり、領主が褒美を提示しても、土地よりも会議中に煙管(キセル)を吸う権利が欲しいと言って、封土を断るのであった。


「随分と自信があるようだな。クラウス」


 重臣達の間でも殊更慎重派の者が重々しく口を開いた。


「オフィーリアとルーク領の砦を陥とした弓兵をどうするつもりだ?」


「オフィーリアと戦う必要はありませんよ」


 クラウスはポンと煙の輪っかを吐き出しながら言った。


「オフィーリアが出てきたら逃げればいい」


「逃げる? どういうことだ?」


「順を追って説明しましょう。私の思い描く絵図を」


 クラウスは煙管に詰まった灰をトントンと灰皿に落としながら話し始めた。


「まず、我々反アークロイ公同盟の3国がなぜ開戦に踏み切れないのか。国力ではほとんど同じな上、三方を囲んでおり同時に仕掛ければ勝算は高いのに。それは単に連携が取りづらいこと。そしてオフィーリアに恐れをなしているからです」


 クラウスは新しくタバコを詰めた煙管(キセル)に火をつける。


「では、オフィーリアの第一軍がアークロイ領から離れたとしたら? 我々3国は争うようにして、アークロイ領を切り取ろうとするはず。違いますか?」


「おお、確かに」


「だが、オフィーリアの第一軍が離れるなど……いったいどうやって?」


「そこで我々がオフィーリアを誘き寄せる役割を引き受けるのです」


 クラウスは一口吸って、煙を吐き出す。


「まず、我々はアークロイ領に奇襲を仕掛けます。そして、オフィーリアを誘き寄せたところで退却。我が領内には至る場所に難路や狭い道があります。いくらオフィーリアが神速の将といえど、地理に不慣れな我が国で兵を動かすのは容易ではありますまい。そうして難路に誘き寄せ、逃げ回っているうちに、戦争は長期化するでしょう。そのうちに他の2国が勇気づけられて参戦してくる。そうなればどうなります?」


 ファイネンの重臣達はすっかり聞き入る。


「いくらオフィーリアが化け物といえど体は一つしかありません。我が領内で戦いながら同時に別の2方向から来る敵に対処することなど不可能でしょう。無論、これでも勝負は五分五分です。しかし、我々は勝つ必要はありません。引き分けに持ち込めばよいのです」


 煙が部屋に立ちこめるが、重臣達の頭は冴え渡っていた。


「お互いに国土への侵入を許せば、どちらの方が損害は大きいでしょう? 商業の発展しているアークロイ領の方です。城を陥すとまではいかなくとも、城下町が焼かれて、商業を阻害することになれば、商人達の信を失い莫大な国富を失うことになります。大商人達はアークロイ領から屋敷を引き上げ、アークロイ公は財を流出させる。より大きな損失を出すことになった時、皆様ならどうします? 戦争はやりたくない。そう思うはずです。これが何を意味するかお分かりですか? こちらに有利な講和を結ぶチャンスだということです。我々は長期戦も辞さないという強気な姿勢を示すのです。こうして我々はオフィーリアと直接対決せずとも勝利を収めることができるというわけです」


「おおお。なるほど。そんな手が」


「2手3手先まで読んだ完璧な知略」


「流石は知将クラウスだな。その智計神の如し」


「よし。クラウスよ。本日よりそなたを総司令官に任命する。万事指揮を取ってくれ」


「かしこまりました。(つつし)んでお引き受けいたします」


 その日から、クラウスは総司令官となり、戦の準備に取りかかった。


 国内で長期戦ができるように兵糧を溜め込むと共に、要所に伏兵を置くための基地を設置する。


 それと同時にオフィーリアを誘き寄せる作戦を他2国キーゼル領とヴィーク領にも伝えた。


 他2国はオフィーリアと直接戦わずに済むのならと前向きな返事を寄越してくる。





 知将クラウスが計略を進めている頃、ノアとオフィーリアもファイネン、キーゼル、ヴィークの3国との決戦が近付いているのを感じ取っていた。


 特にファイネン領が最も好戦的なのは明らかだった。


 籠城に備えて、兵糧を溜め込んでいるという情報がそこかしこから伝わってくる。


 2人は戦争の進め方について話し合った。


 三方にそれぞれ1万の軍と城が控えている。


 どのように対処するべきか。


「先手を打ってこちらから攻めるのがよろしいでしょう。先手必勝です。最も好戦的なファイネン領の領主を討ち取りましょう」


 オフィーリアはそう言った。


 ノアはファイネン領との国境沿いの拠点に兵力を集めると共に宣戦布告の大義名分を準備した。


 だが、向こうの方が防備を整えるのが速そうだった。


 徹底抗戦されれば攻め滅ぼすのに少し時間がかかりそうだ。


 また、ファイネン領に攻め込んでいる間に他の2国に攻められればひとたまりもない。


 オフィーリアもそれを認める。


 2人は敵に先手を打たれた場合のことを話し合った。


「敵が三方から同時に攻めてきた場合、どうする?」


「引きつけてから、分断し、各個撃破するのがよろしいでしょう」


 もっともだと思ったので、ノアはこの案を検討することにした。


 調べてみた結果、三方から攻めてくる敵を分断するのは簡単にできそうだった。


 敵がこちらの領内で合流するのは相当難しい。


 要所に兵を配置するだけであっさり敵の合流を阻むことができる。


 ノアは要所に兵を配置すると共にオフィーリアが領内を高速移動できるよう可能な限り道路を整備した。


 城下町だけ細く入り組んだ道路にしたものの、それ以外の街道は、軍馬が大量に移動できるよう広く道を取り、そのルートには店や家屋を建てることを禁じた。


 ただ、これにも問題があった。


 軍を2つ以上に分ける必要がある。


 一方で敵の進軍を阻む隊、一方で敵を叩くための隊。


 どうしてももう1人、オフィーリア以外に軍を率いる将が必要だった。


「しかし、敵の統率と武略も低いのでしょう? 統率Cクラスの将でも勝てるのでは?」


「そうとも限らない。向こうには知将クラウスがいる」


 数々の奇策と智計によって、戦争を勝利に導いてきた経験のある武将。


 以前、一度だけノアの主催するパーティーに出席したことがある。


 そこで鑑定してみたところ、彼のスキル・ステータスは以下のような感じだった。



 クラウス

 統率:B→B

 武略:B→B

 外交:B→B

 謀略:B→B



「統率、武略、外交、謀略に優れた将……ですか」


「ああ。つまり、外交で味方の国を増やし、謀略で敵を操り、武略で戦場の駆け引きにも勝ち、一軍の将も務めることができる、というわけだ」


「なるほど。まさしく知将と呼ぶに相応しい者ですな」


「ここら一帯では最も厄介な敵将だ。知将クラウス、こいつは、オフィーリア、お前がやれ」


「御意」


 オフィーリアの目が据わる。


 クラウスを最優先排除目標に定めたのだろう。


「キーゼル公とヴィーク公はどうしますか?」


「そっちは俺がなんとかする」


 最後に2人は敵がバラバラのタイミングで仕掛けてきた場合を検討した。


 調べてみたところ、意外とこれが一番こちらの被害が大きくなりそうな上、敵側にとって現実的なプランかもしれなかった。


 オフィーリアが敵領まで誘き寄せられた状態で、他の2国に急襲されたら、最悪城下町の大商人屋敷に被害が出ると共に戦争が長期化して、不利な講和に追い込まれるかもしれなかった。


 ファイネン領の動きを見ても、このプランを狙っている痕跡がいくつも見られた。


(オフィーリアが領地の外に誘き出された時のために、もう一人将を用意する必要があるな。オフィーリアがファイネン公を倒すまでの間、領地を守る防御のスペシャリストを)


 ノアは小隊長の中からこの任務に適した者をピックアップし始める。

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