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第35話 ファイネン領の知将

 翌日、ノアは再び使者と面会した。


「それで、評議の結果はどうなりましたか?」


「ああ。評議にかけた結果、いくつか疑問点が出てな」


「と、言いますと?」


「まず、ディーシュ族以外の部族がなぜ俺の下に使いを寄越さないかだ」


「他の部族の内情は分かりかねますが、それぞれ何か事情があるのでしょう。特段、他意はないと思いますよ」


「ふむ。では、なぜ君達は他の部族と同盟を結ぼうとしないのかな?」


「……」


「悪鬼に協同して当たる味方を探すのであれば、まず近くの部族と連合して当たるのが先決ではないのか?」


「うーむ。そうなんですよね。実のところ、我々も彼らと連携するべく努力はしているのですが……」


 使者はあからさまに話をはぐらかし始めた。


 やはり今回の同盟の裏には鬼人の部族間同士の軋轢も関係していそうだ。


 さしずめノアの権威を利用して、他の部族に対し優位に立ちたいといったところか。


「家臣達の間でもそこが最大のネックになっていてな。鬼人の部族すべての間で話がまとまるまで、深く介入すべきではない、というのが評議での結論だ。よって、君達の里に進駐することはできない」


「しかし、ノア様。それでは悪鬼による侵入や助けを求めている我々のことはどうするおつもりで? 前領主と同様見捨てられると、そう申されますか?」


「もちろん君達のことを見捨てるつもりはない。悪鬼との領地の境に前線基地を作ろうと思っている」


「前線基地……でございますか?」


「うむ。悪鬼を牽制するための前線基地だ。これにより悪鬼の侵入をかなり和らげることができるだろう。そっちへ攻撃する者も少なくなるはずだ。あとは自分達の力でなんとかしてくれ」


「……」


 鬼人の使者は何か考えごとをしているようだが、それ以上は思い浮かばないようだった。


 結局、その条件をのみ、自分達の部族へと持ち帰っていった。


 翌日から兵5千人と築城適性の高い者を派遣して、要塞造りに当たらせた。


 辺りにいた悪鬼をたちまちのうちに駆逐すると、陣地を構築し、建築作業をさせる。


 周囲から豊富に採れる木を切り倒し、石を運び出して、せっせと要塞を作らせる。


 築城は瞬く間に進み、やがて悪鬼の巨軀をもってしても到底越えられない壁と反撃施設、補給のための橋と船着場などが建設されて、ちょっとした基地が出来上がる。


 悪鬼はどれだけ攻撃しても犠牲が出るばかりで基地を攻略できないことが分かると、勢力圏を大幅に後退させ、森の奥へと逃げ込んだ。


 そうしてディーシュ族の願いを叶えてやったにもかかわらず、彼らの方からお礼の使者が来ることはなかった。


 仕方なくこちらから使者を送ると、ディーシュ族は渋々交流の席を持つ。


 すると鬼人族の内情がわかってきた。


 使者が探りを入れたところ、彼らは悪鬼との抗争よりむしろ鬼人同士で激しく抗争している実態が見えてきた。


 ノアはうっかり相手の口車に乗せられそうになるところをすんでのところで回避できて、ホッとするのであった。




 アークロイ地方の国の1つ、ファイネン領の重臣達は慌てていた。


 アークロイ公は敵対国に囲まれている。


 塩と鉄の流通さえ阻害すれば簡単に干上がるはず。


 そう考えたからこそ、ファイネン、キーゼル、ヴィークの3国で同盟を組んで敵対姿勢を保ってきたのだ。


 なのに、今のアークロイ領の繁栄ぶりはどうだろう。


 干上がるどころか日に日にその潤いは増していき、今や僻地とは思えない都会のような喧騒を誇っていた。


 3国から見ても、アークロイ領民の暮らし向が向上しているのは明らかで、衣服や道具が上等になったり、食事が一品追加されたり、余暇を楽しんでいる様を3国の人々は羨ましそうに眺めるばかりであった。


 逆に3国はというと、経済制裁が裏目に出て商人達からそっぽを向かれ、日に日に商品が手に入りづらくなっていた。


 物価は上がり、領民達の暮らし向きは悪くなる一方だった。


 3国の支配層へは商人や農民からすらも不平不満が相次ぎ、領主に対しノアとの和解を求める声は高まるばかりだった。


 ノアに鬼人族達の抗争に深入りさせる策も空振りに終わった。


 ディーシュ族に入れ知恵(いれぢえ)したのは、実はファイネン公だったのだ。


 3国の連帯にも動揺が走っており、領内の騎士の中にも、領主を見限ってノアと繋がりを持とうとする者がで始めており、ファイネン領の重臣達はいよいよ追い詰められていた。


「まずいぞ。騎士ベナールがアークロイ公に鞍替えしたそうだぞ」


「ベナールまでもが!?」


「話が違うではないか。塩と鉄さえ制限すれば、アークロイ領は簡単に干上がるということではなかったのか?」


「ユーベル大公は何をしておられる。領地返還命令はいったいいつ効力を発揮するのだ?」


「外交で茶々を入れるだけで、何の援助もしないつもりか?」


「無責任すぎる」


「他の2国も連帯に及び腰になっている。もうここいらでアークロイ公と和解するべきでは?」


「バカな。あのうつけに頭を下げろというのか」


「あの乱暴者が謝罪だけで済ませてくれればいいがの」


「領地を削られるのはイヤじゃぁ」


「ええい。こうなったら、全面戦争じゃ。あのうつけに目にモノ見せてくれる」


「しかし、そうなればオフィーリアと戦わねばならぬぞ。誰があの化け物と対決するというのだ?」


「誰か総司令官を務めようという勇者はいないのか?」


 ファイネン公がそう問いかけると、重臣達は全員サッと顔を背けて黙り込む。


 自分は絶対やりたくないという意志の表れだった。


「まったく国を代表するお歴々が揃いも揃って情けない」


 末席に座る煙管(キセル)を咥えた男が、(うそぶ)いた。


 会議の席に座っていた者達は皆、彼の一言にハッとした。


(そうだ。この国にはまだこの男がいた)


 すでに引退間近の老人達の中で唯一の若輩者だが、その佇まいには1番落ち着きがあった。


 そして騎士であるにもかかわらず、衣服を着崩していて、どこか道楽者を思わせる佇まいだった。


「お歴々が遠慮なさるのなら、このクラウスが一軍の将を務めさせていただきますよ」


「おお、やってくれるか。クラウス」


「そうじゃ。我々にはお主がおった」


「知将クラウス」


「いかにオフィーリアが豪傑といえど、知将クラウスの計にかかれば網にかかった大魚のようなものよ」


「うおお。頼むぞクラウス」


 列席する重臣達は熱烈に騎士クラウスを支持した。


(オフィーリア。どれだけ強いといってもこの僻地での話。魔界領の戦役にも参加したことのある私からすれば青二才よ)

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