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第34話 鬼人の使者

 騎士ヴァーノンの訪問が一段落した頃、ノアの下に変わった使者が訪れた。


 鬼人の里からの訪問者である。


「鬼人の里?」


「ええ。悪鬼に占拠されていた街ドレッセン、その先にある山、そのまた向こうにあるホーンズの森、その森の中にある鬼人の里からやってきたようです」


 オフィーリアが言った。


「山の向こうにも鬼人が住んでいるのか?」


「そのようです。山の向こう、悪鬼が沢山住んでいる里にも鬼人達は住んでおり、コミュニティを形成しているようです」


「悪鬼は鬼人のことを自分の子供と認めないんじゃなかったのか?」


「はい。ですから、悪鬼の里と鬼人族の里は対立しているようです。戦争が起こることもしばしばだとか」


「その鬼人がわざわざ山を越えて俺の領地まで来ていると? いったいどういう用件だ?」


 オフィーリアは肩をすくめた。


 こればかりは彼女にも聞いてみなければわからない。




 ノアが使者として訪れた鬼人を謁見の間に通したところ、確かに角の生えた男がそこにいた。


 しかも、使者として相応しい落ち着きも備えている。


 ドレッセンの鬼人達に見られる父親から虐待された者特有の怯えた様子はない。


 ノアの前世、日本で見られた着物に近い衣類を羽織っており、貴族階級を思わせる物腰の柔らかさだった。


 山の向こうの鬼人の里が農業を営んでいるというのは本当のようだ。


 文化レベルの高さが窺える。


 だが、城に住まわせている鬼人の子供達は、彼のことが怖いようだった。


 せっかく和ませようと同席させたのに、ファウナは鬼人の使者を一目見るやギクリとして奥に引っ込んでしまった。


「すまない。普段は誰にでもすぐ(なつ)く子なんだが」


「いえ、お気遣いなく。おそらく血の匂いを感じ取ったのでしょう」


「血の匂い?」


「はい。先日、我がディーシュ族と悪鬼との間でかなり大規模な戦がありましたものですから。私もその戦いに参加し、何体か悪鬼を殺しました。その時についた返り血の匂いがまだ取れていないようです」


「……」


「彼女はおそらく父親から暴力を振るわれていたのでしょう。私は鬼人の両親から産まれたのでそのような目に遭わずに済んでいますが、悪鬼と鬼人との混血に産まれた鬼人は、ほとんど例外なく彼女のような目をしていました」


「そうか。1つ聞いてもいいか?」


「はい。なんでしょう」


「山の向こうで、君達、鬼人族は悪鬼族と抗争を繰り広げていると聞いているが、一応、君達は悪鬼に近い種族なのだろう? 悪鬼を殺すことに良心の呵責などはないのか?」


「ありません。というのも、我々鬼人の中に悪鬼を同一種族とみなす者はほとんどいないのです」


 鬼人はしみじみとした口調で語る。


「我々としても悪鬼のことは害獣のようにしか見られません。おそらく遠い祖先で血の繋がりがあったのだろうとは思われますが、それでも彼らのことを同一人種とみなしたことはありません。彼らは我らの田畑を襲い、女を攫い、問題を起こすばかりの存在なのです。我々としてもほとほと困り果てております。たまに我々鬼人の娘も彼らに無理やり子供を孕まされますが、ほぼ例外なく悪鬼は父親としての責務を果たさず、母子共々我々に保護を求めてきます」


「そうか。それは大変だな」


「ええ。そもそも彼らは自ら望んで魔の道に堕ちた者達。たまに無理矢理魔の道に堕とされる者もおりますが、ほとんどの悪鬼には同情の余地もありません。むしろ我々は人族の方に親しみを覚えます。先ほどの彼女。鬼人の娘も悪鬼より人間の方に懐くのではありませんか?」


「そうだな。いや、よく答えてくれた。君達と我々が近しい存在だということがよくわかったよ。それで今回の訪問、いったいどのような用向きだ?」


「はい。先ほども申し上げた通り、我々ディーシュ族の里も悪鬼によって度々襲撃を受けて困っております。そこでアークロイ公に我々ディーシュ族と同盟を結んでいただけないかと思いまして」


「同盟?」


「はい。アークロイ軍に我がディーシュ族の里まで進駐していただき、悪鬼の脅威から我々を守っていただきたいのです。もし、アークロイ公がこの同盟を結んでくださるのであれば、我々ディーシュ族は領主様に服属し、年貢を納める準備もございます」


「……」


「実は前領主クルック公とも同盟自体は結んでいたのです。しかし、彼らは我らを守るどころか、逆に悪鬼によって領土を取られてしまう始末。年貢を納めても、悪鬼の脅威は一向に収まらず、そればかりか勢いづかせてしまうばかり。我々の長も同盟を打ち切りました。しかし、ノア様は前領主とは違います。悪鬼に対しても果敢に戦いを挑み、ドレッセンから見事悪鬼供を駆逐したと聞いております。我々ディーシュ族の者供もノア様の武勇にはいたく感服いたしました。そこでこの同盟の話を持ちかけに参った次第でございます」


「うむ。我々としても悪鬼のことについてはなんとかしなければと思っている。ところで……」


 ノアは同盟については答えをはぐらかして、鬼人の里の様子についてできるだけ多くのことを尋ねた。


 その結果、鬼人の里では、農業、言語、風習、宗教までアークロイ領とほとんど変わらないことがわかった。


 むしろ、定期的にアークロイ領の商人がやってきて、様々な文物をもたらし、鬼人の里の方から積極的にアークロイ領の文化を吸収しているそうだ。


 また鬼人の勢力圏では、主に7つの部族がいて、それぞれが領土を主張し、勢力を争っている。


 一見、彼らとの同盟は建設的に思えた。


 使者の人柄にも好感を持った。


 話している限り、この青年は若いにもかかわらず、そのハキハキと喋る様子からは頭がよく、度胸もあり、気が利くことが見て取れた。


 このような者を見出し、使者として派遣しているあたり、彼の主人の器も知れるというものだ。


 ディーシュ族の長も相当の器に違いない。


 鑑定する限り戦闘能力も相当高い。


 嘘も言っていないようだ。


 だが、しかし。


 彼の言うことだけを鵜呑みにして、まだ未知の領域であるホーンズの森の情勢に深入りしてもいいものだろうか。


 ノアは使者のために部屋を用意して泊まるように言い、返答は保留した。


 家臣達を呼んで評議にかける。


 すると家臣の意見は賛成と反対に分かれた。


「よいではありませんか。彼らを味方に取り込めば、悪鬼の討滅も可能でしょうし、我が軍はますます充実します」


「彼らが服属してくれるのであれば税収も増えます」


「ホーンズの森は元々クルック領の一部。我らが統治下に収めても問題ないでしょう」


「むしろ、ここで断れば逆に領地を放棄したと見做されて沽券に関わるでしょうな」


「領主様。山の向こうからは度々悪鬼が来襲し、領地を脅かしていることが報告されています。彼らと手を組めば、悪鬼の侵入を防げるのでは?」


「鬼人族は騎兵適性の高い者が多いと聞きます。彼らを騎兵として用いれば、我らがアークロイ領の国力は飛躍的に高まるでしょう」


「鬼人の者供が向こうから服属を申し出てくることなど滅多にありません。鬼人を従えたともなれば、この大陸における殿下の名声はますます高まることになりましょうぞ」


「殿下。ホーンズの森の向こうにはまだ未開墾の地が多くあると聞きます。鬼人の者達を屯田兵として活用すれば、領地が大幅に増えること間違いありません」


「逆にこの機会を逃せば、次にこの話が来るのはいったいいつになることやら」


「しかし、話がうますぎるのでは?」


「我々を利用するだけして、自分たちは責務を果たさないつもりかもしれませんぞ」


「領主様。ファイネン、ヴィーク、キーゼルの3国との緊張が高まっていることを忘れてはなりません。鬼人の問題にばかり注意を向けていると、3国に足を(すく)われかねませんぞ」


 このように慎重論もあるにはあったが、前向きな意見が大勢を占めていた。


 ノアは1つ気になっていた疑問を投げかけてみた。


「ディーシュ族が我らに服属を求めているのだとしたら、なぜ他の部族は我々に使者を送らないのかな?」


 そう言うと、全員訝しむような顔をする。


「それは他の部族が我々に使節を送る準備ができていないからでは?」


「しかし、こうも考えられないか? 遠くにいる我々と同盟する前に、まず近くにいる鬼人の部族と同盟を結ぶべきだと。そしてもし同盟を結んでいるのなら、共同で使節を寄こすか、同盟の代表者として使者を寄こすべきではないだろうか。まあ、つまりだな。鬼人の部族の中には、我々と同盟を結ぶことに反発している部族もいるのでは? そして、もしそんな中で先走ってディーシュ族と同盟しようものならどうなる?」


「部族間同士の抗争に巻き込まれる可能性が高いですね」


 オフィーリアが答えた。


 そこでようやく家臣達もハッとする。


「悪鬼と戦いながら、他の鬼人部族との抗争にも巻き込まれるとなると、かなりの兵力を割くことになりかねません。いかに我が軍が精強といえど激しく消耗することになるでしょうな」


 それまで前向きだった家臣達は慌てふためく。


「な、なんとそのような狙いが」


「冗談ではないぞ。とんでもないことに巻き込まれるところだった」


「鬼人の奴らめ、自分達の勢力争いに我々を利用しようとは。味な真似を」


「しかし、いくら彼らに服属する気がないとしても、領地に近い部族を敵に回すのはまずいのでは?」


「鬼人に対して弱気な姿勢を示せば、それはそれで舐められるかも……」


「ふむ。オフィーリアはどう思う?」


「現状、情報が少なすぎるため、なんともいえません。そこで、ディーシュ族との境目の地に前線基地を建設することを進言します」


「前線基地?」


「はい。悪鬼の勢力圏と鬼人の勢力圏、そして我々の勢力圏の3つの境目となる場所に築城に適した地点があります。3つの河川が交わっている場所で補給と防御に適している地点でございます。周囲には木々や石切場もあるので、資材を集めるのにも大した労力はかかりません。ここに要塞を建設すれば、悪鬼への牽制にもなりますし、彼らへの義理も果たすことができましょう。我らが領地への侵入を防ぐことにもなります」


「ふむ。しかし、そのように要塞化に適した場所があるのになぜ鬼人や悪鬼はそこを占拠して自分達で要塞化しないのかな?」


「それだけの知恵がないか、その地点の軍事的価値に気づいていないか、あるいは要塞建築に割くだけの資金や労力がないのでしょう」


「なるほど。よし。わかった。それでいこう」

読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。

なかなかランキングに露出できないので、ちょっと試しにまとめて投稿を実施してみようと思います。

日曜にまとめて5、6話投稿してみるつもりです。

その間、毎日投稿は一旦お休みすることになりますが、ご容赦ください。

今後とも応援よろしくお願いいたします。

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