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第31話 髪飾りとドレス

 ノアは城の休憩所をのぞいてみた。


 休日行くところのない家臣達のために開放しているスペースである。


 城内住みの者達が(たむろ)している中、ルーシーが暖炉の前でくつろいでいるのを見て、ノアは満足する。


(よしよし。ちゃんと休んでいるな)


「おや。領主様」


 ノアも休憩室の隅で腰掛けていると、ルーシーの方から寄ってきてわざわざ挨拶してくる。


「おう。ルーシー。ちゃんと休みを取ってるみたいだな」


「はい。最近はあんまり荷物を運んでも稼ぎが増えないような気がして。待つことも覚えました」


「うん。いいことだ」


「最近は、少しだけ贅沢するようになったんです」


「ほう。何か買ったのか?」


「見てください。靴下を買い替えました」


 ルーシーは長いスカートの(すそ)少しを(まく)って、質素なベージュの靴下を見せる。


(ただの日用品じゃねーか)


「以前の靴下は少しすり減っていましたからね。この新調した靴下のおかげで寒空を飛行している時もポカポカです」


(しかも仕事用かよ)


「ルーシー、次の休み俺の買い物に付き合え」




 次の休みの日、ノアとルーシーはお忍びで婦人用の雑貨を取り扱っている露店を訪れた。


 ルーシーも流石に興味はあるらしく、店に飾られた婦人用の服飾品を物珍しげに見ていたが、結局、その視線は値札の方に吸い寄せられるらしく、値札を手に取ると何事かを計算するように顎に手をあてながら繁々(しげしげ)と見入っていた。


 ノアはため息をつく。


 筋金入りの仕事人間であった。


「こら。ルーシー。休み中だぞ」


「わわ。すみません」


「ほら、これとかつけてみろ」


 ノアはルーシーの髪に髪飾りをつけてやる。


 花柄の髪飾りは飾り気のないルーシーに文字通り花を添える。


 ルーシーは鏡に映った自分の姿を見て恥ずかしそうにする。


「あわわ。こんな髪飾り付けても飛行の邪魔になるだけですよ」


「いいんだよ。お前はもう少し無駄遣いを覚えろ。休みの日はそれを付けるんだぞ」


 ルーシーはこそばゆそうにしながらも髪飾りを受け取った。


 休みの日は照れながらも髪飾りを付けてノアの前に現れるようになる。




 ある日、オフィーリアはいつになく可愛らしい髪飾りを付けているルーシーに気づく。


(ほう)


「珍しいじゃないか、ルーシー。君がそんな可愛らしい髪飾りを付けてるなんて」


「えへへ。領主様に買ってもらいました」


 ルーシーは頬を染めながらそう言った。


 するとオフィーリアはムッとして不機嫌になる。


「私だって、領主様に剣とか土地とかプレゼントしてもらったんだが?」


「……なに、よくわかんないことで張り合ってるんですか」


 その場はそれで別れたオフィーリアだったが、だんだんとルーシーに対する嫉妬心が湧き上がってくる。


 思えば、これまでノアに貰ったのは剣とか土地とか戦功にまつわる褒賞ばかりで、女の子らしいものをまだ贈ってもらったことがなかった。


 それを思うと、ルーシーへの嫉妬は膨らむばかりだった。


(ご主人様もご主人様だ。どうして私よりも先にルーシーにあんな可愛い髪飾りをあげたりするんだ)


 オフィーリアは数日の間、ノアの前で不機嫌になるものの、ノアは彼女の不満に気づかなかった。


 そこで一計を案じておねだりすることにした。


「ご主人様、今度の晩餐会、私も出席したいと存じます」


「ん? 君も出席するの? もちろんいいよ」


「ただ、その……着ていくものがなくてですね」


 オフィーリアは恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。


 実際、家臣の分際で主人にこのような要求をするのは彼女的にはかなり気が引けることだった。


 十分な収入は貰っているはずなのに。


 しかし、抑えきれない嫉妬心がそうさせる。


「着ていくもの?」


「はい。その、そろそろ私も社交用の服といいますか。そういうのを着た方がいいのではないかと」


(そういやこいついつもメイド服か(いくさ)用の服しか着ていなかったな)


「なんだ? 君もそういうのに興味を持つお年頃か?」


 ノアは揶揄(からか)うようにニヤニヤしながら聞いた。


「ええ。はい。そんな感じです。ただ、どういうのを選べばいいのか分からなくって」


 オフィーリアは顔から火が出そうなほど頬を赤らめる。


「その、できれば領主様に選んでいただけますとありがたいのですが」


 モジモジしながらようやくそう言うことができた。


「君ほどの権勢の持ち主なら、商人に頼めばいくらでも用意してくれるんじゃないの?」


「えっと、その……」


(うう。領主様。どうして私にだけこんな意地悪を)


 実際、いつも毅然としたオフィーリアがモジモジと恥ずかしそうにしているのは珍しかったので、ノアとしてもこの機会に楽しんでおくに越したことはなかった。


「その、やっぱりご主人様に選んで欲しいというか、なんというか。もう……、このくらいで許してください」


 オフィーリアは顔を手で覆ってしゃがみ込む。


「わかったよ。君の衣装は俺の方で選んでおいてやる」


「はい。ありがとうございます」


 その後、ノアは呉服商人達を呼んで、オフィーリアの上背でも着れるようなドレスを調達するよう命じ、彼らに手配させた。


 そうして商人達から献じられた真紅の艶やかなドレスと金のブローチをプレゼントする。


 オフィーリアはそのドレスの美しさとノアの計らいに感激する。


 ドレスを着たオフィーリアは、彼女の長身も相まって、ハッとするような迫力ある美人になった。


 以来、オフィーリアはノアが来客対応したり、社交の場を設けたりする際、そのドレスを着るようになり、訪れた客人達をメロメロにするのであった。


 客人の中には、彼女を一目見るやこの見慣れぬ美人に挑戦しようとする者もないではなかったが、彼女がアークロイ公の愛剣オフィーリアであると分かると、青ざめてひたすら畏まるほかなかった。


 オフィーリアはノアがドレスのスカートから伸びる長い美脚をチラチラ見ているのが分かると、主人のために脚を組み替えて見せることで、その肉付きのいい太ももが領主の目の保養になるよう努めるのであった。


 ノアが自分の太ももを物欲しそうに見るたびに、以前の意地悪の仕返しができて満足そうに悦に浸る。


 そうして、ノア達が家中で他愛無い色恋沙汰に花を咲かせていると、大公領から騎士ヴァーノンが訪れてきた。

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