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第28話 目覚める強欲

 港町の市場では今日も白いとんがり帽子を被った魔女、ルーシーがあちこちに顔を出して商談を行っていた。


「もう一声お願いします。これだけ買ってるんですからもう少し値下げしてくれてもいいじゃないですかー」


「在庫費用はこっちで持ってるんですから。もう少しまけてもらわないと困りますよー」


「ここで現金化しとかないと困るんじゃないですかー? 倉庫代もタダじゃないんですから」


 市場に出入りする商人達に忙しそうに話しかけては次々と商談を成立させていくルーシー。


 彼女の次々交渉を成功させていく手腕と品物を期限までに売り捌いていく力量を前にしては、海千山千の商人も歴戦の商会もタジタジになって首を縦に振るばかりだった。


 ルーシーの様子を見た(くだん)の鉄商人は、舌を巻いた。


「ほーう。あの嬢ちゃん、もう一端(いっぱし)の商人じゃねぇか」


「ああ。すっかり交渉上手になっちまって」


「スアレス商会もあの娘の交渉に値引きしちまったそうだぜ」


「スアレス商会? あの強気な交渉で有名なスアレス商会が?」


「そりゃ大事件だな」


「まあ、実際、あの嬢ちゃんの品物を捌く能力は大したもんよ。すでに今年20万トンの荷物を売り捌いたそうだぜ」


「マジかよ。もう船を持ってるようなもんじゃねぇか」


「各商会、この港につける船便を一つ追加したそうだ」


「こりゃあ、今年の荷揚げ量は過去最高を記録しそうだな」


「あの歳で港に貢献するとは大したもんだ」


「今のうちから飯でも奢っておくか?」


「しかし、それに比べてあのうつけ領主は……」


「ああ。ホントだよな」


「つくづく思うよ。なんでこれだけの商才がありながら、あんなうつけ領主に仕えているのか」


「あの嬢ちゃんが必死で値下げしたり、コスト削減したりしてるのは、あいつの無茶な買い物を支えるためだって噂だぜ。あの嬢ちゃんは流通にかかる費用負担を押し付けられてるとか」


「とんでもねーブラック職場だな」


「まったく、あんな領主に仕えたばっかりにせっかくの商才がもったいねぇことだよ」


「もう、俺達で引き抜いちまうか?」


「そいつは無理だろうな。リカール商会の会長が直々にルーシーをスカウトしに来たって話だぜ」


「げっ。リカール商会の会長が?」


「ああ、破格の待遇で副会長のポストを用意して自ら頭を下げにきたそうだ」


「それでルーシーはどう返事したんだ?」


「首を縦に振らなかったらしい。『領主様への恩義があるから』ってよ」


「くっ。なんて健気な娘なんだ」


「きっと昔の(よしみ)をいつまでも引きずってんだろうな。それであのうつけ領主が金に困ってると放っておけねぇんだよ」


「なんて悪徳領主だ」


「しかし……」


 商人の一人が不思議そうに首を傾げる。


「あいつ、どうやって一人で20万トンもの品を捌いてるんだ?」


「さぁ?」


「きっと涙なしには語れないような方法さ。あのうつけ領主にこき使われて、ボロボロになるまで働いてるんだ」


 そうして港の商人達が噂し合うものの、当のルーシーは商売を心から楽しんでいた。


 リカール商会からの誘いを断ったのも、ひとえにノアの下で働いた方がたくさん儲けられるからだった。


(うひぃー。お金儲け楽しい! もっと! もっと利益を出したい!)


「ああー。クアドラまで生地を買付けに行かなきゃ。忙しすぎるぅ」




 アークロイ領の聖堂の周囲にはすっかり市場が形成されていた。


 オフィーリアはお忍びで買い物にくる。


(あっ、メイド服だ)


 オフィーリアは露天に展示された衣服を見て、ついつい手に取ってしまう。


(領主様、こういうの喜ぶかな?)


 ノアの喜ぶ姿を思い描いて、オフィーリアは頬を染めた。


 かつては塩と鉄の売り場だったこの場所は、すっかり色々な品物が並ぶ市場になっていた。


 流通業者や直売に来る職人などのプロだけでなく、一般消費者も訪れているようで、その賑わいは日に日に大きくなっていた。


 領外からも商人がやってきて、この市場で仕入れしているようだ。


 やかましく商談・交渉している様がそこかしこで見られる。


 なんでも普通の流通業者や港での大量買付よりも、この領地まで出向いた方が安く仕入れられるということだ。


 中には値札を見て愕然としている業者もいる。


 いったいどうしてこんなに安いのかと。


 オフィーリアが品物を物色しながら、市場を歩いているとざわめきが聞こえてくる。


(ん? なんだ?)


 見ると、聖女アエミリアが何か看板のようなものを持ったお供の者を連れて、市場の中心地へ進み出ていた。


「聖女様よりお知らせします。新たにお茶1万口が入荷しました。最低価格は銀貨10枚。皆様、奮って競り落としてください」


「うおおお。100口買った!」


「こっちは200口!」


「どけ。俺が先だ」


「ふざけんな」


「俺は2倍の額を出すぞ」


「俺は3倍だ!」


 商人達は看板持ちのシスターを見るや、我先に購入せんと押し合いへし合いながら殺到した。


 そうして競り場にたどり着くや今度は声を張り上げて、買値競争を繰り広げ始める。


(あの生臭聖女め。すっかり味をしめてやがるな)


 オフィーリアは市場の中心で商人達を煽っている聖女を見て苦々しい顔をする。


(というか、ルーシーの奴。これだけ物に溢れてるのにまだ商品を入荷しているのか)


 聖堂の尖塔に目を移すと、白い影が飛び立つのが見えた。


 また、どこかの市場に商品を買い付けに向かったのだ。


 今日はノアと会食を行う予定があるはずだから、またこの市場に品物が入荷されることになるだろう。




 その日の夕方。


 反物(たんもの)を大量に購入して市場にばら撒いたルーシーは、領主の館で今期の運用成績を報告していた。


「こちらが今月の上納金でございます。金貨1000枚となります」


「うおっ。ノルマの10倍!?」


 流石のノアもびっくりして金貨の山を眺める。


 検分したところ確かに間違いなく金貨1000枚だった。


「うむ。確かに受け取った。君も疲れただろう。部屋を用意しているから、食事の後はゆっくり休んで……」


「いえ、この後買い付けがありますので」


「は? まだ、稼ぐの?」


「では、失礼します」


 ルーシーは飛びながらでも食べれそうなパンや果物だけ収納スキルに入れると、すぐに窓から飛び立っていった。


 ノアとオフィーリアは遠い目で見つめる。


「なぁ。あいつ無茶苦茶忙しくなってねーか?」


「ええ。自由に移動できるようになって、なんだか火が付いてしまったようですね」


(便利になりすぎて逆に忙しくなる……か。まるで現代人のような矛盾を抱えてるな。ノルマこなしてるんだから、適当にサボりゃいいのに。いるよねー。手抜きできない奴)


「聞くところによると、ルーシーは他の教会や聖堂でも商品を卸しまくっているそうです」


「まあ、そうだろうな。そうでもなけりゃこんなに稼げないわな」


 ノアはテーブルの上に載った金貨の山を見つめる。


「領主様、よろしいのですか? このままだとルーシーは過労死してしまいます」


「ああ、わかってる。どこかで歯止めをかけないとな」


(ただ、あいつは本物の強欲なんだよなぁ。どうしたもんか)

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