第164話 会議の裏で
本会議ではあれだけつつがなく聖杖返還の儀式を執り行った法王とノアだったが、裏では穏やかではなかった。
控え室で領主・諸侯の見ていない場所に引き篭もるや法王は不満を漏らし始める。
「驚きましたよ。まさかゼーテの解放に魔女を使っていたとは」
「しかし、上手くやり仰たでしょう? 誰もが無理だと思ったゼーテの解放を」
「聖女アエミリアをマギア地方から出禁にしたそうですね。私の許可もなしに」
「ええ。マギアには聖女カテリナ様がいらっしゃいますから。また、彼女の失言によりマギア全土で反乱が起きそうな雰囲気もありました。神聖教会の権威を守るための緊急措置です」
「それでセイレーンやザールグラードと国交を樹立したというわけですか?」
「……」
「聖女を出禁にし、魔女を重用して、魔族領の帝国とよしなにする。いささか放埒が過ぎるのではありませんか? 神聖教会の法王として見過ごせない事案です」
「両帝国には我々の獲得した領土を脅かさないよう釘を刺したに過ぎません。法王様がご心配されるようなことは何もありませんよ」
「……」
(相変わらず口の減らないやつだ)
「……まあ、いいでしょう。マギアに神聖教会の教えを広める必要があります。魔法院の廃止はいつ頃になりますか?」
「法王様、魔法院を即座に廃止するのは危険です。反乱の恐れもありますし、何より魔族勢に付け込まれる危険があります」
「おや、これはあなたらしくない。魔族や魔法院に恐れをなすのですか?」
「法王様、マギア地方は特殊な地域です。魔導士達が何年も大国の支配を跳ね除けてきたことを忘れてはなりません」
「しかしですね……」
その後もノアと法王の間にはナーバスな雰囲気が続いた。
ノアは法王からの追求をかわしきったものの、二人の間にはわだかまりが残った。
ノアが出ていくと、法王は忌々しげに聖杖を睨まずにはいられなかった。
神聖なる杖も魔女の血で汚れているように感じられた。
法王の追求をかわしたノアは、続いてルドルフとの会談に臨む。
ルドルフとの会談では、主にユーベルの捕虜返還協定について話し合った。
具体的な時期や手続き、その際に発生する費用の負担、これまでかかった費用の賠償、今後のユーベルとマギアの関わり方についてなど詳細を詰めていく。
「ナイゼルとの対立路線については滞りなく進んでるだろうな?」
「ああ。ユーベルでは、まだカルディは俺の領土で魔法院が反乱している状態、ということになっている。兄貴達も了承してくれている」
「よし。ならいい。今後も頼むぞ」
「ところで、ノア。一ついいか?」
「ん?」
ノアが椅子から立ちあがろうとすると、ルドルフが引き止めた。
「ノア、お前このままじゃヤバいぞ」
「?」
「マギアを狙ってる奴らがいんぞ」
「……」
(知ってるよ。つーか、お前もその一人だろ)
「まあ、そりゃいるだろうな。この時代領土を狙われてない奴なんていない」
「いや、お前が思ってる以上にマギアを狙ってる奴は多いんだって」
「ふーん。誰が狙ってるんだ?」
「誰かは言えない。ただ、新大公のうちの複数人とだけ言っておこう」
(いや、他にもいっぱいいるだろ)
そう言おうとしてノアは思い止まった。
ルドルフに言い聞かせても仕方のないことだ。
「……わかった。ドロシーに調べさせよう」
「まあ、待てよ。このままじゃお前マジでやばいぞ。マギアの統治まだ固まってないだろ。だが、俺なら上手く仲立ちできる。そのためには……」
「そのためには?」
「あのブラムとかいう奴。あいつをナイゼル公子の座から引き摺り下ろしてくれ」
ノアはズッコケそうになった。
(こいつ……封じ込め策について何も理解してないんじゃ。まさかまだマギア進出を諦めてないのか?)
「あいつがいるといつまでもマギアに平和が訪れない。そうだろ? だが、ブラムさえ排除すれば俺とお前の力をもってすればナイゼルを併合できる」
(ブラムがいなければナイゼルに勝てるとか思ってそう)
「ユーベルがマギアに手を出すことは許さん。ブラムをどうするかは俺が決める。お前はユーベルの外交だけ考えとけ」
そう言い捨てて、ノアは席を立った。
ルドルフは歯噛みする。
(くっそー。マギアを手中に収めたからっていい気になりやがって。見てろよ。必ず封じ込めてやるからな)
オフィーリアはパーティー会場にいた。
周囲の賑わいに反して浮かない顔を浮かべていた。
本会議で別れてからずっとノアと離れっぱなしで何となく世界から置いて行かれたような気分なので、せっかくの社交パーティーも楽しめないままだった。
彼女には武勇伝を聞きたがる武人や彼女の美貌を一目見ようとする貴人がひっきりなしに話しかけてきたが、オフィーリアは上の空で「ああ」とか「うん」としか返さなかったので、話しかけた者達も気まずくなってすごすごと退散するのであった。
彼女は無言でも迫力があり、とても沈黙に耐えられるものではなかった。
圧倒的な放っておいて欲しいオーラの前に挑戦する人間はそそくさと立ち去っていく。
そもそも彼女の周りをかためる武将達も歴戦の猛者達なので、おいそれと近づける雰囲気ではなかった。
だが、そんな中、果敢に話しかける者が一人いた。
「久しぶりだなオフィーリア」
「あなたは……アルベルト殿下」
相変わらず頑健な肉体を持ち、ユーベルの第一公子らしい洗練された物腰、【聖騎士】のギフト持ちに相応しい落ち着きだった。
が、格式高いユーベルの公子がこうして単騎でオフィーリアに話しかけにくるとは。
公子らしからぬ焦りが透けて見えた。
「殿下も私の武勇伝を聞きに来られたのですか?」
「それもある。だが、もっと重大な用件だ」
(引き抜きに来たんだな)
オフィーリアはそう察したが、用件に気づかないフリをした。
「重大な用件!? 何やら只事ではなさそうですね。いったいどのようなご用件ですか?」
「総司令官を罷免されたそうだな。ノアに冷遇されているのではないかと思って心配になってな」
「殿下こそノア様に随分差をつけられましたね」
オフィーリアの鋭すぎる切り返しにアルベルトはうぐっと詰まる。
「ノア様に置いて行かれたのは殿下の方では?」
「……」
「今後、新興勢力が台頭する中で、ノア様は着々と布石を打たれています。このままノア様が出世し続ければ、殿下、いずれは私にすら追い抜かれてしまいますよ?」
オフィーリアのそのトドメの一言でアルベルトは撤退を余儀なくされた。




