第163話 聖杖の返還
本会議が始まると、領主達はそれぞれ自分の勢力や格を意識した席順に座り始めた。
諸侯や古くからの大公がもっとも高い場所に座り、その次に四人の新大公が座り勢力を誇示する。
中でもアークロイ大公の一派、オフィーリアを筆頭にした一派は最大の敬意を払われた。
彼らが通るとみんな立ち上がって道を譲り、彼らがゆったり席を取れるよう遠慮して隙間を空けるほどだった。
だが、その一団の中にノアの姿はなかった。
ノアは法王と共にゼーテ王就任の儀式のため壇上に登っていた。
やがて会議の開催が法王によって厳かに告げられる。
「ギフトに導かれし神の子らよ。今年も神の恩恵を受けた様々な者達が、集いましたね。神によって祝福を受けた者、逆に厳しい試練を課された者。乱世であるこの時代において様々でしょう。しかし、その中でも特にこのことだけは他を差し置いて表彰しないわけにはいきません。アークロイ大公ノアによる聖城ゼーテの解放です。すでに皆の中では知っている者がほとんどでしょうが、改めて私の口からお伝えしましょう。聖城ゼーテが解放されました。他でもない去年この場で聖杖を授かり、神聖教会の総司令官に任命されたアークロイ大公ノアによってです」
ノアは聖杖を携えて壇上に上がる。
そして法王の前に跪き、聖杖を返還する。
その光景を見ただけで涙を流す者もいるほどだった。
何せ神聖教会が魔族側に対して有効な反撃ができなくなって久しい。
終わりの見えない領主達の勢力争いと魔族による攻勢、教会の腐敗に、熱心な信者も信仰の拠り所が揺らぎかけていた。
そこに彗星の如く現れたのが、アークロイ大公ノアだった。
当然、ノアに対して崇敬の眼差しを向ける者も少なくなかった。
ラシュヴァンやイアンは面白くないものの、その実績だけは認めざるを得ない。
「法王様、預かりました聖杖、謹んでお返しいたします」
「ゼーテの防衛大儀でした。神はあなたの罪を許したもうでしょう。あなたの任を解き、ここにゼーテ王の称号を授けます。神のご加護があなたにあらんことを」
「法王様、もう一人神の加護を授けていただきたい者がおります。私以上にご加護を受けるに相応しい者です」
「ほう。あなた以上に神のお役に立ったとあらば、私がそれを知らぬわけにはいきませんね。どなたですか?」
「神聖魔女ルーシーです」
ルーシーが照れ笑いを浮かべながらおずおずと現れる。
「神聖魔女? 聞き慣れぬ役職ですね」
「はいはーい。私が任命しました」
ここぞとばかりにアエミリアが手を挙げてアピールする。
マギアを出禁になった今、手柄を主張できる数少ない場だった。
「まさかアークロイ、あなたは魔女の力を借りてゼーテを奪還したというのですか?」
「ご安心ください。彼女は魔女の中でも聖女アエミリアによって認められた神聖魔女。間違っても魔族側に与することなどありえません」
「なるほど。アエミリアが。しかし、不思議ですね。いくら彼女が魔女の力を使うとはいえ、いったいどうやって完全に包囲されていたゼーテへ救援物資を届けたというのです?」
「それは彼女ルーシーによる命懸けの潜入、知恵を絞っての交渉、ゼーテ城兵一万人の胃袋を満たす精励の賜物です。いずれにせよゼーテへの補給はすべて彼女が担当しました。どうか彼女にも神の加護を」
「……」
「法王様。魔女達もいずれはマギアの魔導士達同様、神聖教会のありがたき教えを受け入れるでしょう。どうかここは彼女のためにも神の慈悲を」
「いいでしょう。彼女を神の使徒として認めましょう」
会場は万雷の拍手に包まれた。
オフィーリアも控え目な態度で拍手していたが、内心ではノアが国際的な場で認められて喜びを噛み締めていた。
♦︎
会議は領主達の演説に移った。
冒頭にゼーテ王の就任式があったこともあって、冒頭演説もそのままノアが務めることになった。
演説になっても領主達のノアへの敬意は変わることがなかった。
「ゼーテを解放した今となっても、魔族の侵攻は止まることを知りません。ザールグラードとセイレーン両帝国は日に日に勢いを増しています。我々神聖教会圏の国々は激突を避けて、和平を保ち国力を温存すべきです。そこで私は世界を統治する新たな秩序として勢力均衡策を提案いたします」
「勢力均衡策?」
「なんだそれは?」
聞き慣れない言葉に領主達は騒つく。
「勢力均衡策とは、突出した一強国の出現を防ぐシステムです。もし、一つの国が突出した国力を持とうとすれば、全員で連合を組みそれを牽制します。これにより長らく戦乱に喘ぐギフティア大陸に平和を取り戻し、安定を実現します」
領主達はノアの演説に感銘を受ける。
「ほお。流石はマギアを制したアークロイ大公」
「もうすでに世界全体のことについて考えているとは」
「魔族の侵攻に備えているのも立派ですな」
「流石はゼーテを防衛しただけのことはある」
囃し立てようとしていたオフィーリア達も領主達のこの態度の変わりようには呆れるばかりだった。
感嘆の声を上げてるのは、いずれも前回ノアの演説を笑っていた領主達ばかりだった。
とはいえ世間とはこのようなものである。
四聖達も流石にこの場でノアの演説を妨害する度胸はなかった。
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その後も領主達が順番に演説を行い、やがてユーベルの番、すなわちルドルフが壇上に上がることになった。
すると領主達はみんな一斉に雑談を始める。
どうせ大したことは言わないだろう、と決めてかかっているようだった。
すでにルドルフがマギアに遠征して大失敗していること、それなのになぜか失脚していないことは大陸中に知れ渡っていた。
ルドルフが勢力均衡について話し始めたのを聞いて、ノアの話と重複していると分かると、いよいよみんな話を聞かず他の領主と何事か話したり、家臣達と打ち合わせしたりし始める。
ユーベル大公は歯軋りする。
(くっ、おのれこやつら。舐め腐りおって。今に見ておれよ)
そうしてユーベルの求心力低下は浮き彫りになったが、一方でルドルフがマギア地方の情勢について言及し始めると、いくらかの領主達は耳をそば立てた。
「いまだ反乱が続き、混迷を極めているマギアに安定をもたらすためにも、私はあえてマギアの魔法院文化を存続し、連邦制を導入することを提案いたします」
ほとんどの領主達はルドルフによる空威張りと思い本気で取り合わなかった。
マギア遠征に失敗し影響力を失ったルドルフに何ができる、と。
味方のユーベル勢でさえ「また、何か言ってるよこいつ」と冷ややかな目を向ける始末であった。
が、何人かの聡い者達はこれこそが新大公達の対立の焦点ではないかと嗅ぎ取った。
その後のラシュヴァン大公とナヴァル大公の演説でも概ねアークロイ大公の政策を支持するも、マギアの不安定な情勢には懸念を表明する、と相次いでマギア地方について言及したので、いよいよこれは何かあるとの確信を深めた。
フェルミナス大公はアークロイ大公の政策を支持し、アークロイの勢力均衡策に協力するつもりであることを表明した。マギア地方についてはアークロイ大公の治世化で魔石の輸出が伸びることを期待すると言及するに留めた。
本会議は終わり、社交の時間になるにあたって、各領主達は陰謀を巡らせる。
その謀略の中心がラシュヴァン・ナヴァル・ルドルフの三人だったのはいうまでもない。
ノアとドロシーはルドルフの先走りにヒヤヒヤしながらも、事態の推移を見守り、自分達の動くタイミングを見計った。




