第159話 ニュー・ワールド・オーダー
ノアは拠点のバーボン城で新しい法螺貝を試していた。
鯨法螺貝をノルンの職人達が加工したものである。
職人によると、吹きやすくなって、より遠くまで正確に音が伝わるようになっているそうだ。
家臣達が見守る中で法螺貝を吹いてみる。
息を一杯に吸い込んで思い切り吹いてみるもその場にいる者達は何も聞こえない。
ノアは貝を口から外した。
居並ぶ家臣達は緊張しながらゴクリと喉を鳴らす。
すると数キロ先から砲音が鳴ったかと思うと、大砲の弾が海に浮かべた旗に向かって飛んでくる。
ノアの下からもほぼ同時に大砲が放たれる。
二つの砲弾は見事同時に別々の目標に着弾した。
その場は歓声に包まれる。
「おおお」
「本当に数キロ先に伝令が伝わったのか」
「こっちでは何も聞こえなかったのに」
やがてオフィーリアの率いる別動隊が馬に乗って戻ってきた。
オフィーリアの耳には鯨法螺貝の真珠で作られたイヤリングが付いている。
「やりましたねノア様」
「ああ。上手くいったな」
「どうだった? 音はちゃんと聞こえた?」
開発に携わったイングリッドが身を乗り出して尋ねた。
「かなりの精度と速度で伝わったように見えましたが」
同じく開発に携わったエルザも身を乗り出す。
「ええ。バッチリ聞こえました。ノア様からの伝令」
オフィーリアは耳に飾った真珠をうっとりしながら撫でる。
「事前に打ち合わせしていた通りの音色が耳を震わせて、私だけに聞こえました。これだけ離れていたのに寸分違わず。私がゴーレム兵に砲撃を命じ、撃たせるとすぐにノア様の方角からも砲撃音が聞こえてきて……」
「実験は大成功だな」
(何十キロも離れた場所に音色を伝えることのできる鯨法螺貝。これなら離れた場所にいる将軍を呼び寄せて、連携をとることもできる)
より広域かつ大規模な作戦行動が取れるようになるだろう。
ゆくゆくはモールス信号のようにして、もっと高度な命令を伝えることができるようになるかもしれない。
これはアークロイの新たな武器となるだろう。
「よし。これからこの鯨法螺貝はアークロイの軍事機密とする。ノルンはこの鯨法螺貝の採れる一帯の土地を買い占めるように。鯨法螺貝を加工できる職人を囲い込み、公的な工場として運営する。イングリッドとエルザは今後もこの鯨法螺貝の研究開発を続けるぞ。まずは軍団と側近全員分の耳飾りを作って、解読できるように実験と訓練だ」
「「「はい」」」
実験を終えてノア達がお茶を飲みながら庭で一息付いていると、空が突然カラスに覆われ、世界に影がさす。
ギャアギャアと何かの訪来を告げる不気味な鳴き声と共に、唸り声が聞こえてくる。
その場は一仕事終えてリラックスした雰囲気からいきなり不吉な気配が漂い始める。
するとカラスの黒い群れの中から、黒光りする鱗が現れたかと思うと庭に竜が降り立った。
背中には真っ黒なドレスを着たドロシーが乗っている。
「くっくっく……ついに均衡は完成した。《鎖の王》よ」
「……《鎖の王》?」
ノアは眉をひそめ、低く問い返す。
「どういうことだ? 俺は一国の領主に過ぎないぞ」
「おや、まだ気付いておらんのか。お主に宿った新たな力。五つの大国を操る力、《世界新秩序》に」
「《世界新秩序》……だと?」
ノアは困惑しながら復唱する。
ドロシーは暗黒微笑を浮かべる。
「それは五大国の元首達を召喚し、一つのテーブルにつかせることができる新たな力。5つの異なる時空、異なる価値観を有する種族を縛り、新しい世界秩序を主導する聖帝の力じゃ」
「どういうことだ? 俺はただ緊張高まる五つの大国との平和外交を模索しただけで……」
「その平和こそが新たな支配の力を生む。恐怖でもなく、武力でもない、“均衡"という名の新たな鎖……。それこそがお主の新たな力じゃ」
「バカなっ。俺はっ……そんな力を欲した覚えはないっ」
ノアは声を荒げ、机を拳で叩く。
「もう遅い」
ドロシーは静かに、しかし楽しそうに告げた。
「お主は望むと望まざるとにかかわらず使わねばならぬ。五つの大国の元首を鎖で引き、五つの人民、五つの領土に支配を及ぼす力の源《五王契約》を!」
「ファイブ……オース……」
「くっくっく……」
ドロシーは満足げに肩を揺らす。
「げに恐ろしき男よの。魔王の器を持ちながら、聖帝の力も振るうとは」
「やめろ。俺をどんな存在にしたいんだ」
「さぁ。今こそその力を使うがいい」
ドロシーは一歩近づき、囁いた。
「唱えるのじゃ――《ニュー・ワールド・オーダー》と!」
その時、ブラムとシャーフが庭に踏み込んできた。
「失礼します」
「何かお取り込み中ですか?」
「あびゃーっ!?」
ドロシーは素っ頓狂な声を上げ、赤面する。
「何ですか? チェイン・ロード? ニュー・ワールド・オーダー? ファイブ・オース?」
シャーフが今の会話の一番こそばゆいところを特に悪気もなく尋ねる。
「お前っ、やめっ。ヤメロォぉぉ。あ゛あ゛あ゛ーっ!!」
ドロシーは頭を抱えて悶絶した。
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