第158話 竜帝の体面
ザールグラード大陸帝国の竜帝オルゴロードは、アークロイからの使者が来ると聞いてピリピリしていた。
エルフの国への軍団駐留について折衝しに来たに違いない。
ザールグラードとしてもアークロイを敵に回したくはないが、魔法院の勢力伸長はこれ以上許すわけにはいかない。
帝国内にも魔法を習い魔法院を作って独立しようという動きは普通にあるのだ。
しかもアークロイではマギアの魔法院を纏めて連邦国家を作ろうとしている動きがあると聞く。
もし、ザールグラード内の魔法院がマギア連邦に入りたいと言い出せば、情勢は混迷を極める。
いったいどこから火の手が上がるか分かったものではない。
(場合によっては面会を断るのも一つの手かもな)
その立派な鱗と巨体を持ちながら小心な竜帝はそんなことまで考えていた。
ドロシーとオルゴロードのやり取り次第ではいったいどんな風に切り取られて、不穏分子に利用されれか分かったものではなかった。
「アークロイの使者はどうしておる?」
「騎士の姿をして神妙に神への祈りを捧げております」
「何? 騎士の姿で?」
オルゴロードは少し考えこむ。
「いかがいたしましょう。捕縛してアークロイに突き返しますか? それとも煮て焼いて食べますか?」
側近の竜人は涎を垂らしながら聞いた。
「いや、会おう。丁重に迎え入れろ」
♦︎
ドロシーは案内の男に誘われて、竜帝の御前に進み出た。
玉座の両側にはこれまた立派な図体の竜人達が居並ぶ。
鋭い牙を持つ竜人達に囲まれたドロシーは、まるで捧げられた生贄のようであった。
「竜帝陛下。神聖教会の僕である以上あなたに跪くことができないことお許しください」
「よい。むしろ信心深いこと感心である。貴様が商人や魔導士の格好をして現れたのであれば面会すらしなかったところだ」
オルゴロードはここ最近の情緒不安定が嘘のように落ち着いて、皇帝らしい堂々とした態度でドロシーに接する。
(騎士姿で正解だったようじゃな)
ザールグラード大陸帝国はこう見えて権威と体面を重んじる気風が強かった。
商人気質のセイレーン海洋帝国の時のようにいたずらに駆け引きを伴う交渉を持ちかけず、騎士姿で権威に服従する格好をしたのは功を奏したようだ。
「して、アークロイの騎士ドロシーよ。貴殿はいったい何用で我の下に訪れたのだ?」
「竜帝陛下の下へ訪れたのは他でもありません。陛下の領内で起こっている。エルフ達への迫害、エルフの里への派兵。それを今すぐやめていただきたいのです」
「軍の駐留を止めるわけにはいかん。我がザールグラードは多数の民族を支配下に置いている。辺境といえど侮るわけにはいかん。一つ反乱が起これば、どれだけ火種が広がるか分からんのだ。余は帝国の主として臣民の安寧を保障しなければならん。反乱を許すわけにはいかんのだ」
「陛下のお心のほどは分かっております。我が君主、アークロイ大公がマギアを統一したことによって、魔導士達が一つに纏まり、エルフ達の魔法院が勢いづくことを恐れている。そうですね? 我が主人の勢力圏のマギア同様、エルフ達にも魔法院の文化がありますから」
「分かっているならば話は早い。エルフへの迫害。あれは貴殿の主人にも責任があることなのだ。特にアークロイ大公はマギア連邦なるものを成立させようとしているそうだな? 我がザールグラード帝国としてはこれ以上マギアと魔法院が力を持つのを許すわけにはいかん」
「陛下の不安は杞憂にございます。と言いますのも、マギア連邦、あれは実は魔法院の力を抑制するための仕組みなのです」
「何!? そうなのか?」
「アークロイ大公はユーベル第三公子ルドルフ様とのマギアを巡る政争から魔法院側につかざるを得なくなりましたが、ルドルフ様がマギアから排除されたことに心を痛め、また頑固に独立を維持する魔法院をどう治めるかに大層心を砕かれました。そこで悩んだ末に捻り出したのがマギア連邦でバラバラの魔法院を一つに纏めることです。これにより地域の安定を図ると共に神聖教会の教義を浸透させる基盤を整えたのです。言わばマギアを統治するための苦肉の策なのです」
「ふむ。そうなのか」
「あ、念のためですが、この件については他言されないようオフレコでお願いします。ノア様にもマギアの盟主としての体裁がありますので」
「うむ。皇帝の名にかけて秘密は守ろう」
「ともかく、マギア連邦については竜帝のお心を煩わせるような制度ではございません。むしろ魔法院の暴走を止めるためのやむを得ない措置なのです」
「確かにアークロイ大公が魔導士共の手先でないことはよく分かった。マギアの魔法院をこれ以上拡大しないと言うのなら、手を結ぶこともできよう。しかし、私にも体面というものがある。部下達の手前、何の見返りもなく軍を引くなどということはできぬ。周囲の者達を納得させる必要がある。アークロイ大公は私のために何を献じてくれるのだ?」
「もし、竜帝陛下がエルフの弾圧から手を引いてくださらなければ、我々はセイレーン海洋帝国との仲を深めるほかありません」
「ええい! また、あのアバズレ共か!」
オルゴロードは思わずその丸太のような足で地団駄を踏んだ。
周囲の竜人達も竜帝の苛立ちにオドオドする。
オルゴロードと大魔女長は共に魔王四天王の一角でありながら犬猿の仲だった。
海洋国家は大陸国家に脅威を抱いているが、大陸国家からしても海洋国家は常に目障りだった。
海洋国家は通商と交易を維持するためにも沿岸島嶼に独立国を乱立させ、大陸国がバラバラである方が都合がいいのだ。
逆に大陸国家からすればいつまでも戦争が終わらないのは海洋国家のせいに思えてならなかった。
例に漏れず、ザールグラード大陸帝国もセイレーン海洋帝国のことを忌まわしく思っていた。
「アークロイ大公もセイレーン海洋帝国の魔女共のことを快く思っていません。奴らはナイゼル・ジーフを支援してマギアをバラバラにすることを目論んでいます。しかし、マギア連邦には一定の理解を示していただけました。陛下がエルフの弾圧をやめないようであれば、我々としてもマギアの世論に配慮して、セイレーンと手を組み、エルフ達を支援せざるを得ず……」
「皆まで言わずともよい! 余もこれ以上セイレーンの奴らに力を付けさせるのは危険だと思っていたところだ。エルフの里からは軍を引く。アークロイ大公はセイレーンと近づき過ぎないようにする。それでよいな?」
「は。陛下のお心遣い感謝いたします。エルフへの迫害を止めていただければ陛下のためにセイレーンやナヴァルの進出も抑制できるかと存じます」
「うむ。アークロイ大公によろしく頼むぞ」
ドロシーはザールグラードの宮廷において賓客としてもてなされた。
竜人の振る舞う酒は少し度数が高かったがドロシーは何とか杯をかわしてザールグラードと同盟を結ぶ。
こうしてマギア連邦をダシにドロシーはセイレーンとザールグラードの両帝国に二枚舌をして、上手く友好関係を結ぶことに成功した。
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