第154話 アークロイ封じ込め策
ヴァーノンは今後の外交政策をまとめた案をもってルドルフの執務室に訪れていた。
ルドルフはマギア地方向け(実質アークロイ向け)外交とラシュヴァン向け外交について家臣の意見を纏めようと案を提出するよう命じていた。
期限は今日までとなっている。
ヴァーノンは気が重かった。
ヴァーノンの案は当面アークロイ・ラシュヴァンとの対立を控えて国内の回復に努めるというものだった。
しかし、今のルドルフにどこまで家中の方針をまとめることができるのか。
以前までのルドルフならユーベル大公の寵愛の下、二人の兄にさえ自身の方針を飲ませることができたが、今や二人の兄からはハブられ、以前まで付き従っていた商人や外国の使節にすらそっぽを向かれている。
ラシュヴァンほどの男がこの隙を見逃すはずもないだろう。
この時期のアングリン奪取はユーベルの内部不和と弱体化を見越しての行動に違いない。
ヴァーノンがノアの家来ならラシュヴァンと組んでユーベルを挟撃することを進言しているところだ。
遠交近攻策(遠くの国と同盟を結び、近くの国を攻める政策)は戦時外交の鉄則である。
(とにかくラシュヴァンとアークロイが手を組むのはまずい。なんとしても阻止しなければ……)
ヴァーノンは重い気持ちでルドルフの執務室のドアを開けた。
ヴァーノンが執務室に入ると、リンゼンがいることに気づいた。
リンゼンはルドルフがコスモ城に赴任するに当たっていの一番に立候補したメイドだった。
勝ち気で器量もよく、いかにも有力者に取り入ってのし上がろうという野心のある娘だった。
クーニグ同様、下の者に厳しく上の者に媚びへつらうのが上手くそれでルドルフに気に入られていた。
他人の思いついたことをさも自分の発案であるかのように喋るのもまたクーニグ同様上手かった。
要するにルドルフに気に入られそうな性向をすべて兼ね備えていた。
噂ではルドルフの閨にも出入りしているとか。
(彼女も幕僚に迎え入れているのか。いくら人材不足とはいえ、ルドルフ様もなりふり構わなくなってきたな)
確かに彼女は家柄もそこそこよく、ルドルフの執務室に出入りしても格好はつくが……。
(どうも彼女は苦手なんだよな)
「よし。全員揃ったな。それじゃあ始めるぞ。議題は我がユーベルにとって目下最大の課題であるマギア地方の動乱にどう対処するかだ。それぞれ自分の案を持ち寄ってきているな? よし。それじゃあまずはリンゼンから」
「はい。私が提唱するのは以下の『アークロイ封じ込め策』でございます。まずは資料をご覧ください」
(封じ込め?)
ヴァーノンはリンゼンから配られた資料に目を通す。
『アークロイ封じ込め策
1、マギア魔法院の地位保全
アークロイに魔法院の保全を約束させる。アークロイは魔法院を閉鎖したがるだろうが、反乱を起こされることを仄めかせば、思い止まるだろう。アークロイの伸長に脅威を抱いている魔法院もこの提言を歓迎するだろう。
2、連邦制の導入
とはいえ、アークロイは魔法院に首輪を付けたがっているはず。そこでバラバラに分かれているマギア地方の魔法院を一つにまとめる制度として連邦制を導入させる。表向きはアークロイの支配力を高めるためだが、実際には魔法院同士の横の繋がりを強化して、アークロイの支配に対抗させるのが目的である。
3、他国を介した干渉
ユーベルは現状、マギア地方への表立った介入はできないため、アークロイの伸長に危機感を覚えている他国越しに圧力をかける。特に魔石を必要としているフェルミナス、神聖教会への影響力で競争しているラシュヴァン、海運利権を巡って対立しているナヴァルをそれぞれけしかけてアークロイに圧力をかける。
4、勢力均衡を大義名分にする
その他の国々にも勢力均衡を名分にマギア連邦成立に協力させる。強すぎる力は国際情勢に悪影響をもたらす。アークロイに力を持たせ過ぎるのは危険だ。そこで勢力均衡によってバランスを取り、平和維持を建前にマギア連邦の成立を後押しする。
5、アークロイ封じ込め
こうして成立したマギア連邦によりアークロイを封じ込める。徐々にアークロイの勢力を削ぐと共にルドルフ様のマギア地方での名声を取り戻す。やがてはユーベルの復権、アークロイの僻地への閉じ込め、マギア連邦の乗っ取りへと繋げる。
』
「!?」
ヴァーノンは思わずリンゼンの案を凝視する。
「おおー。いいじゃないか。こういうのが欲しかったんだよ」
「えへへ」
ルドルフに褒められて、リンゼンは照れくさそうにする。
「確かにあの魔法院の連中がこのままノアの支配を受け入れるはずがない。これは盲点だった。他国を利用するというのもいい案だな。気に入ったよ」
ヴァーノンは慌てて問い詰めた。
「ちょっ、リンゼン。これはいったい誰が思い付いたプランなのですか?」
「なっ、失敬な。これは正真正銘私が思い付いた案ですよ」
「そうだぞヴァーノン。まずはこの素晴らしい案について詳細に検討しようではないか。でなければ、せっかく思い付いてくれた彼女に対して失礼だぞ」
「……くっ」
ルドルフに嗜められて、ヴァーノンは大人しく引き下がったが、胸の内では動揺がおさまらなかった。
(このやけに手が込んでいるのに落とし穴がありそうな案。どこかで見覚えが……)
当然、思い当たるのは以前クーニグが献策したマギア分割統治案である。
ヴァーノンはあの絵図を描いたのはドロシーに違いないと確信していた。
(またドロシーの策略か? だが、だとしたら狙いはなんだ?)
ノアの立場からすれば、マギアの覇者となった今、魔法院は目障りなはず。
その魔法院を連立させ、地位強化するような施策をドロシーが打つのはいったいどのような思惑があるというのだろう。
しかもルドルフを利用して。
(くっ、分からん)
その後、ヴァーノンの案も審議された。
すると、リンゼンのアークロイ封じ込め策とも矛盾がないことがわかった。
そこでちょうどいいからヴァーノンにはラシュヴァンへの使者になってもらおうということになった。
ヴァーノンは内心で自身の献策を後悔した。
その後、ルドルフの下にドロシーから使いがやってくる。
マギアの統治についてどうしようか悩んでいる。
ノア様は魔法院を閉鎖したがっているが、とてもじゃないがそんな発表できない。
そんなことをすればまた魔法院の連中が反乱を起こすに違いない。
ノア様と魔法院の間で板挟みになり苦しんでいる。
なんとか丸く収めたいがどうすればいいか分からない。
何かいい案がないか相談に乗って欲しい。
ルドルフは早速、マギア連邦を作り、勢力均衡を図ることを勧めた。
ドロシーはすぐに乗り気になり、ノアに献策してみると返事した。
ルドルフはノア側近への調略が上手くいって、リンゼンと一緒にほくそ笑むのであった。




