第150話 二つの帝国
一頻り評議を終えると、一同は再びバーベキューに戻った。
交流と会食、宴を楽しんで過ごす。
そんな中、ドロシーはノアに物言いたげな視線を送り続けていた。
「ノア様、少しいいですか?」
ドロシーが話しかけてくる。
ノアもすぐにみんなの前では言いにくいことだと察する。
(やっぱ来たか)
「ああ。いいぞ」
ノアはみんなに思い思いに過ごすよう言い渡すと、ドロシーと一緒にロッジの個室に入る。
「すまぬな。休暇中だというのに」
「いや、いい。お互い様だ」
ノアはドロシーと向かい合って座るとすぐに切り出した。
「帝国のことか?」
「うむ。流石に察しがいいの。お主の敵は三人の新人大公だけではない。二つの帝国がおる」
「二つの帝国……。一つはセイレーン海洋帝国だよな? もう一つは?」
「広大な雪原と平野を持つ大陸帝国ザールグラード」
「広大な陸地か……」
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広大な領地を保有し、この世界でも最大の軍団を持つザールグラード帝国の竜人皇帝オルゴロードはその壮麗なる宮殿の玉座で怯えていた。
「マギア地方が統一された。これは私を追い落とそうとする何者かの陰謀ではないのか?」
その皇帝は立派な椅子の上、豪華な冠の下、ガタガタ震える。
「我が領内にはエルフがいたな。マギア地方とも繋がりが深いはずだ。奴らは魔法院の文化をマギア地方に伝えた張本人。これを機に我が国でも反乱が起こるのではないか?」
「陛下、どうかお気を確かに」
側の臣下が宥めるように言った。
「陛下には20万を超える兵士達がついております。何も恐れることは……」
「黙れ! 貴様に何が分かる! 2千万人の民が反乱を起こせば20万の兵士など何の役にも立たないではないか!」
オルゴロードは実際に2千万の民が反乱を起こすのを想像してより一層ガタガタと震える。
「少数民族への弾圧と圧迫を強めねば。一つ頬を打たれれば100発打ち返せ。1つ建物を燃やされたら100倍家を燃やせ。国境付近に追いやるのだ。マギア地方との間に民族紛争を起こせ。常に軍隊を国境付近に駐屯させなければならん。エルフの里を焼き討ちにするのだ! 容赦なく地獄の拷問を加えろ。必ず裏切り者がいるはずだ。炙り出せ!」
♦︎
「ザールグラード帝国は魔族領に跨る帝国」
ドロシーは地図を指し示しながら言った。
「その皇帝は魔軍四天王の一人、竜帝オルゴロード。広大な領土と多数の民族を配下に置く大陸軍国じゃ」
(広大な領土を持つ大陸軍国。おまけに多民族国家か……)
「被害者意識強そうだな。少数民族の反乱に過剰な報復とかしてそう」
「ほう。よく知っておるな。なぜそう思った?」
「いや、完全に想像と偏見だけど」
「だが、当たっておる。ザールグラード大陸帝国の皇帝が常に怯えているのは自国の少数民族の反乱じゃ」
「まあ……、領土が広くて多民族だったら何かしら民族紛争を抱えているだろうな」
「その反乱を抑えるために常に軍隊を移動して、何かと口実を設けては民族浄化を伴う苛烈な軍事行動を起こし、どうにか安定を保っておる。皇帝の抱える20万の軍団のほとんどは外国に攻め入るためのものではなく、自国民を弾圧するためのものじゃ」
「弾圧された民族はどうなる?」
「氷原の大地に送られて強制労働に従事させられる」
(完全におそロシアやんけ)
「なるほど。ちょっと厄介な国なのは分かった。ただ、その国と俺達にいったい何の関係がある?」
「ザールグラード帝国にはエルフが住んでおる」
「ふーん。エルフが」
「そして魔法院を営んでおる」
「……なるほど。それはちょっとややこしいな」
「マギア統一を機にザールグラード帝国のエルフを救援しようという機運が高まってもおかしくはない」
「逆にザールグラードの皇帝からすれば俺が魔法院にけしかけられて、攻め込むのが怖いってわけか」
「うむ。そういうことじゃ。ザールグラード皇帝はお主と似た立場におる。完全に信用できない傘下の民族と国を内側に抱えて外国に付け入られないかとビクビクしておる」
「逆に言えば、似た立場の者同士歩み寄れるんじゃないか?」
「ただ、歩み寄ると今度は魔法院からの反発が強くなる」
「なるほど。それは厄介だな」
先日、聖女アエミリアの放言によりマギア全土があわや反アークロイに傾きかけた。
上手いことベルナルドに責任を擦り付けたが、マギアの30近い魔法院が、一斉にアークロイに牙を向けば城5つの国力になったノアには押さえきれないだろう。
ノアは瞬く間にマギア地方から追いやられ、再び僻地に引き篭もることになる。
海も魔石も失う。
「ザールグラード帝国に近づき過ぎるのも危険というわけか」
「うむ。そういうわけじゃ。我々としてはザールグラードを刺激しないようにかといって近づきすぎないようにしながら、エルフへの弾圧をやめさせなければならん」
「大陸帝国ザールグラードのことはだいたい分かった。次にセイレーン海洋帝国は?」
「セイレーン海洋帝国は魔女の支配する国家じゃ。三つの海を支配して、海は自分達の領土と言い張っておる。前述の通りナヴァル大公国を支援・取り込むことで魔族領と神聖教会領の間の交易により繁栄しておる」
「魔女の支配する海洋帝国か」
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セイレーンの魔女議会では箒と罵詈雑言が飛び交っていた。
箒に乗った魔女でなければ議席につけない大樹の上の議場では、魔女達が喧しく議論を行なっていた。
「マギアが武力で統一されたそうだぞ」
「ふざけるなよ。あのうつけがマギアの港を牛耳り、魔石の価格をすべて決めるっていうのか?」
「そんなことが許されていいのか!」
「冗談じゃない。アークロイの行動は国際協調を乱す行為だ」
「マギア地方に一つの強大な国家を生み出してはならない。マギア地方はバラバラでなければならない」
議長席に座る大魔女長は真っ赤に光る塗り立てのマニキュアにふっと息を吹きかけながら呟いた。
「ナヴァルの坊やは何をやっているの? 私にマギア中の魔石を献上すると豪語していたナヴァルの坊やは?」
大魔女長がそう言うと議場はさらに騒々しくなる。
「アークロイをぶっ潰せ!」
「ナイゼルとジーフ、ノルンを支援して独立を促すんだ!」
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「セイレーンは幾つもの島と植民地を傘下に置く海洋帝国じゃ」
(島国の海洋帝国か)
「陰湿そうだな。国際協調とかほざいて、分断工作してきそう」
「ほう。よく知っておるな。なぜわかった?」
「いや、完全に想像と偏見だけど」
「だが、まったくその通りじゃ。海に隣接する沿岸に植民地を築いて現地民の対立を煽り、支配している」
「はーヤダヤダ。これだから帝国主義は。帝国の足跡に民族紛争ありだな」
「奴らが恐れておるのは陸の中心に大国ができることじゃ。マギアが統一されたと聞いてセイレーンの議会は今頃、怒り狂っておるはずじゃ」
「まだ、完全には統一していないぞ。ナイゼルとジーフは属国に過ぎない」
「そうじゃな。それ故にナイゼルとジーフの独立を支援し、アークロイから分離させることで、我々の崩壊を狙ってくるじゃろう」
「セイレーンの海軍からいかにマギアを遮断するかが大事ってことか」
「これが我々マギアの盟主たるアークロイ大公を取り巻く外交環境じゃ。三つの若い大公国と二つの帝国。これら5つの国が、外征する余力と野心を持ち、アークロイを脅かす可能性がある国々じゃ」
(三つの新興国と二つの帝国か。生き残りを賭けた熾烈な戦いになるだろうな)




