第145話 狼の野心
シャーフは太々しい面構えでノアの前に進み出る。
ノアの前に進み出ても眼光鋭く睨み付けて、膝を屈するつもりはなさげだった。
確かにジーフ公国はアークロイに屈したが、ラスク方面軍が負けただけで、ノルン方面軍の自分達はまだ負けていないとでも言いたげだ。
そんなシャーフの敵意に満ちた態度にノアの周囲の護衛兵も表情を険しくする。
剣に手をかける者までいるほどだった。
ノアはそんな周囲の緊張した空気にあえて気付かないフリをしながらシャーフを歓迎した。
「おお、ジーフの英雄が来たぞ」
周囲の人間はノアの態度にキョトンとする。
「知らないのかみんな。彼はノルン公のゴーレムにも怯まず重要拠点を守り切ったジーフの勇猛なる騎士だぞ」
ノアが周囲の者にそう言うと周囲の人間は一瞬戸惑いながらもノアに合わせた。
「おお。あれがジーフの英雄か」
「なるほど。こうして見ると只者ではない面構えをしておりますな」
イングリッドだけムスッとする。
ノアは構わずシャーフに好意を向け続けた。
「君が私の信頼するノルン公と互角の戦いをしたことは知っている。ノルン城攻防戦の際もその機敏な動きは印象に残っているぞ」
シャーフもノアの態度につい面食らって、敵意を緩めてしまう。
「まさか大公にそこまで評価していただいているとは思いもよりませんでした。恐れ入ります」
シャーフは感極まったように膝をついて敬意を表す。
「そう畏まらなくてもよい。君とは話がしたいと思っていたところだ。もっと寛いでくれないか」
「では、大公。マギアの平和のために一つ進言がございます」
シャーフは膝をついたまま進言する。
「スピリッツの土地。あの土地のジーフ領有を認めてください。長年、ジーフとノルンの間で係争が絶えなかったのはひとえにノルンがあの地の魔石資源の権益を主張したためです」
イングリッドがムッとして抗議しようとするが、ノアは手で制した。
(来たか。まあ、当然そう来るよな)
ただ、ノアとしてはジーフにはノルンと戦争しない程度に仲の悪いままでいてくれた方が都合がよかった。
ノルンに対する脅威がなくなれば、ジーフは再びマギアの覇権に野心をうごめかせるかもしれない。
一番最悪なのは、ジーフとノルンが手を組んでアークロイに対抗することだった。
ほぼ完全に傘下になったノルン公国だが、魔法院との二元体制である以上、絶対に裏切らないとも限らない。
せっかく手に入れた海へのアクセスを絶たれかねなかった。
そのためにもノルン、ナイゼル、ジーフの三国には今後も仲の悪いまま互いに牽制しあってもらわなければならない。
そのためスピリッツの権益については、ノアとしては曖昧なままにしておきたいところだった。
「騎士シャーフよ。スピリッツの土地についてノルン公国と係争があることは聞き及んでいる。私としても問題解決に向けて取りかかるつもりだ。どのような処置を下すかはいずれ沙汰を下すから待っていろ」
「大公。いずれでは遅すぎます。今すぐにでも言っていただかなければ……」
「バカモノォ!」
ノアは一喝した。
流石のシャーフもギクリとする。
「そのような態度がジーフを滅亡寸前にまで追いやったと分からんのか!」
「えっ?」
(なっ、自国の権益を守るのが亡国を招き寄せるだと? いったいどういうことだ?)
「その顔ではまだよく分かっていないようだな。今回、なぜジーフが領土を減らすことになったのか」
「……」
「興が削がれてしまったな。今日のところは下がれ。次までに騎兵戦の鍛錬でもしておくんだな」
シャーフは怒られてトボトボとその場を立ち去る。
(騎兵戦? なぜ騎兵戦なんだ?)
そして今日のメインディッシュが来た。
ナイゼル第一公子となったブラム。
ブラム・フォン・ナイゼル
★統率:A
★武略:A
外交:D
内政:D
★謀略:C→B
★野戦:B
攻城:C
築城:E
★海戦:B
空戦:F
近接:C
射撃:D
騎戦:C
砲戦:D
★開発:B→A
★野心:C→A
【ブラム抜粋版
統率:A
武略:A
謀略:C→B
野戦:B
海戦:B
開発:B→A
野心:C→A】
(ほーん。なるほど)
想像通り統率と武略はオフィーリアに匹敵する実力。
加えて謀略も発展途上ながら結構高い。
近接と野戦も悪くはないが、オフィーリアには力負けするという感じだ。
どちらかというと敵を罠に嵌めて勝つのを好むタイプか。
外交がやや低いのが、スメドリーとの連携が上手くいかなかった理由。
地味に海戦や開発も高く色んな意味でバランスがいい。
そしてこれだけ他の資質が完成しているにも関わらず、野心だけがCクラス。
(あの猜疑心の強い兄貴の下にいたから、野心を抑えざるを得なかったってとこか。その分、開発をモチベーションにして、水馬の導入に情熱を燃やしていたというわけだな)
ブラムの力を最大限に引き出すには何らかの方法で野心を刺激する必要がある。
(これがアークロイ大公か)
ブラムは初めて会ったノアをまじまじと観察する。
思ったより普通な感じだった。
だが、油断なくこちらを観察している瞳にはこちらのすべてを見透かされそうな深みがあった。
(鑑定士の力だけでここまでのし上がったアークロイの覇王、マギアの征服者。さてどうしたものか)
ブラムとしては身の処し方を考えなければならなかった。
アークロイとの外交によってどうにかナイゼルの生き残りを図らなければならない。
考えられる方策としては四つ。
一、アークロイに近づいて友好国となり、マギア地方内で有力な勢力を維持する。
二、アークロイと距離を取ってユーベルやクロッサル地方、その他の地方の国との同盟を模索する。
三、猫を被って臣従するふりをしながら、隙を見てアークロイの支配から脱する。
四、ノアに反発して政治的に対抗する姿勢を見せる。突っ張って対立し、ナイゼルの立ち位置について有利な譲歩を引き出す。場合によっては反対派を糾合し、圧力をかける。
四は一見無理筋だが、アークロイ陣営にも隙はある。
オフィーリアが何らかの理由で総司令官を罷免されているのと、実家ユーベルとの仲が決して良好ではないこと。
魔法院に反発されて、聖女を追い返すなど、いまだマギア地方の政治に慣れていないこと。
失言・失着を誘えば、立ち回り次第で上手く優位に立てるかもしれない。
(とにかく相手の出方次第だ)
「お前がナイゼルの狼ブラムか。我が兄ルドルフに恥をかかせてくれたようだな。どうしてくれるつもりだ?」
ノアがそう言うとブラムはムッとして反論する。
「そう仕向けたのはあなたでは?」
ブラムは言い終わった後でハッとする。
(やべ。つい言い返してしまった)
喧嘩腰になってしまったのを後悔するも、ノアは意外にも面白そうに見ていた。
「くっくっ。そうか。そうか。俺の目論見通りか。ナイゼルの狼にはすべてお見通しというわけだな」
周囲の人間は二人のやり取りを聞いてポカンとする。
ジーフ攻めの会議に参加していたオフィーリア、ドロシー、イングリッド達だけ無表情でいた。
「それでどうするつもりだ? 兄君の結んだ講和を不服として私と戦うか?」
ノアは揶揄うように言った。
(くっ。やりにくい奴だな)
「アークロイ大公よ。ナイゼルに謀反を起こす気などありません。今は何をおいてもマギア地方の安定を優先するべきです。つきましてはユーベルとの講和を……」
「ああ、ユーベルについてはすでに講和したよ。ルドルフの地位は保全されるそうだ」
(なにぃ!?)
「家臣からの反発はあったんだがな。マギアに無用な戦をもたらしたルドルフを釈放するのはいかがなものか、と。だが、大公となった私としてはマギア地方の一刻も早い安定のためにユーベルと講和を結ぶのが先決だと思った次第だ」
(やられた。ルドルフが今の地位に就いたままでは、ナイゼルとしてユーベルと仲を深めるのは相当困難。魔法院が許しはしない。いや、それだけじゃない。おそらくすでにルドルフはアークロイによって調略済み。ルドルフの釈放条件にはナイゼルとの対立路線が盛り込まれていると思っていい。ユーベルとの対立が避けられないとなれば、もはやアークロイに接近するしか……。くっ、完全に先手を打たれた)
ノアもノアでブラムの表情からこちらの意図がすべて見抜かれたことを察する。
(ふむ。賢すぎるというのも大変だな)
「君は昔のオフィーリアに少し似ているね」
「えっ?」
「力と資質があるのに自分でそれを抑え込んでいる」
「……」
(自分では分からないか)
「ナイゼル公子よ。そう気を落とすな。君の活躍の場はやがて訪れる。私の鑑定スキルがそう言っている。今日はもう下がれ。今後のドロシーの謀略をよく見ておけ。水馬の開発も怠るなよ」
ブラムは狐につままれたような気分でアークロイ大公の御前を後にした。




